第04話 森と風と、出会いの気配
森の中は、思っていたより静かだった。
ユノはひとり、草と木々のあいだを歩いていた。
大きな道はとっくに外れている。
地図もなく、でも、迷っている気はしなかった。
足元には見慣れた草が生えていた。
葉の形、茎の硬さ、土の匂い。
ギルドの裏庭とそれほど変わらない。
でも、どこか懐かしさがあった。
(……こっち、かな)
誰に聞いたわけでもないのに、自然と右へ進む。
動物の通った跡のような細い道。
けれど、不安はなかった。
風が草を撫でている。まるで「こっちで合ってる」と言われているような気がした。
しばらく進むと、木々の合間から光が差す開けた場所に出た。
そこは、小さな草原だった。高い木に囲まれた円形の空間。
空は明るく、草花が風にそよいでいる
ユノは、その場にしばらく立ち尽くしていた。
初めて見る場所なのに、不思議と落ち着く。
空気が澄んでいて、草の匂いが心を包んでくる。
そっとしゃがみ、草の上に手を添える。手袋を外し、土に触れる。
「……やっぱり、少し温かい」
昼の陽を吸った土が、ほんのりと熱を持っていた。
草の根に沿って手を滑らせると、“何か”が答えてくれたような気がした。
――ふわり。
風がひとすじ、草の間を吹き抜けた。
葉がふるえ、草が揺れ、空気がわずかに震える。
ユノは思わず顔を上げた。
――そこに、いた。
淡い光に緑がかった透明な粒。
草の間から浮かび上がり、蝶のように舞いながらユノの前を通り過ぎる。
羽根も身体もない。
ただ、やわらかく輝くだけの光。
「……また、君か」
ユノは小さくつぶやいた。
野営地で見た、あの光とまったく同じ。
やはり見間違いではなかった。
この光は、意志を持っている。
光はゆっくりとユノの頭のまわりを一周し、やがて手のひらの上にふわりと留まった。
ほんのりとしたぬくもりが伝わる。
それは、草を抜いたときに感じる土の温かさと似ていた。
「君は……誰?」
問いかけには答えはない。
けれど、光はそっと震えた。ユノは自然と笑みを浮かべた。
「……うれしいよ。誰かが、僕を見てくれてた気がして……」
光は小さく回転してから、空へ舞い上がった。
その動きは、どこか楽しげで、誘うようにも見えた。
ユノは立ち上がり、光のあとを追った。
その時、風の流れが変わり――空気が静まり、葉音が遠ざかる。
ユノの周囲で、風が渦を巻くように集まり始めた。
そして、中心にふたつ目の光が現れる。
先ほどより少し大きく、淡い緑の輝き。
今度は、はっきりと『存在』の重みがあった。
その光は、ユノの目の前に降り立ち、わずかに揺れた。次の瞬間――
――ユノ……
頭の中に直接響く声。
男でも女でもない、やさしくて、風のように澄んだ響き。
「……今、声……?」
誰もいないのに、確かに語りかけてくる声があった。
――ようやく、会えた。君は、草に触れ、土と語り、大地を慈しむ者……
光がユノの胸元に触れた。
その瞬間、胸に淡い緑の紋章が浮かび上がる。
葉の形をしたそれは、すぐに肌に溶けるように消えた。
「なに、今の……?」
心臓が高鳴る。
手が震える。
けれど、怖くはなかった。むしろ、温かかった。
草に触れてきたこと。
誰にも認められなかった草むしり。
それが――意味のあることだったのかもしれない。
――また、来るよ。もうすぐ、ちゃんと話せるから。
風がふわりと吹き、光は風と共に消えていった。
ユノは草の上に腰を下ろす。
(……誰かが、見てくれてる)
はっきりとした理由はわからない。
けれど、孤独じゃなかったと、初めて思えた。
目を閉じる。
風の音が耳をくすぐる。それはまるで、「またね」と言ってくれているようだった。
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