第12話 草と畑と、みんなの手
朝日が、山の向こうからゆっくりと昇ってくる。
鳥のさえずりが森から聞こえ、風はやわらかく村を包む。
ユノは、村の畑に立っていた。
昨日の夕方、村の人々に歓迎され、素朴な夕飯をごちそうになったあと、突然誘われた。
「明日、よければ畑の手伝いをしてみないか?」
「え……」
そのように声をかけられたユノはすぐに頷いたのだった。
「これ、全部で一枚の畑なの?」
「そうさ。うちの村の食べ物の半分は、この畑から生まれるんだよ」
案内してくれたのは、背中を丸めた白髪の老人。
『ソラノ村の畑番』と呼ばれているらしく、みんなからは『じいちゃん』と親しげに呼ばれていた。
ユノは、畑の端にしゃがみこむと、黙って土に触れた。
その手つきは、ギルドの裏庭で毎日繰り返していたものと変わらない。
指先で土を崩し、根に無理な負担をかけずに、草をするりと抜く。
根を傷つけず、しかも後が残らないように。
「……ほう。見事なもんだな」
「え?」
「草を抜くんじゃない。生き物と対話してるみたいな手つきじゃ」
老人は、まるで宝物を見つけたように目を細めた。
「この草は抜かれるってわかったとき、苦しまなかったろうな。まるで、納得して土に還るみたいな抜き方だ」
ユノは、少しだけ戸惑ったように笑った。
「ギルドで、ずっと草をむしってただけです」
「だからこそ、だよ。大抵の人間は『むしる』んじゃ。だが君は、草を『戻して』る」
ユノの草むしりが――はじめて、認められた瞬間だった。
▽
それから数時間――ユノは老人とともに、畑の中を黙々と歩き、草を抜き、土を撫でた。
日差しが強くなってくると、村の子供たちが遊びにやってきた。
「ユノー、今日も魔法使ってー!」
「風、風ー!」
ユノは照れくさそうに笑いながら、小さく手をかざした。
「《風跳》」
空気の一部が軽く跳ねて、足元にあった落ち葉がふわりと宙に舞う。
その動きに子供たちは歓声を上げ、笑顔で走り回った。
「すごーい! ねえ、あっちの石も飛ばして!」
「じゃあ、風の玉も見せてー!」
「わ、わかった。ちょっとだけ、だよ」
《風玉》――ユイリが教えてくれた、空気を小さく圧縮して浮かべる遊び魔法。
ユノの指先から生まれた半透明の風の球が、陽の光を反射してきらきらと光る。
子供たちの笑顔が、畑の上にいくつも咲いていった。
昼下がり、作業の手を止めたユノに、畑番の老人が木陰でお茶を差し出した。
「よう働いたな。ありがとよ、ユノ坊」
「ぼく、たいしたことしてません」
「いやいや。君の手が入った場所は、草も気持ちよさそうに抜かれてる。土の湿りもよくなってる。不思議なもんだ」
老人は、湯呑みを傾けながら続ける。
「草むしりってのは、土をよく知らないとできんのだよ。根がどこまで伸びてるか、どう広がってるか。それを感じ取って、動かせる奴は、そういない」
ユノは湯呑みを両手で包んだまま、静かにうつむいた。
誰からも認められなかった《草むしり》が、ここでは意味を持っていた。
それが、まだうまく受け止めきれない。
「その……ありがとう、ございます」
言葉にしたとたん、胸の奥がほんの少し、じんと熱くなった。
▽
そして、夕方。
村の水路に集まった大人たちと、ユノは簡単な整備作業を手伝った。
水の流れを《風》で一時的に変えて、詰まりかけた枯れ枝や落ち葉を取り除く。
その様子を見て、村人たちは「おおー」「こりゃ助かる」と口々に言ってくれた。
中には、そっと肩に手を置いてくれる人もいた。
「ありがとう」と笑いかけてくれる顔が、まぶしく思えた。
こんなにたくさんの「ありがとう」をもらったのは、初めてだった。
草をむしることで、誰かが喜んでくれる。
魔法を使うことで、誰かの生活が少しだけ楽になる。
(ここでは、僕のことを、笑わない……ここでは、僕の手が、役に立つんだ)
その日の終わり。
畑の縁にしゃがみこんだユノに、老人がそっと声をかけた。
「ユノ坊」
「はい?」
「君の手は、よく土を知ってる手だね」
ユノは驚いたように、手を見下ろした。
小さく、細く、泥に汚れた手。だけど、それを誇らしく思ったのは初めてだった。
「……ありがとうございます」
風が、そっと吹いた。
やさしい、あたたかな風だった。
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