第02話 最後の仕事
ギルドの朝は、いつも忙しい。
冒険者たちが出発の準備をし、受付嬢たちが依頼書を整理し、訓練場からは剣と剣がぶつかり合う音が聞こえてくる。
そんな喧騒の中、ユノの姿は今日もひっそりと裏庭にあった。
草をむしり、土を整え、落ち葉を集める――それが彼の毎日だった。
「ユノ、マスターがお呼びだってさ」
受付のミナが事務的に告げた声に、ユノは小さく頷いた。
ギルドの奥にあるマスターの部屋。ユノがその扉を開けるのは、これで二度目だった。
一度目は、雑用として採用された時に。
それから三年、部屋の扉はずっと閉ざされていた。
中には、壮年のギルドマスターがいた。
大きな机に腕を組み、難しい顔でこちらを見ている。
「ユノ、来てくれてすまないな」
その口調は柔らかく、それでいてどこか遠いものを感じさせた。
「――お前には、最後の仕事を任せたい」
『最後』という言葉に、ユノはほんのわずかに目を伏せた。
(ああ……やっぱり、そうか)
最近はもう、依頼の雑用すら回ってこなくなっていた。
草むしりばかりで、冒険者たちからの信頼もない。
自分がここに長くいられないことくらい、ユノ自身が一番よくわかっていた。
「……はい、わかりました。どこを掃除すればいいですか?」
「北側の野営地だ。来週、大きな討伐依頼があってな。荒れてる場所を片づけておきたい」
地図を渡され、ユノは素直に受け取った。
「今日中で構わん。……終わったら、また来てくれ」
ユノは頭を下げ、その場をあとにした。
野営地は、町の外れにあった。
嘗て冒険者たちが臨時の拠点として使っていたが、今はほとんど手つかずだ。
草は生い茂り、地面には倒木が転がり、小動物の足跡があちこちに残っていた。
「……これは、やりがいあるな」
誰もいない場所に、小さく笑みを浮かべる。
ユノは持参した手袋をはめ、草に手を伸ばす。
抜きやすい場所から少しずつ、根を切らず、土を崩さず、丁寧に、ゆっくりと。
「……ごめんね。でも、また生えておいで」
気がつけば、そう呟いていた。
言葉に意味はない。けれど、そう言うことで、自分がどこか救われる気がした。
木漏れ日が差し込む中で、ユノはひとり、黙々と草を抜き続ける。
手は泥にまみれ、服も汚れ、膝に草の痕がつく。
それでも構わなかった。これが、自分にできる『仕事』なのだから。
昼を過ぎた頃――風が、ふと止まった。
「あれ……?」
森全体が静かになる。鳥の声も、虫の音も、ピタリとやんだ。
ユノが顔を上げると、視線の先で――ふわり、と、淡い緑色の光が、草の間から浮かび上がった。
それは小さな光球のようなもので、蝶のように舞いながら、ユノの目の前を横切る。
「……光?」
触れようとしたが、手の先でそれは溶けるように消えた。
跡には、かすかな風の揺らぎと、草の香りだけが残る。
ユノはじっとその場所を見つめていた。
誰もいないはずの野営地で。
草の上で、確かに何かが彼を『見ていた』ような気がしたのだ。
(なんだったんだろう……あれ)
不思議と、怖くはなかった。
むしろ、少しだけ懐かしい気持ちになった。
それがなぜかは、わからなかった。
作業を終え、空を見上げたときには、夕焼けが木々の間から差し込んでいた。
ユノは深呼吸をひとつして、草むしりの跡を眺めた。
地面がきれいに整い、風が優しく吹き抜ける。
「……終わった、かな」
誰も褒めてはくれない。
誰も見ていない。
でも、ユノの中には、かすかに『誰かに』見られていたような不思議な感覚だけが残っていた。
あの光――何だったのか。
たった一度の瞬きのような出会い。
けれど、それはユノにとって、確かに何かを『予感』させるものだった。
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