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3.『火山の巨人イオスパイデ』part 30.

 わかるよ?


 やることいっぱいあると、私も何したらいいかわからなくなって眠くなるし。


 でもさ、今そんな余裕ないんだわ。


 ごめんね? こっちの都合で振り回しちゃって……


 そんなふうに思っていたときが、私にもありました……



「しっかりしてください! ヤーちゃん!?」



 私が倒れ込んだヤーちゃんの後頭部を支えると、マーヤークさんそっくりの悪魔は概念のくせに思ったよりズッシリとしていて、そのまま膝枕のような体勢になってしまった。


 幸い、というか不幸にして……存在が曖昧になった悪魔を安定させる方法は、暴れ松のときに伝説の悪魔キシュテムさんからレクチャーされている。


 ただ、問題は……私がヤーちゃんのこと知らなさすぎて、どう声をかけたらいいのかわからないってこと。


 いや、ヤーちゃんが好きなものといえば、マーヤークさんだろう。


 だって、そのためにずっと火山の研究を続けてたんだもんね。


 でも、そのマーヤークさんに想いが届かなかったことで、ヤーちゃんは悪魔としての概念が崩壊しかけているのだ。


 今マーヤークさんのことを話題にしたら、もっと事態が悪化する予感しかしない。


 困った……


 今のところ、ヤーちゃんは自分が消えかけてるってことに対して、パニック状態にはなってないみたい。

 

 ただ諦観というか、終わりを受け入れているみたいな感じで脱力しちゃってて、説得できる気がしない。


 どうすればいい?


 どんな言葉なら、ヤーちゃんの心に届くの?


 崩れ落ちたヤーちゃんの首の辺りを支えようとすると、私の手がヤーちゃんのうなじに沈み込んで、まるで首の骨を持ってるみたいな気がした。


 頭では、これが悪魔の仕様だとわかっていても、私は人間なんだよね。だから脊髄反射的にビクッとなって、危うく可哀想な要救助者を取り落としそうになった。


 骨とはいっても、ゴリゴリした頚椎の感じはなくて、ツルッとしたフィギュアの芯みたいな感覚だ。


 気になって無意識のうちに指でサスサスしてしまってたのか、ヤーちゃんが(いぶか)しげな顔を向けてきた。



「ミドヴェルト……それ以上は……やめて欲しい……」


「え? あ、ごめんなさい!」



 なんか手触りのいい芯のところは、触っちゃいけないとこだったらしい。


 慌てて手を退()かそうとすると、低反発枕みたいに離したところから柔らかさが戻って、もう芯には触れなくなっていた。


 ヤーちゃん復活した……?


 まあ、単純な拒否反応かもね。無防備になりすぎると私に芯を持たれてしまうから、自然に防御したんじゃないかな……と思うけど。


 え、ちょっと待って……もしかして、こんなときに私、痴女だと思われたのか?


 やべえ……


 軽く落ち込むけど、今はそんなこと気にしている場合ではない。


 少しリラックスできたせいか、私は最初にヤーちゃんが発した言葉を思い出した。



『……()()()()()()()()()()()()()()



 確かヤーちゃんは、そんなふうに言っていた気がする。


 それって……ヤーちゃん自体も、火山のパワーを取り込んだらどうなるか、ちょっと気になってたってことかな?



「ヤーちゃん、まずは火山のパワーを取り込んでみましょう! 後のことはそれから考えればいいんです!」


「そう……だね……火山を……だが……」


「何です? 何か気になることがあるんですか?」



 輪郭が戻っても、弱気になった悪魔はまだ不安定だ。



「私のマーヤーク……我が片割れ……せっかく君のために用意したのに……これは不正な着服ではないか……」


「な……え?」



 用意した? それって、まるで……



「やはりそうでしたか」



 ヤーちゃんの言葉に反応したのは、片割れである少年悪魔のマーヤークさんだった。


 マーヤークさんは、私に向かって一礼すると、深いため息をつく。



「申し訳ございません、ミドヴェルト様。この者が大変なご迷惑をおかけいたしました」


「あ、いや……別に私は……え?」



 いつの間にか後ろにいた勇者様が、無言で私の手を引いて立ち上がらせる。


 何だかわからないままヤーちゃんから距離を取らされて、私は握手会で剥がしを受けたアイドルオタクみたいに挙動不審になってしまった。



「えと、え? 何……どういうことですか……?」


「……そいつが()()だってことだ」



 ぶっきらぼうに答えるベアトゥス様は、苦虫を噛み潰したような顔をしながらも、いつもの強引さを感じないほどソフトな力加減で私の手を取っている。まるで私が傷つくのを心配しているみたいだけど……


 つまりはヤーちゃんが()()()ってこと?


 まあちょっとビックリだけど、私そんな繊細ではないので、そこら辺はお気遣いなくって感じなんだが……


 でもそうなると、計画はどうなるの?


 あ、そっか……めっちゃ必死に計画を実行しようと頑張ってたから、それが白紙に戻ると私が落ち込むと思ったのか、心優しき勇者様は。


 確かに、これからどうなるのか心配ではありますけど……



「ヤーちゃんが……?」



 私が、フリーズしながらも一応は勇者様に返答しなければと思って何気なく(つぶや)いた言葉に、当のヤーちゃんが地面に寝転がったまま答える。



「そう、この状況は私が招いたものなんだよ……」


「おい、マーヤーク2(ツー)、どういうことなのか説明しろ。お前が送ってきた手紙には、分離実験の詳細が書かれていたが、どうやって我々の秘匿情報を入手した?」



 分厚い革表紙の本を開いて手紙を(つま)み上げると、青髪悪魔のロンゲラップ大先生が尋問をはじめた。


 人差し指と中指で手紙を持ってる(さま)が、何ともオシャレでさすが推しです……


 というか、分離実験の詳細って……もしかして赤髪悪魔エニウェトクさんの()()ですか?



「ああ、それは私と我が片割れ殿の絆が切れていなかったせいだ。目が繋がっていたのでね」


「なんだと?」


「ぐぇ……」



 ヤーちゃんの返答にロンゲラップさんが鋭く反応し、一気に場の空気がピリッとして、私は勇者様にチョークスリーパーをかけられる。


 何故……さっきまでのソフトタッチは一体何だったのか。



「あ、すまん」



 一応、すぐ腕を緩めて謝ってくれたけど、殺意はなかったってことでしょうか?


 ラハールちゃんがベアトゥス様をポスポス叩いて気付かせてくれたので、私は危うく難を逃れた。


 ヤーちゃんからはさらに距離が離れていて、どうやら勇者様は悪魔たちの殺気を感じ、私を後ろに下げようとしただけらしい。


 危なく、推し活が浮気認定されて殺されんのかと思ったぜ……



「だ、大丈夫です……」



 念のため首に回された勇者様の腕を鎖骨のあたりに移動させながら、私は3柱の悪魔たちの動向に注目する。


 ここで変に腕を振りほどいちゃうと、繊細な勇者様が勝手に傷ついて後が大変だから、両手でしっかりホールドしてジェットコースターの安全装置っぽく扱うのがベストなのだ。


 これでまた何かあったときに首絞まるのも防げるし、ベアトゥス様のこと怒ってないよ頼りにしてるよアピールもできて一石二鳥。


 念のため、チラリと後ろを向いて様子を確認してみたけど、私の思惑どおり、ベアトゥス様はこっちを気にせず周囲を警戒するのに集中していた。


 ヤーちゃんが自白したところによると、火山の噴火を仕組んだのはヤーちゃんで、意味深な手紙でロンゲラップさんを呼び寄せたのもヤーちゃんだということだった。


 厳密にいえば、火山の噴火は周期的にそろそろだったので、誘発を(うなが)しただけらしいけど……



「噴火させるだなんて……そんなこと、出来るものなんですか……?」


「ポイントはね、水魔法だったんだ!」


「遠隔魔法で空中に水を発生させることができるなら、当然地下にも同じことができる……マグマの中に水を生み出せば一瞬で水蒸気になり、体積が1000倍に増えるというわけか」



 ムクッと起き上がったやーちゃんが、思いのほか元気に返事をしてくれた。


 何となく敵対してた気がする青髪悪魔大先生も、ヤーちゃんの話に割とノリノリっぽい。



「そう! 泡の数を増やすことで圧力を倍加できる。それでも正確な噴火日時までは計算できなかったんだけど、土魔法の応用である程度目安がつけられるようになって!」


「地盤強化と地割れ魔法か。強度設定が鍵だな」


「そうなんだ!」



 めちゃ盛り上がってんな……


 ひとり黙っているマーヤーク少年をよそに、研究オタクの悪魔たちが話し込んでいる。


 ロンゲラップさんもこうなると長いのだ。


 錬金術のアトリエで助手をやってるマルパッセさんに、しっかり推しの情報を聞き込んでいる私は知っている。


 すでにイオスパイデさんが限界警報を発していた。


 火山の時間で「すぐ」っていうのは、数分から100年単位まで幅が広いけど、おそらく今回は数分のほうに近いだろう。


 もうだいぶ時間を使ってしまっているし、急がないとダメだと思う。



「あのぅ、そろそろよろしいでしょうか……?」


「ああ、そうだった」



 私が声をかけると、ヤーちゃんはやっと危機が迫っていることに気がついてくれたらしい。小さくなったマーヤークさんに向き合うように身を屈めて、何かを囁いた。


 少年姿のマーヤークさんは、何だかビクッとして顔を背けながら言った。



「必要ありません。ですが……あなたの鬱陶しさが私への善意からくるものであったということには感謝しましょう」


「感謝か……うん、悪くないね」



 そうこうしているうちに、新たな噴火がはじまってしまう。


 勢いよく吹き出す真っ赤な溶岩の中に、笑顔のヤーちゃんが何気ない雰囲気でひらりと飛び込んだ。





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