1.『それぞれの帰還』part 8.
「それでは、こちらの客間をご自由にお使いくださいませ。お夕食は8時となっております」
「おう」
「ありがとうございます」
メイドさんに案内された部屋は、豪華だけどスッキリしてて、居心地の良さそうな雰囲気だった。
ベアトゥス様は、いろいろと見てまわりながら、「ふん!」と鼻を鳴らして壁にもたれかかる。
私はといえば、豪華な長椅子に座ってみたり、ベッドサイドのウェルカムおやつに興味津々。ご飯前なのに、きつね色の美味しそうなフィナンシェを食べそうになっていた。
「お前、もうベッドに入るつもりか?」
「あ、いや……食べません、大丈夫です!」
「ま、夕飯まで時間もあるし、俺は構わんぞ」
「え……? じゃ、食べちゃいます? これ」
私が、ウェルカムおやつのフィナンシェを手に取ると、ベアトゥス様は思いっきり変な顔をする。
「はあ? おっまえなぁ〜……色気より食い気かよ」
ベッドにいる私の横に座って、そのまま寝転んだ勇者様は、大きく伸びをしてからおもむろに言う。
「お前、なんか気づいたことあるか?」
「え? 急に何ですか? 気づいたこと……?」
ベアトゥス様の問いかけに、私は焦って今日1日を振り返ってみた。
いろいろ思い当たる節があり過ぎて、ベアトゥス様の顔が見れない……
「し、新婚旅行を……めちゃくちゃにしてしまい……申し訳……」
「そのことはいい」
あ、いいんだ……?
じゃあ、後は何?
「焼きターキーの……最後のひと串を奪ってしまい……申しわ……」
「そんなことで俺がごちゃごちゃ言うわけねーだろうが……あーもういい、この件は後で話すぞ」
「はぁ……わかりました」
ベアトゥス様は、一旦目を閉じると、軽くため息をついて話を続けた。
「後な、この屋敷内では、決して俺の名を呼ぶな」
「え? じゃあ何て呼べばいいんですか?」
「何でもいい、ご主人様でも旦那様でも……って、そんな嫌そうな顔すんじゃねえ……」
「だってぇ……なんか偉そう過ぎません?」
「とにかく、だ。何でもいいから、名前呼び以外の呼び方で頼む……」
そう言うとベアトゥス様は、ぶっとい両腕をおでこに乗せて、なんか考え事をはじめたっぽい。
何でもいいって言われてもなぁ……そういう主体性のないオーダーが一番困るんですけど……あ!
「じゃあ、ダーリンでいいですか? 一回ゆってみたかったので♡ てへてへ☆ やっばぁ! これ思ったより新婚ぽいかも!」
「なんだ? そのダーウィンてのは……」
「ダーリンです! それが嫌ならハニーって呼びます」
「は……!? じゃあ、ダーリンで頼む……」
「わかりました! ダーリン♡」
「なんか落ち着かねーなぁ……」
「私もなんか落ち着きませんね……やっぱ、ダーリン様にします……」
「じゃ、それで決まりだな、間違うなよ?」
「はあ……わかりましたけど……」
理由は教えてくれないんですかね……?
私は、久々のファンタジー展開に浮かれて、完全に無意識の狭間に落ち込んでいたのだった。
◇◆◇・・・◇◆◇・・・◇◆◇
「奥様はこちらに、旦那様はお向かいの席にどうぞ」
執事さんに指定された席につくと、坊っちゃま君は、すでにちょこんと座って待っていた。
この子、何で私の隣なんだろう……?
ちょっと疑問ではあるけど、まあ、気に入られちゃってるからかな?
勇者様がお子様に嫉妬して殺気とか出したらどうしよ……と少し不安だったけど、さすがにそこまで器は小さくなかったようだ。
ベアトゥス様も、ベアトゥス様だよね。人様の家でわがまま言わないでほしいんだけど……まあ、過去にタイムトリップして浮かれてんのかな?
いいんだけどさ……
まあ、私も浮かれてたしさ……
などと考えていると、横にいる坊っちゃまが私の袖を引っ張る。
「ど、どうしたの? ……ですか? おぼっちゃま」
「食べさせて」
「え? ここで?」
「食べさせて」
自分のおうちで、そんなことある??
思わず執事さんのほうを見ると、なんだか斜め上を向いて置物のようになっている。
お爺ちゃんだから、気付いてないのかな……?
「あの〜……」
「食わせてやれよ」
「えぇ!? いいんですか?」
「いいんじゃねえのか? お前が面倒じゃなければ」
ベアトゥス様……じゃなかった、ダーリン様は、出された料理を黙々と食べながら、まさかのOKを出してきた。
じゃ、じゃあ良いのか……?
私は、試しにお坊っちゃまのお料理を小分けにして食べやすくする。
四角に切ったお肉をフォークに刺して「はい、あーん♡」と言うと、お子様は素直に食べてくれた。
「おいしい?」
「うん、おいしい!」
「じゃあ、もっといっぱい食べようね」
「うん、いっぱい食べて、お姉ちゃんと結婚する!」
「え?」
「むぐ! ゴホゴホッ!」
お向かいの席で、ダーリン様が軽く咳き込んだ。
私も、今のセリフを執事さんに聞かれちゃったんじゃないかと、内心冷や汗ダラダラだ。
このお坊っちゃま君、さりげなく勇者様の様子を確認したりして、意外と策士なんじゃないかな?
ま、子どもの言ってることだしね……
いちいち間に受けても仕方が……
と思ったけど、お向かいのダーリン様は完全に目が据わってて、こっちを怖い顔で睨んでいる。
「ほらぁ? 次は何を食べるのかな?」
私は慌てて話を逸らそうとした。だって、あんな凶悪顔、今晩お世話になるお屋敷のお子さんに見せちゃいけないよ!
でも、お坊っちゃまは、機嫌の悪い勇者様を見て満足げだった。この子、メンタル強い……
「ぼく、次これ、あーんする!」
「え、これ?」
お坊っちゃまが指さしたのは、私のお皿の料理だった。
大人のご飯を食べたいってこと……?
私がほうれん草のキッシュみたいな料理を少し崩してフォークに乗せると、お坊っちゃまは私の腕を取って、そのまま私の口元に持って行った。
「はい、あ〜ん!」
「あむっ……」
結果的に、私が私のご飯を食べただけなんだが……?
子どものやることは、ようわからんなぁ……
困惑しながらもムグムグしていると、私の食べているところを見ながら、お坊っちゃまはニッコニコだ。満足してくれたのか?
「フォーク貸して!」
お坊っちゃまは、本格的に「あ〜ん」にハマったっぽい。私のフォークを奪い取ると、今度はビーフシチューっぽいものを突き刺して私に向けてきた。
「あ〜ん!」
ちょちょちょ、ソースが垂れちゃうからぁ!
私が慌ててパクッと食いつくと、お坊っちゃまはキャッキャと大喜びしてくださった……
オモチャにされてるのかなぁ……
そんな感じで、私たちは謎の夕食タイムを乗り切ったのだった。
◇◆◇・・・◇◆◇・・・◇◆◇
「ふあ〜よく寝た……」
次の朝、私は明るい陽の光を浴びて、やっと目を覚ました。
人様のお宅で寝れるかなぁと、ちょっと心配だったけど、お屋敷はホテルのようで快適だった。ふっかふかの布団で、ぐっすり眠れた気がする。
私は思いっきり伸びをすると、勇者様がもういないことに気づいて、ドキッとしてしまった。
え!? 寝坊した!?
焦ってベッドから出て窓の外を見ると、何やらお屋敷の警備員さんたちと朝の鍛錬に勤しんでいるダーリン様がいた。
そういえば厨房のおばちゃんも、勇者様が毎朝必ず剣の素振りとかしてるって言ってたな……
何という健康生活……
ぼんやりと練習風景を見ていると、私に気付いたっぽい勇者様が手を止めた。
覗き見がバレてなんか気まずくなった私は、テキトーに手を振ってみた。
すると、ダーリン様は練習を切り上げて邸内に戻ってくるっぽい。
あわわ……寝ぼけて寝巻きのまま窓に行っちゃったよ……怒られるぅ!
私は慌てて服を着替え、髪をちゃちゃっと整えて、変なところがないかチェックした。
ちょうどそのタイミングで勇者様がドアを開ける。
「大丈夫か?」
「あ、はい……大丈夫です」
ダーリン様は、そのまま私を抱っこして、またベッドに戻る。
何となくキスをする流れになって、座った勇者様の上に私が横座りするような形になった。
「え、ちょ! せっかく着替えたのにぃ!」
「お前、まだ朝食摂ってないだろ?」
「はあ……そうですけど」
「あのガキは、もう済ませて勉強中らしい。二人きりでゆっくりできるぞ? どうだ?」
「い、いいですね……」
「よし、じゃあ行くぞ!」
私の手を引いて食堂に向かう勇者様は、どことなく緊張しているみたい。
これ以上、なんか告白することとかあったっけ……?
不安要素は無いはずだけど、何となく悪い予感ばかりが浮かんできて、私の足は重くなった。
まあ、勇者様の引っ張り力が強すぎて、私の何気ない反抗なんて無いも同然だ。
「おはようございます」
広間に行くと、お屋敷の執事さんが立っていて、挨拶を済ませても出て行かない。
勇者様は二人きりとか言ってたけど、全然違うじゃん……
「ダーリン様……なんか怖いんですけど……」
「ミドヴェルト、もうその名前はいい。普通に俺の名前を呼べ」
「え、ベアトゥス様……?」
「……やはりそうでしたか」
並んで座る私たちの向かいに立った執事さんは、驚くべきことを口走る。
「お坊っちゃま……大きくなられて」