3.『火山の巨人イオスパイデ』part 28.
「はぁーっはっはぁー! やあっぱ、おめーの家族やべーなぁー!」
フワフワちゃんが呼び出したイオスパイデさんは、連続同時多発噴火の件が、王妹殿下でもある女公爵のチュレア様と連動している可能性を聞くと、何やらツボにハマったらしく鷹揚に笑った。
複数の噴火口から流れ出る溶岩のせいでその体積が増えているのか、前回見たときよりもイオスパイデさんの巨体はさらにスケールアップしている。笑いながらゆっくりと振り上げた右腕を額に持っていき、ビシャアッとおでこに手を当てると、火山の巨人らしく体から粘度の高い溶岩が飛び散って私たちに降りかかる。
「…………」
私は、無言で体の周囲に張った結界にこびりついた溶岩の塊を眺めた。
一応、全員分の結界を張ってはいるものの、真っ赤な火の塊が落ちてくると思わず避けそうになる。
フワフワちゃんは、得意気に「ムー! ムーム、ムームームー!」と、いつになく長いセリフを喋っており、私としてはそのご歓談の邪魔をしたくないので、余計なツッコミは控えていた。
王子殿下のお言葉を聞いたイオスパイデさんは、一瞬、何を言われたかわからないというような顔でフリーズしたかと思うと、さらに爆笑する。
そのたびに、私たちはビシャビシャと溶岩の雨を浴びて、巨人が落ち着くのをただひたすら待つのだった。
一体どういう会談内容なのだろうか……?
フワフワちゃんのムームー語は、私以外のみんなはわかるらしいんだけど、誰一人として訳してくれないのでちっともわからない。
私、これでも王子殿下の教育係ってことになってるんだけど……なんで通訳つかないのかな?
まあ、そういった問題の放置もフワフワ王子殿下のご指示ってことらしく、今さらなので異議を唱えるつもりもないんだが。
「よぉーし! そんじゃあーいってみっかー?」
「ムー!」
どうやらご歓談は終わったらしい。
皆んなで一番手近にある火山の噴火口に行くと、私が作った結界のぐるぐるシステムで噴煙被害は抑えられているものの、どこからか不穏な地響きが絶えず聞こえていて、ちょっと耐久力が怪しく感じてしまう。
どっちみち一時的な応急措置なので、私のくるりん結界は時間稼ぎでしかない。
早く次の手を打たないと、広範囲に山体崩壊して、大地震とか大陥没とか、何かとてつもない大災害が起こるかもしれない。
ただでさえ地震大国出身の私としては、この異世界が大胆に破滅する可能性すらイメージしてしまって怖いのだ。
かろうじて噴煙がもたらす「冬」の到来は避けられそうだけど……
私がいた現実世界では、火山の噴火が歴史に与えてきた影響はものすごく、フランス革命にも絡んでいたりするらしい。
だから何でもありの異世界では、いったい何が起こってしまうのかわかったもんじゃない。
自然災害だけでもストレス半端ないってのに……私のワクワク異世界生活が不自由極まりない避難生活になるのだけは断固阻止したい!
そんなことを考えながら一連の流れを眺めていると、イオスパイデさんが両手の親指と人差し指で輪っかを作り、そこに大きな口を尖らせてフーッと息を吹き入れた。
すると、何だかマグマの中に穴が開き、それがどんどん地下深くに空間を広げていく。穴の中は、途中から赤だった壁が緑に変わって、普通の穴と違い、奥に行けば行くほど明るく煌めいている。
「あれがカンラン石の層だ。色合いは緑だが高温高圧の状態で、お前が落ちたら死ぬ」
「ひっ……わかりました」
あまりに綺麗なのでうっかり夢中で覗き込んでいると、青髪悪魔大先生が注意喚起をしてくれた。びっくりして横を見ると、ものすごく顔が近い。私に声をかけがてら、貴重な地下の状態を革表紙の分厚い本に細かく記録している。
1000℃ぐらいの熱になら私の結界だって耐えられる……はずなんだけど、ロンゲラップさんの説明によると、地下は圧力が半端ないので、私なんかは一瞬でクシャッとなってしまうらしい。なんせ炭素が圧縮されてダイヤモンドが出来上がるほどなのだ。
……クシャッとなるのは嫌なので、落ちないように注意しよう……
そういえば、現実世界には死んだペットの遺骨を人工ダイヤにするサービスがあったので、ここに落ちたらダイヤになれるかも?
なんて思っていると、青髪悪魔のロンゲラップ大先生が一言付け加えた。
「ちなみに下部の推定温度は5000℃以上だ」
「ひえっ……」
やっぱり私は絶対落ちないようにしなければ。
マーヤークさんは、こんな危ないところで、一体どんな生まれ方をしたのか?
ダイヤモンドのように、魔素がクシャッとなって悪魔を形成したんだろうか?
怖いとわかっていても、やっぱり赤いマグマの下に広がる緑のキラキラ層は、すごく綺麗で目が離せない。
「緑色のところは、そんなにドロッとしてるわけじゃないんですね……」
私がぼんやりしながら、思わず見たままの感想を言うと、青い髪の物知り博士が当たり前のように答えてくれる。
「超高圧状態だからな。どんな物でも固体化するのだ。地表面に押し出されてくれば、マグマと一緒に溶けて混じる」
「な、なるほど……すごいですね!」
よくわからないけど、何でもクシャッとなってしまうのだろう。お忙しいロンゲラップ博士を煩わせるのもアレなので、調子のいい学生のように元気よく答え、私は何とか話題を変える。
「マーヤークさん、頑張ってくださいね!」
「ええ……」
不安気な顔の美少年を励ますのは、やっぱり教育係の役目だよね!
最近自分の立ち位置を見失いかけていたので、私はここぞとばかりに教育者の雰囲気を醸し出してみた。
この悪魔体実験が成功したら、私の帰還魔法で皆んな王都に戻ってチュレア様にお薬をお渡しする予定だ。
「よぉーし、やってみろぉー!」
イオスパイデさんの間伸びした声が、何だか緊張感を削ぐ。
あんまり深刻味を出しすぎてもアレなので、このぐらいが丁度いいのかもしれない。
まあ、実験台になるのは火山生まれの悪魔だし、失敗しても大惨事にはならないだろう。
どっちかっていうと、この計画が失敗した場合に被害をこうむるのは私たちのほうである。
とくに、温泉街と火山の麓の町セルデーグルが復興できるのかは大問題になりそうだ。
なんだかんだ言って、火山の麓の町は、魔国民にとって何だか大切な御神体みたいな物が祀られてるっぽい重要地点らしく、よくわからないけど王族も無視できない要衝なんだとか。
そういえば以前、何かの試練で山登りとかしたし、フワフワちゃんも火山の巨人と密接な関係にあるようだ。
まったく……いったい何がどうなっているというのか。
何とかこっちの事態を丸く収めて、早くチュレア様の問題に対処したい。
「いいか、受け入れるんだぞ。反発せず、吸収するんだ」
しつこいくらいに同じアドバイスを繰り返すロンゲラップさんを横目に、緊張気味のマーヤーク少年は軽く地面を蹴って浮き上がり、イオスパイデさんの手の輪っかにゆっくりと飛び込んでいく。
黒髪の頭が消えてしばらくすると、息を呑んで見守る私たちの前に、困惑顔のマーヤークさんが頭を半分だけ覗かせて言った。
「申し訳ございません、ミドヴェルト様……私には吸収できないようです」




