第14話 風が知らせた異変
夜の風は、いつもより少しだけ冷たかった。
星の瞬く空の下。
ユノは縁側に腰を下ろし、静かな夜風に身を委ねていた。
村での暮らしは穏やかだった。
土に触れ、草を抜き、風でごはんを温める。
そんな日々の中で、心も少しずつほぐれていくのを感じていた。
……だが、その夜の風は、どこか不穏だった。
『……ユノ』
ユイリの声が、風に混じって届く。
その声には、微かな緊張が含まれていた。
「どうしたの、ユイリ?」
『風が騒いでる……森の奥。何か、大きな『気配』が近づいてきてる』
ユノは立ち上がった。
夜の森――そこから聞こえる、低いうなり声。
動物の鳴き声とは違う。風が、何かを警告していた。
「《風感知》」
呪文を小さく唱えると、周囲の風がユノのまわりに集まり、彼の意識に情報を運んでくる。
草の揺れ、木々の振動、地面の震え。
(……大きい。重たい。地を踏みしめて、こっちに向かってきてる)
ユイリが囁く。
『魔物だ。しかも、ただの野獣じゃない……なんか『怒ってる』みたいに、感じる』
「なんで、こんな村に……」
『理由は後。今は、守らなきゃ』
その時、かけ込んできた村人が息を切らして叫んだ。
「見張りのゲンじいが倒れてた! 村の北側、森との境界だ!」
「無事だったの!?」
「ケガしてるけど、生きてる!でも何かに殴られたって……!」
ユノの胸がきゅっと縮まる。
ゲンじいは、村の外れにある見張り塔で、いつも夜の見回りをしていた。
何十年も前から、村を見守ってきた人だ。
(……このままじゃ、また誰かが傷つく)
頭の奥で、過去の声がよみがえる。
――「役立たず」「何もできない」「草しか抜けないくせに」
けれど今は違う。
草をむしることで人に感謝され、風を使って誰かと笑い合えた。
「僕が、守らなきゃ」
ユノは立ち上がり、村の中央に集まっていた数人の大人たちに声をかけた。
「すみません、手伝わせてください。すぐに非戦民を避難させてください。子供やお年寄りを、村の南の防風小屋へ!」
「お、おお……わ、わかった!」
「おい、聞こえたか! 子供らと年寄りをまず避難だ!」
いつも穏やかな村に、緊迫した声が飛び交う。
子供たちが不安そうに母親に抱きつき、若者たちが手に農具を持って駆け出す。
ユノは息を整え、魔法を思い出す。
《風刃》《風縛》《風感知》《風跳》……今の自分に使える魔法は多くはない。けれど、それでも――
(ユイリ、どうすればいい?)
『時間を稼いで。私が気配を探る。あの魔物の動きが分かれば、倒す方法も見えるはず』
「分かった……僕、行ってくる」
森の境界へ向かう道を、ユノは一人走った。
夜の闇は深く、風が枝を揺らし、葉がざわめいている。
けれどその中に、確かに『異物の存在』がある。
――足音。重く、大きく、土を砕く音。
「っ……!」
草陰に身をひそめたユノの目の前を、黒い影が横切る。
体長は二メートル近い。
獣のような体、黒くぬめる皮膚、そして角のように伸びた牙。
(……魔物、だ)
動物のようでいて、自然に溶け込まない『気配』。
風がそれを拒絶している。まるで、世界にとって『異質な存在』のように。
ユノは、そっと手を掲げた。
「《風感知》……いや、少し違う。これは――」
風が耳元で囁く。
『怒り。飢え。……追い出された。居場所を、壊された。だからここへ来た』
「……人間のせい、なの?」
『分からない……でも、関係ない。今は、守るべきものがあるでしょ』
ユノは大きく息を吸った。
誰かのために、戦うなんて、考えたこともなかった。
けれど今、自分が動かなければ――この村が、この温かな日々が壊されてしまう。
「僕が……止める」
手のひらに、風が集まる。
ユイリの気配が、強くなる。
『ユノ。君の風は、やさしい。でも、必要なら――強くもなれる』
風が吹き抜ける。
夜の静寂が、戦いの幕開けを告げていた。
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