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第13話 風と一緒にごはんを


 朝の光が山の上から差し込み、ソラノ村のかまど場に煙が立ち始めるころ。

 ユノは、村の女性たちに誘われて、共同かまどの前に立っていた。


「はい、これ持ってってくれるかい?」

「うん、ここに置けばいい?」

「そうそう、手際がいいねぇ」


 村の朝食づくりは、複数の家族が集まって支度をする『日替わり制』。 

 この日に、新たに声をかけられた。


「うちの番だけど、あんたも一緒にどうだい?」


 もちろん、ユノは承諾した。


 大きな籠には、収穫したばかりの野菜。

 大根、にんじん、じゃがいも、そして山で採れた野草やキノコ類。

 それらを洗って仕分け、皮をむいて、煮込みの支度をする。

 ユノも最初は戸惑っていたが、昨日までの畑仕事と似た作業に、すぐ手が慣れていった。


「じゃあ次は火の番、お願いできるかい?」


 薪をくべたかまどの前で、年配の女性がにこにこしながら言う。


 ユノはうなずき、小さく手を前にかざした。


「……《風調》」


 かまどの炎が、ごぅっと音を立てて強まり、そしてすぐにちょうどいい火力で安定する。

 風の魔法で、空気の流れを微調整したのだ。


「まぁ! 火がちょうどよくなった!」

「風の加減までわかるなんて、こりゃ便利な魔法だねぇ」


 ユノは照れくさそうに笑った。


「……ありがとう。まだ練習中だけど、風が助けてくれてます」


 蒸気が立ち上り、野菜の香りが村の一角に広がっていく。

 どこか懐かしい匂いが、ユノの心をやさしく揺らした。


 次は、裏庭で洗った米を天日に干す作業。

 ユノは風の魔法で米の表面に優しく風を送り、乾きすぎないよう湿度を調整する。


「ほんとに便利だねぇ、ユノちゃんの風は」

「まるで、草木のこともわかってるみたいだよ」


 誰かと一緒に働く。

 失敗しても笑って許してくれて、できたときはちゃんと褒めてくれる。

 ギルドでは与えられた『作業』しかなかった。

 今ここでは、『誰かと暮らす』ための手が動いている。

 ユノは、それを実感として噛み締めていた。


  ▽


 昼時、村の子供たちがまたユノのもとに駆けてくる。


「ねぇねぇ、今日も風の魔法見せて!」

「風精霊さんって、どこにいるの?」

「こないだのふわふわの玉、もう一回やって!」

「うん。じゃあ、今度はちょっと特別なのをやってみようか」


 ユノは手のひらを合わせ、小さく囁いた。


「《風舞》」


 すると、柔らかな風がユノの周囲に集まり、小さな羽のような風の塊がふわふわと宙を舞い始める。


「わぁ……!」

「きれい……!」


 子供たちは目を輝かせ、手を伸ばして追いかける。

  まるで風の精霊ごっこ。

 誰かが「私は風の王だー!」と叫び、みんなが笑った。


 その様子を、近くで洗濯物を干していた女性たちが静かに見守っていた。


「……あの子、ほんとにいい『風使い』だね」

「ええ。うちの子、あんなに笑うの久しぶり」

「風があの子のそばにいるの、見ててわかるわ」


 そのように、話をされていたなんて、ユノは知らない。


 昼食は、縁側に座って、村の皆とわいわい食べる。

 囲炉裏で炊いた野菜汁と、干し魚、ふかした芋。

 飾り気のない献立だったが、ユノにとっては、すべてがあたたかかった。


 隣では、幼い兄妹がじゃれ合っている。

 向かいでは、作業で汗をかいた若者が、笑いながら飯をかきこんでいた。

 そして、自分の横には風がいた。

 それだけで、なんだか泣きそうになった。


「……一緒にごはんを食べるって、こんなに嬉しいんだ」


 小さくつぶやいたその言葉に、誰かが「そうだねぇ」と微笑んだ気がした。


  ▽


 夜。

 ユノは縁側で、夜風にあたりながらぼんやりと空を見上げていた。

 静かな夜の村――遠くで虫の声がして、草の匂いが風に混じっている。


『どうだった?今日の暮らし?』


 ユイリが、風の中で囁くように問いかけてきた。

 ユノは、ゆっくりとうなずく。


「……とても、やさしい日だった」


 ほんの少し前まで、誰にも求められていなかった。

 ただ草をむしって、日が暮れたら黙って寝るだけだった。

 けれど、今は違う。


「ここにいても、いいのかなって……少しだけ、思ったんだ」


 風がそっと頬をなでる。

 それは、肯定の返事のようだった。


『君が風を好きになったように――風も、君を好きになったのよ』


 ユノは、小さく笑った。

 こんなふうに、『笑って』一日を終えるのは、いつぶりだっただろう。

 夜空にひとつ、流れ星が光った。

 それを見上げながら、ユノはそっとつぶやいた。


「……ありがとう」


 風が、やさしく頷いた。

読んでいただきまして、本当にありがとうございます。

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