第06話 風の森で
朝の光が、草原をやさしく照らしていた。
ユノは、静かに草の上に腰を下ろして空を見上げる。
風はいつもより少しだけ強く、けれど不思議と心地よかった。
昨日出会った風の精霊――ユイリ。
彼女の姿は今、どこにも見当たらなかったが、気配は感じる。
(ユイリ……)
心の中で呼びかけると、すぐに耳元で風がふわりと揺れる。
『おはよう、ユノ』
声は、風に乗って届いてくる。
実際に喋っているわけではない。でも、確かに『そこにいる』と感じられる。
まるで、風そのものが彼女なのだと思えてくるほどだった。
「……おはよう。今日は、なんだか風が強いね」
『うん、今日はちょうどいい日。君をもっと遠くに連れていくのに、ぴったりな風が吹いてる』
ユノが立ち上がると、風が草原を一筋なぞるように駆け抜ける。
風の向かう先には、森があった。
草原と隣接するように広がる深い緑の森。
それは、どこか静けさとは違う、内側からざわめくような気配をまとっていた。
『あの森へ行こう。そこには、私たちの声がもっとはっきりと届く場所があるんだ』
「……うん、わかった」
ユノは大きく息を吸い込み、森へ向かって歩き出す。
足元には、やわらかい土と湿った落ち葉、踏みしめるたびに、自然の音が耳に届く。
木々の間を進むにつれて、空がどんどん狭くなる。
その代わり、風の音がより近くに聞こえるようになってきた。
(……まるで、森そのものが呼吸してるみたいだ)
葉がふるえ、枝が揺れ、草がざわめく。
『ここは『風の森』って呼ばれてる場所。人間にはただの森にしか見えないけど、私たち精霊にとっては、すごく大事な場所なんだよ』
「……風の森、か」
ユノがそう呟くと、どこからか小さな風の渦が生まれ、彼の肩をなでていった。
その感触は、まるで「ようこそ」と言ってくれているようだった。
(なんだろう、この感じ……)
誰かに見られている。
いや、見守られている。
その感覚は、今までに感じたことのないものだった。
ギルドにいた頃、誰からも期待されず、ただ目立たないように生きてきた自分。
でも、今は違う。
森の中に、たしかに『目』があった。
姿は見えない。でも、『歓迎』の気配がある。
「ユイリ……ここには、君以外にも精霊がいるの?」
『もちろん。風に生きる精霊たちは、みんなこの森の風とともにいる。姿はまだ見せないけど、みんな君に興味を持ってるんだよ』
「僕に?」
『君の草むしり……じゃなくて、『草と話す』力が、ちゃんと伝わってるの。君のやさしさは、風を通じて届いてるから』
ユノは、木の幹にそっと手を触れた。
木は何も言わない。
でも、その表面を吹き抜ける風が、なぜか“うなずいて”いるように思えた。
その時、森の奥から、ひときわ強い風が吹きつけてきた。
ごうっ、と木々がざわめき、落ち葉が宙を舞う。
ユノの足元から、風が螺旋を描いて天へと上がっていく。
ユイリの声が、風に乗って届く。
『さあ、契約の場へ行こう』
ユノは、無意識にうなずいていた。
足元に、風が道を描く。
そこだけ草が倒れ、一本の『道』が伸びていた。
まるで精霊たちが、「ここだよ」と導いてくれているかのように。
ユノは一歩、踏み出す。
その瞬間、木々の葉がいっせいに揺れた。
まるで「始まり」を祝うように、森全体が鳴き声をあげていた。
森の中の風は、もう普通の、ただの自然ではなかった。
彼にとっての“仲間”であり、“家族”のような存在だった。
――契約の場。
それが何なのか、ユノはまだ知らない。
けれど、自分の中に吹いている風が、確かに「行こう」と言っている。
『もう、ひとりじゃないよ』
その言葉が、どこからともなく聞こえた気がして、ユノは小さく微笑んだ。
そして、風の導くままに、森の奥へと歩みを進めた。
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