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第15話 風を信じて、立ち向かう


 黒い獣影が、森の境界を越えて現れた。


 その姿は、イノシシにも似ているが、二回り以上は大きい。

 分厚い皮膚には泥と瘴気がまとわりつき、赤く光る目がうなり声とともに揺れていた。


「グルルゥ……ッ」


 木々を押しのけながら、魔物はじりじりと村の方へと歩を進めていく。


(このままじゃ、村に……!)


 ユノは呼吸を整える。

 全身の力が自然と入るが、膝は震えており、でも、逃げる気はなかった。


『ユノ、風を感じて。周囲の流れを読んで、風と一緒に動くの』


 ユイリの声が冷静に響いた。


「……うん」


 ユノは深く息を吸い、右手を掲げる。


「《風感知》」


 周囲の空気が集まり、魔物の動き、地形、風の流れ――全てが脳に流れ込んできた。


(あいつの足元、ぬかるんでる。そこから誘導できる)


 魔物の足音が、地面を響かせる。

 ドス、ドス、と土を蹴り、体長二メートルを超す黒い巨体がこちらを睨んでいた。

 赤く光る目、呼吸のたびに吐かれる瘴気。

 見上げるほどの角――まるで“怒り”そのものが形を持ったような存在だった。


「グゥルゥウウウ……!」


 咆哮とともに、魔物が突進してくる。


(速い!)


 ユノは瞬時に右足を引いた。


「《風走》!」


 足元に巻きつく風の魔法。

 滑るような移動で突進をギリギリでかわすと、背後に風を滑らせるように飛び退いた。

 魔物は止まり切れず、地面を抉って方向転換する。


「……あの突進、一発でも食らったら終わりだ」


 ユイリの声が冷静に響く。


『右前脚、筋肉が大きいぶん、そこが弱点。風で揺らせばバランスを崩せるよ、ユノ!』

「了解!」


 ユノは左手を前に突き出し、空中に印を描く。


「《風縛》!」


 空気が収束し、目に見えない風の縄が魔物の前脚を絡め取る。

 だが、魔物は力任せにそれを引きちぎるように踏み出す。

 

(風だけじゃ止まらない……! でも動きが鈍った!)


 次の瞬間、ユノは地を蹴る。


「《風跳》!」


 風が背中を押し、跳ねるように魔物の背後へ。

 すかさず両手を構える。


「《風刃》!」


 風が収束し、細く鋭利な刃となって魔物の右脚へ斬り込む。


 ――ギィィン!


 鈍い金属音のような音。

 刃が皮膚を裂くことはなかった。


「っ……硬すぎる……!」

『表面は無理。関節と関節の『つなぎ目』を狙って』


 ユイリの声が頭の中を走る。


(だったら――動きに合わせて、『中』に通す!)


 ユノは空気の流れを読む。

 魔物の呼吸、足の重心、動きのパターン。

 全神経を風に預け、次の一手に集中する。


「来い……!」


 魔物が地面を削り、再び突進。

 今度は真正面――ユノは両手を広げ、タイミングを計る。


(もう少し……今だ!)

「《風走》!!」


風の力で左へ滑り込む。

魔物の右脚の付け根がわずかに開く。


「《風刃・通流》!」


 通常より細く鋭く絞った風の刃が、隙間にスッと滑り込む。


 ――グチャ。


 魔物が短く鳴き、右前脚の内側に傷が入り、足元が崩れる。

 ユノは距離をとりながら叫ぶ。


「このまま……村の西、あの落とし穴まで誘導する!」

『了解。私が風の流れで誘導する。ユノは集中して!』


 魔物は痛みに怒り狂い、さらに突進を繰り返す。

 ユノは風の補助で左右へ跳ね、速度を落とさず、風の刃で小さなダメージを刻んでいく。


「《風刃》《風縛》《風跳》……!」


 魔物は苛立ち、誘導されるように罠の方向へ追ってくる。

 そしてついに――


「今っ!!」


 ユノが地面を蹴った直後、魔物が罠の縁を踏み抜く。


 ――ゴッ――ズズズッ!


 地面が崩れ、巨体がずぼっと落下する。

 土煙が上がり、穴の中で魔物がもがく。


「《風縛》! 足を、固定して!」


 風の鎖が脚を絡め取る。


「とどめだ……!」


 ユノは風を集中し、両手を合わせて空に掲げた。


「《風刃・連翔れんしょう》!!」


 複数の風の刃が空中に次々と現れ、連なるように魔物へと撃ち込まれていく。


 ――ズバッ、ズバッ、ズバァッ!


 獣の脚に刃が突き刺さり、動きが止まった。

 やがて魔物はうめき声を最後に、力なく倒れ込む。

 静寂――ユノは、しばらくその場から動けなかった。

 膝が笑っている。呼吸が乱れている。

 でも、守れた。


「……終わった、のか……?」


 呆然としながら呟いていた時、後ろから突然ユノの名を呼ぶ声が聞こえた。


「ユノーッ!」


 村人たちの声が届いた。

 大人たち、子供たち、避難していた人々までもが走ってきて、ユノを囲んだ。


「無事か!? ケガは!?」

「魔物……やっつけたのか!?」

「すごい……すごいよ、ユノ兄ちゃん!」


 次々にかけられる言葉に、ユノは戸惑った。

 誰かが肩を支え、誰かが水を差し出し、誰かが泣きながら「ありがとう」と言った。

 その中で、ユノの目に涙がにじんでくる。


(ぼくが……この手で、守れた)

(ぼくの力が、役に立った)


 こみ上げるものを抑えきれず、彼はぽつりと呟いた。


「……よかった……」


 そして、その言葉に呼応するように――風が、やさしくユノの頬をなでた。

 まるで、「よくやった」と言っているかのように。


 

   ▽


 その夜、村の空気は静かだった。

 けれど、みんなの目には確かに光があった。


「ありがとう、ユノ」

「君がいなければ、どうなってたか……」

「これからも、ここにいてくれたら……」


 その言葉が、心に温かく残った。

 ユノは火のそばに座りながら、小さく笑った。


「……守りたい。こんなふうに、また」


 風が静かにユノの周りに吹いている事に安堵しながら、彼は笑うのだった。

読んでいただきまして、本当にありがとうございます。

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