3.『火山の巨人イオスパイデ』part 29.
「どういうことだ?」
青髪悪魔のロンゲラップ博士が、計算ミスなどありえないと言わんばかりに身を乗り出した。
少年マーヤークさんは気まずい顔で目を伏せている。こんな時にアレだけど……何というか、まつ毛がすごく長い。
「マーヤークさん、も、もう一度やってみていただけませんか?」
私が諦めきれずにダメ押しすると、おずおずと視線を上げた黒髪の美少年と目が合った。
な、なんか……怒られたイタズラっ子みたいな不安気な瞳が、どうにもこうにもドストライクなんですけど……い、今そんなこと考えてる場合じゃないってのはわかるけど、イケオジだったりだったりカワイ子ちゃんだったり、何なんだこの悪魔。
いや、悪魔系の人たちは皆んなビジュ良いけどさぁ……
私の推しである青髪悪魔大先生もすんごくカッコいいんだけど、それはクールな中身とか、さりげなく熱い研究魂とか込みのアレなんだよね。
マーヤークさんはなんか、全然好きじゃなくても見た目だけは最高に良いなと思う感じ。
それこそ、赤髪悪魔のエニウェトク先生がマーヤークさんに夢中になっちゃうのもわかるかなぁ……というか。
私がそんなしょうもないことを考えていると、マーヤーク少年はおもむろにもう一度溶岩の中に姿を消し、そしてまた顔を出した。
「……申し訳ございません。やはり私にはできません……」
「あ、すみません! 無理しなくて結構ですから……」
「おい、ふざけるな! これはお前の能力なら確実に……!」
「おーい! 誰でもいいから早くしてくれぇー!」
落ち込んだ様子の少年悪魔に、私が何か強制してしまってるんじゃないかと罪悪感を感じて声をかけると、ロンゲラップさんが珍しく語気を荒げて食ってかかった。
私たちの揉め事をよそに、溶岩の穴を保持していたイオスパイデさんが、のんびり口調ながらも警告を発する。
「ここから少し離れた山も噴火しそうだぞぉー!」
「え!? ちょ、待ってください!」
「もういい、俺が行く!」
え!?
止める暇もなく、分厚い革表紙の本を抱えた青髪悪魔は、ナチュラルに溶岩へと飛び込んだ。
ちょ、え!? 計算は!?
力を使い果たした少年状態のマーヤークさんだからこそ行ける作戦じゃなかったの!?
私が慌てて振り返ると、ほかの皆さんも呆気にとられているようで、いつも飄々としているヤーちゃんですらビックリ顔だ。
すっかり萎縮してしまった小さなマーヤークくんは、自分の手のひらを見つめながら俯いて無言のまま。
またどっかの山が噴火したら、私はそっちの対処に行かなくちゃいけないし……
どうしたらいいかわからず、無意味にあわあわしていると、音もなくロンゲラップさんが浮いてきた。
「ど、どうでした!?」
何にも状況変わってない気がするけど、一応、最前面にいた私が代表で確認してみる。
だって誰も何も言わないんだもん!
ヤーちゃん、いつまでもフリーズしてないで早く再起動してよ!!
勇者様は……まあ元々後方腕組み系だから期待はしていないけど。
溶岩の穴の上に浮かぶ青髪悪魔は、愕然とした表情で自分の手を見つめていた。
「できなかった……」
え……?
オワタ……
「け、けけけ計画は……!?」
「実行不可能だ。俺もマーヤークもできないなら」
「そんな……!」
私を真っ直ぐ見るロンゲラップさんは、嘘を言っていないことを強調するようにゆっくりと頷いた。
いや、無駄にイケメンなんですけど……!?
「とんだ手落ちですね。あなたにしては珍しいミスなのでは?」
私の斜め後ろから辛辣なコメントを投げつけたのは、何だかちょっと強気になったマーヤーク少年だ。
「そう言うお前には、何か心当たりがあるのか?」
「…………」
いつもはクールなロンゲラップさんが、乱れた青髪を苛立たしげに手櫛で掻き上げながら、ムッとして言い返す。
黙り込んだ黒髪の悪魔は、そのまましばらく間を溜めると、急に笑顔になって言葉を続けた。
「いいえ、まったくございませんね」
な、何だこの空気感……?
穏やかな表情で話し合ってるみたいだけど、ピシピシと摩擦が起きてるような気がする……
心なしか、上空で雲が増えてゴロゴロ言いはじめたし……
私が苦手な雷を察知したせいか、勇者様が声をかけてきた。
「おい、アイツはそれ、やれんのか?」
ベアトゥス様がノールック&サムズアップで指し示した方向には、火山パワー吸収計画のための細々した機械に囲まれて、しっかり配置についているヤーちゃんが居た。
「え? 私は観測者として必要だろう?」
「言われてみれば確かに……マーヤーク2にも同じ能力があるはずだ……理論上は」
今はじめて気づいたみたいな感じで、ロンゲラップさんが毒気を抜かれた顔で肯定する。
その流れに困惑したように、ヤーちゃんは否定的な意見を述べた。
「いやしかし、私は別にパワーを必要としていないし……」
何言ってんだ? コイツ……
「ひ、必要とか! 必要じゃないって問題じゃないんです! できるんならやってみてください!!」
私は思わず大声を上げてしまった。
おとなしそうな私が急に怒鳴ったからか、ヤーちゃんはちょっとビックリしているみたいだったけど、そんなことに構っている余裕はない。
大災害ですから、コレ!!
まあでも、魔国との契約状態にあるマーヤークさんやロンゲラップさんと違って、ヤーちゃんは自由な悪魔なのだ。こっちの都合でやりたくもないことを強制はできないよね……
「すみません……無理強いするつもりは無いんですけど、もし、あの……可能であれば、その……ぜひお願いします!」
最後のほうは尻切れ蜻蛉のようになってしまったけど、ダメ元で私は90度のお辞儀をする。
社会人として最大限の礼をするしかないのが不甲斐ないけど、私にはヤーちゃんが求めるものを与えてあげる力はないし、もう「誠意」ってやつを目に見える形で示すしかないのだった……
ヤーちゃんは、何となくフレンドリーな雰囲気があるけど、マーヤークさんの態度から察するに、あんまり良い悪魔じゃないのかもしれない。
それでも、私は公共の利益のために……できることがあるなら何でもやっておきたいじゃない!
無意味だとしても足掻いておきたいし。自己満足だとしても、別にいいじゃん。
人間ってやつは結局、自分がやりたいことしかできないんですよ!
人生コレ自己満足!
あれだ、ホラ……幸福追求の権利ってヤツだ!
日本国憲法にあるアレ!
アレですよ!!
ここは異世界だけれども!
私は日本人ですから!
そんな開き直りの精神で、私はとにかく勢いに任せて頭を下げる。
こんな時に……まさかライオン公爵様を参考にする日が来るなんてね……
でも、こういうのは勢いが大事だ。
遠心力で何だか頭がクラクラしてきたけど、私は何度も頭を下げ続けたのだった。
「お願いします!! お願いします!!」
ほぼお辞儀ハラスメントである。我ながら、酷いノープランの無為無策っぷりだと思う。
その証拠に、ほら……誰もフォローしてくれないし……というか、フォローのしようがないよね。事前に打ち合わせもしてないし。
お子様化したマーヤークさんは、もうずっと目を逸らしてるし、青髪悪魔のロンゲラップ大先生は冷え切った目で私を見てる。ベアトゥス様はといえば苦々しい顔で舌打ちしてるし、ヤーちゃんは困ったように眉を顰めるのみ。
フワフワちゃんはオロオロしながらくるくる回ってるし、ラハールちゃんは心配そうに様子を見守っている。
しばらく私の懇願する声だけが、溶岩のブッツブツ沸く音をBGMにして辺りに響いた。
「お、お願いします!」
「……私が行ってもいいのだろうか?」
「え!? 行ってもらえるんですか!?」
急にヤーちゃんが前向きな言葉をくれたので、私は思わず食い付いてしまう。
奇跡的なミラクル! もうちょい押せばどうにかなるのではないか!?
でもどうやって? 説得材料なんて無いも同然なのに?
私が考えあぐねていると、ヤーちゃんは困惑したように言葉をつなぐ。
「この火山の研究は、私が片割れ殿に報いるために積み上げてきたものだし、それを自分で使ってしまうことに抵抗があることは否めないよ」
「そうでしたか……でもマーヤークさんは火山のパワーを吸収できないとのことですし……」
「そうだね。私からのプレゼントは無駄になってしまったようだ」
「プレゼント……」
ヤーちゃんの吐露するところによれば、マーヤークさんと分離したときに凄くショックを受けて、自己を保つ必要があったのだとか……
マーヤークさんを完璧に満たすものが自分ではない、という現実を受け止めるために、ヤーちゃんは代わりになる他のモノを探してあげるってことにしたらしい。
それが、ヤーちゃんとしては「マーヤークさんの役に立つ自分」というものを構築する手段だったみたい。
悪魔とはいえ、お気楽に分裂したわけじゃなかったようだ。
暴れ松のときに、マーヤークさんの存在が不安定になってしまったのも、ここら辺が関係してるのかも?
そんなことを思いながら、私はヤーちゃんを何となく見つめる。
……ちょっとブレてないか?
何だか飄々として安定感の塊みたいだったヤーちゃんの、外側がハッキリしない。
輪郭が曖昧になってるというか……
「あの……ヤーちゃん? 大丈夫ですか?」
「そうだね……私はもう、何を優先すべきかわからない……」
「あ、ちょ……しっかりしてください!」
ふらついたヤーちゃんを支えようとすると、私の手が5cmくらい幻影の中に埋まった。
ヤーちゃんが消えてしまう!?
私は、この悪魔の心配をするより先に、火山パワーの吸収計画の心配をしたのだった。
我ながら酷い人間だ。
でも絶対消させたりなんかしないからね!




