第10話 風の魔法と、守りたいもの
草原に戻ったユノは、しばらく風の音を聞いていた。
空は晴れていて、風はやわらかく、光は少しだけまぶしかった。
体に残る感覚は、確かに変わっていた。
ただの風じゃない。ユイリたち精霊とつながったことで、風は“言葉”のように感じられる。
「……やってみようかな」
ユノは右手を前に出して、ゆっくりと息を吐いた。
意識を集中させ、風に語りかけるように願う。
「《風刃》」
その瞬間、草をなでていた風が鋭く変化し、ユノの手元から細い風の刃が走った。
目の前にあった枯葉を、音もなくすぱりと切り裂いて、何事もなかったかのように空気の中へ消えていく。
「すごい……!」
威力があるというより、『繊細さ』に驚いた。
草一枚を切り裂きながら、周囲の草や空気にはほとんど影響がない。
自分の意志で、必要な分だけ力を動かす。それが精霊魔法なんだ、とユノは実感する。
「じゃあ……《浮遊》」
今度は身体がふわりと浮き上がる。ほんの十センチほど。
でも、地面と自分の間に風がしっかりと抱えてくれているのを感じた。
「わ、わ……」
バランスを崩しそうになって、すぐに降りた。けれど、その一瞬だけでも空を『歩ける』可能性が見えた気がした。
風は怖くない。
優しくて、頼もしくて、まるで友達のようだった。
その時、近くの茂みで、かさりと音がした。
ユノは反射的に身を構え、そして、そっと目を閉じた。
(風よ、教えて)
風が周囲をなぞるように走った。
木の葉の揺れ、小枝の傾き、土のわずかな沈み。
風を通して、“何か”がそこにいると分かった。
「……小さな生き物?」
ユノがそっと歩み寄ると、草の隙間から小さな動物――リスのような生き物が、警戒した目でこちらを見ていた。
「大丈夫。驚かせないから」
手を出すと、一瞬ためらったあと、リスはぴょんと彼の腕に乗った。
その毛並みは、まるで風と同じくらい軽くて柔らかい。
「……こんにちは。君も、この森の仲間なんだね」
ユノは笑いながら、リスの頭をそっと撫でた。
すると、茂みの奥からさらに小さな動物たちが集まってきた。野ウサギ、鳥、小さな鹿――森の小さな命たち。
風が彼らの存在を知らせてくれていたのだと、ユノは理解する。
(……僕にも、誰かを守れる力があるのかもしれない)
これまでは、草をむしることしかできなかった。
誰にも認められず、必要ともされなかった。
でも今は、風とつながり、小さな命と心を交わせるようになった。
もし、この力で誰かの役に立てるなら。
守れるなら――それが、自分の“意味”なのかもしれない。
「ありがとう、風。ありがとう、ユイリ」
風がやさしく吹く。
彼のまわりに集まっていた動物たちも、安心したように森の奥へ帰っていく。
ユノは立ち上がり、空を見上げた。
ふと、声がした。
『ユノ』
ユイリの声だった。風の流れの中から、確かに届いた。
『あなたがこれから出会う精霊たちは、きっとみんな『君を試す』。力も、心も、何度も揺さぶられると思う』
「……うん、わかってる。簡単じゃないってことは」
『でも安心して。私は、最初に君を選んだ……だから、ずっとそばにいるよ』
その言葉に、ユノはゆっくりと目を閉じた。
風は、これまでずっとそばにあった。
だけど今は、ただ吹いているだけじゃない。彼に語りかけ、彼を導いてくれる。
一人じゃない。
その確信が、胸の奥に静かに灯っていた。
「ありがとう、ユイリ……これから、ちゃんと前を向いて歩いていくよ」
そう口にした瞬間、風が草を撫でた。
ユノはその風を背に受けて、再び歩き出す。
彼の中にはもう、ひとりぼっちだった頃の影はなかった。
草原の風は、やさしく彼の背を押していた。
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