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第01話 草しか知らない日々


 柔らかな朝日が、ギルドの裏庭に差し込んでいる。

 そこは誰にも注目されない、放置された狭い空き地。

 建物の影になり、冒険者たちが通ることもない。

 そんな静かな場所で、ひとりの少年が膝をついていた。


 少年の名前はユノ、十二歳――冒険者ギルドの雑用として暮らしている少年だった。


 彼のスキルは――『草むしり』。


 派手な戦闘技や魔法とは無縁の、ただ草をむしるだけのスキル。

 攻撃力も、回復力も、補助能力もない。

 ギルドに登録されている中では、最も無価値とされるスキルだった。

 しかし、ユノは今日も静かに草を抜いていた。

 指先に土の感触を確かめながら、丁寧に、やさしく。


「……君は、根が深いね。立派だよ」


 抜いた草に、そっと語りかける。

 そうするのが、いつの間にかユノの習慣になっていた。

 もちろん草が返事をすることはない。

 けれど、葉がふるりと揺れるたび、ユノは少しだけ心が軽くなる気がした。

 風が吹く、草がそよぐ、太陽のぬくもりと土の匂いが、彼を包んでくれる。

 それは、他の誰もくれなかった温もりだった。


「おい、また草むしりかよ。ほんと、変わんねーなユノは」


 裏庭の塀越しから、男の声が飛んできた。

 ギルド所属の若手冒険者――ラッド。

 彼はよくユノをからかってくる男だった。


「なあ、もしかして、その草と話せるとか思ってんのか? ははっ、だったら新種の魔物かもな!」


 仲間たちの笑い声が混ざる。

 しかし、ユノは何も言わなかった。

 ただ黙って、草を抜き続けた。もう慣れていた。


 ユノは児だった。

 誰に拾われたわけでもなく、物心ついた頃には孤児院にいて、やがてそこも出されてしまった。

 誰からも期待されず、居場所を見つけるために、このギルドに来た。

 食事と寝床を与えられる代わりに、働く――それだけの毎日。

 でも、草だけは、いつもそこにあった。

 何も言わずに、生えて、揺れて、抜かれていく。


「……ごめんね。でも、これが僕の仕事だから」


 そう呟きながら、ユノは次の草に手を伸ばした。

 根を傷つけないように、丁寧に。

 土の中の感触に集中すると、不思議と心が落ち着いていく。

 どんなに冷たくされても、草は怒らない。

 誰にも褒められなくても、草はそこにいてくれる。


「ユノ、お昼の支度、終わったら来いよ。掃除もな」


 ギルドの事務担当が、窓から声をかけてきた。

 ユノは「はい」とだけ答えた。

 誰に対しても、そうやって素直に返事をする。

 怒られないように、邪魔にならないように、それが身についた生き方だった。


 昼食はギルドの片隅、倉庫の裏でひとり食べた。

 パンとスープ、たまにリンゴがつく――が、今日はなかった。

 食事を終えると、また裏庭へ戻った。


 午後の草は、少し日差しで元気になっていた。

 触れた指先に、生命力のようなものを感じる。


(……あったかい)


 ふと、そんな風に思った。

 もちろん、草に温度はない。でも、その緑色の葉の感触が、なぜかユノの胸をじんわりと温めた――その時だった。

 ふわり、と。

 風でもない、鳥でもない、何か小さな『揺らぎ』のようなものが、草むらの奥で揺れた。


「……ん?」


 ユノが手を止めて、そちらを見つめる。

 草の間で、かすかに光ったように見えた。淡い、緑の光。

 けれど、それはすぐに消えてしまった。

 見間違いかもしれない。

 疲れていたのかもしれない。

 だけど、その一瞬の光は、どこか『優しさ』のようなものを宿していた。


 (……なんだろう、いまの)


 もう一度同じ場所に手を伸ばしてみたのだが、やはり、草しかなかった。

 風が一度、ユノの髪を撫でるように吹き抜けていく。

 空を見上げると、雲の切れ間から光が差していた。

 目を細めたユノは、ほんの少しだけ笑った。


「……なんか、今日は草がよく抜けるな」


 彼は知らない。

 その日、草むしりに込められた彼の『やさしさ』が、初めて世界に届いたことを。

 遠く、風の流れの中で、小さな精霊がその場を見つめていた。

 声は届かない。

 けれど、確かにその存在に気づいていた。


 草をむしり、大地を見つめる小さな少年が、いずれこの世界を動かす存在になることを――精霊たちは、まだ小さく、でも確かに感じ取っていた。

 そんなことは知らず、ユノは今日も草をむしる。

 それが、自分にできる、唯一の仕事だから。

読んでいただきまして、本当にありがとうございます。

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