1.『それぞれの帰還』part 7.
小さな男の子の言うとおりに歩いて来た場所は、霊園だった。
……これって……もしや、この子は……?
「ゆ、幽霊……!?」
「んなわけねーだろ、親がいるんだ……ここに」
「あ、そういう……」
過去のメガラニカは平和そのものに見えるけど、そんな世界でも不幸な死人はいる。戦争や災害が無くたって、人は死ぬのだ。
この子は親を亡くしていたのか……
青空の下、ぼんやりと草原に咲くきれいな白い花を眺めながら、私はこの男の子の事情を考えて寂しい気分になってしまった。
「飯にするか? 屋台で適当に買っといたぞ」
ベアトゥス様がずっと手に下げていた袋は、ご飯だったのか……
「そうですね、お腹減りました」
二人でちょうど良い日陰を探して、勇者様が買い込んできた屋台飯を並べる。
「あ、ちゃんとあの子の分もあるんですね! 3つずつ」
「は? おまえ、俺を何だと思ってやがる?」
「いえいえ、優しい夫と結婚できて、私は幸せです♡」
「チッ……ったく……」
本当は、あの子と仲悪いから、存在を無視するんじゃないかと思ってました……すみません。
勇者様と並んで座ると、なんだかピクニックに来たみたいでイイ感じだ。
せっかくこんな緑にあふれているんだし、アウトドアで楽しむのもアリだよね。
「あの子、これからどうなっちゃうんでしょうか……?」
「お前の心配することではない。勝手に成長する」
「そうかもしれませんけど……」
何となく、ベアトゥス様は子ども好きかな〜と思ってたんだけど、あの男の子に対して厳しすぎんか……?
私がオレンジジュース魔法を使って飲み物を用意すると、男の子は無言のまま歩いてきて、私の膝に座る。
「あ! おいお前……!」
「いいじゃないですか。 ねえ、ぼく? お腹減ってるんじゃない? 何か食べよっか?」
「うん、あれ食べる……」
私が男の子の指差した丸い果物を取って渡そうとすると、その子はフルフルと首を横に振る。
「え? これじゃなかった?」
「それ、食べさせて……」
「あ、そ、そうだね……いいよ? はい、あーん」
はむっ……
男の子は、ちっちゃなお口にびっくりするぐらい果物を頬張って、何やら幸せそうな顔をしている。
親御さんがいないんだったら、こんなことも久しぶりなのだろう。
もしかして勇者様が怒るかと思ったけど、私がビビりながらこっそりチラ見したところ、ムスッとしたまま黙食していた。
まあ、せっかくの新婚旅行なのに、知らない子に掛かり切りになっちゃってるもんね……
そういや「俺以外のやつに『あーん』するな!」とか言ってたような気もする。
やべえ……禁を犯してしまったのではないか? でもでも、子どもだしぃ……勘弁してください!
◇◆◇・・・◇◆◇・・・◇◆◇
「やだぁ! 帰らない!」
「でも、そろそろ帰らないと、お家の人も心配してるよ? ね?」
「やだやだ! ずっとここにいる!」
困ったもんだ……
お腹いっぱいご飯を食べて、イイ感じに眠くなったお子様を運ぼうとしたところ、目を覚ましておむずかりである。
後はもう、どんな提案も「嫌だ」の一点張りで、取りつく島もない。
私だって、罪悪感でいっぱいなのに……
勇者様と二人っきりで聖地巡礼しようと思ったのに……
勇者様のご実家とか、勇者様の元職場とか、あわよくば勇者様の通ってた学校とか見たかった!!
どうしよう……新婚旅行がうまくいかないと、仮面夫婦どころか空港で離婚確定になる可能性だってあるじゃん……
こんな子どもにすら翻弄されて、私……ちゃんと妻なんてできるんだろうか?
もしかして、ベアトゥス様に呆れられてるんじゃない?
だからもう、いつもの突っ込みとかしてくれなくなっちゃったんじゃない?
でもこの子だって、親が死んじゃって、何にも悪くないのに……
そんなこと考えてると、馬鹿みたいに泣けてきた。
「おい、お前……」
「おねえちゃん、どうして泣いてるの?」
「うう……ごめんね、私……何にもできなくて……ごめん」
「大丈夫だよ。ぼくがお姉ちゃんと結婚してあげるからね」
「え?」
「お姉ちゃんを泣かすやつは、みんなやっつけるよ。ぼく本当は強いんだ」
「ふふ……ありがとう、坊や。すごく嬉しいよ」
思わぬプロポーズに、すっかり涙が引いた私は、何だか今度は笑えてきた。
まさか子どもに慰められてしまうとは……大人としてお恥ずかしい限りです。
やっぱ、子育ての自信はまだないなぁ……この理不尽さに付いていける気がしない。
ところで、新婚の妻が重婚の危機に晒されているというのに、新郎は何をしているのだ?
ちょっとだけ咎めるような気持ちでベアトゥス様を見ると、両手で顔を押さえて下を向いていた。
どういう感情……?
まあいいか。
「さあて、結婚するには、成長して大人にならなきゃ! ちゃんといっぱいご飯を食べて、ベッドでぐっすり寝ないとね! だから帰ろ、坊やはいい子なんでしょ?」
「ぼく、いい子!」
「よーし、じゃあ帰ろう!」
我ながら、いい流れを作れたのではないか。
このまま、何とか帰途につけば、夜にはまた勇者様と新婚デートができるはず!
私は、男の子を抱っこしながら、丘の斜面を慎重に下っていった。
◇◆◇・・・◇◆◇・・・◇◆◇
男の子の家は、図書館の広場からすぐの、かなり大きな邸宅だった。
「申し訳ございません、坊っちゃまがお世話になりましたそうで……」
坊っちゃま……
取り敢えず、あの男の子は勝手に図書館に行ったり、好きに街を駆け回ったりして夕方に帰ってくるのが常なのだそうだ。
良いとこのボンボンなのに、誘拐とかされないんか……
まあ、メガラニカではそれが普通なのかもね。
そういえば現実世界でも、夜中の地下鉄に塾帰りっぽいちっちゃい子が、ランドセル背負って黄色い帽子被って乗ってたわ……
いや、そういう問題か?
執事さんっぽいお爺さんは、すごく丁寧に私たちを邸内に招き入れてくれた。
「坊っちゃまも是非にとおっしゃられていますので、よろしければお夕食でも……」
「え!? そんな、お構いなく……」
突然のセレブからのお誘いに、どうしたら良いかわからず、私はベアトゥス様にヘルプを出す。
「いいんじゃねぇか? 屋台よりは美味いもん食えるだろ」
「えぇ〜本当ですかぁ? でも、マナーとかも良くわからないし……」
「ご安心ください。本日は大旦那様もいらっしゃらないので、お食事は3人でゆったりと召し上がれますよ」
「じゃあ決まりだな! 行くぞ」
「え、ちょ! ……すみません、お世話になります……」
お屋敷はコの字型になっていて、優美なアイアンの柵に囲まれている。
玄関の前には立派な噴水もあって、かなりの大金持ちって感じの邸宅だ。
「失礼ですが、お二人はどのようなご関係ですか? 用意するお部屋はおひとつでよろしいでしょうか?」
「新婚旅行中なのでな、良いベッドを頼む」
「かしこまりました」
「ちょ、え!? 泊まるんですか!? このお屋敷に!?」
「こんな時間から探しても、宿なんか取れねぇだろ。引き留めるからには、責任取ってもらわねーとな!」
「えぇ!? ちょっとずうずうしくないですか? べぁ……むぐ」
ベアトゥス様は、私の口を手で塞ぐと、ニヤリと笑って「いいから黙ってろ」と耳元で囁いた。
またなんか企んでるのか、この筋肉勇者は……!