3.『火山の巨人イオスパイデ』part 26.
「ええ、さっき王様にご連絡しまして、チュレア様がなんか大変なことになってるって聞きました……けど……」
私がありのままを報告すると、青髪悪魔のロンゲラップ大先生は、こっちの話を最後まで聞かずに分厚い革表紙の本を高速でめくりはじめた。
「あった! おい、マーヤーク2! お前、この範囲の調査結果はどうした!?」
「あー……それは確かこの辺に……これだよ!」
「貸せ!」
いつも冷静な青髪悪魔が、珍しく興奮しているのか、焦れたようにヤーちゃんの手から調査結果を奪い取った。
オタクな悪魔2柱がわちゃわちゃ盛り上がっているのを、蚊帳の外にされた私はただ眺めるしかない。
それにしても、ロンゲラップさん……ヤーちゃんのこと『マーヤークツー』って呼んでるんだ……
ヤーちゃんも普通に受け入れてて、なんだか変な感じ。
「あの女公爵、やはり伊達ではないのだな……」
立ったままお茶を飲んでいたベアトゥス様が、いつの間にか私の隣に来てボソッと呟いた。
私にはわかる……他人を戦闘力で判断しがちな勇者様は、チュレア女公爵様の本気を見たくてウズウズしているに違いない。
もしかしたら、チュレア様が暴れてるのって私が頼まれた薬を届けてないせいかもしれないし……やっぱり帰還魔法で今すぐ帰ったほうがいいのではないか……?
でも、オタク悪魔たちの方針を聞いてから動くべきだろうし……
ああもう……どう動くのが正解なんだよ……
私が焦る気持ちを抑えて様子を見守っていると、青い髪を苛立たしそうにガシガシ手で掻き上げながら、ロンゲラップさんが難しい顔をしている。
悪魔って、髪の毛伸びたり切ったりするのかな……?
よくわかんないけど、言われてみたら前よりちょっと髪伸びてるような……?
「よろしければ、髪留めをどうぞ」
私が何気なくヘアクリップを渡すと、青髪悪魔大先生が「ん……」とノールックで受け取って邪魔な髪を留める。
おっと……マジで何も考えてなかったけど、ファンシー過ぎたかな?
魔国にしては珍しく、シンプルで細めのリボンだけが付いてるヘアピンを出店で見つけたから、普段使いにしてたんだけど……いや、カワイイな。
あれ?
また新しい扉開いてる!?
私、グッジョブじゃない!?
冷静に考えたら、推しに自分のヘアクリップ献上しちゃったよ!!
いや、返してもらえるかも知んないけど、たぶん忘れられるはず。普段使いのやつだから、全然あげちゃえるし。
むしろ永遠に使ってて欲しい。
などと思って、私がグヘヘと鼻の下を伸ばしていると、軽く不機嫌になった勇者様が、手に持ったティーカップをそっと椅子に置いた。
「お前……悪魔に髪を手渡したのか? どう使われても文句は言えんぞ?」
「え……?」
ベアトゥス様の言葉に怒気までは含まれていない……と思う。
でも確実に非難されてる気がする……たぶん。
とは言ってもなぁ……ロンゲラップさんは私のかかりつけ医だし……生体サンプルなんかとっくに提供してるんだよね……
「ご心配なく! ロンゲラップ博士は、魔国民に危害を加えられない契約を交わしていらっしゃいますから!」
私、れっきとした魔国民ですから!
とばかりにドヤ顔で拳を突き出した私を、勇者様は胡乱な目で一瞥して、すぐそっぽを向いてしまった。
「そうかよ……あの女公爵も、そうだといいがな」
「へ?」
ベアトゥス様のいつものヤキモチかと思って、軽く流そうとしたけど、そういえばこの勇者様は弱点を見抜くスキルがあるとか何とか言っていた……
王様もフワフワちゃんも良い人キャラだから、なんとなくチュレア様も悪い方ではないと思っているけど、良い人だからって魔国民を傷つけないとは限らないのだ。
今すぐ帰るべき……?
いや待って、こっちだって大変なんだから、まずは火山をどうにかしないとでしょ!
目の前のことを確実に! そう決めたでしょ!
でも……とりあえず、今すぐできることをやっておいて、後悔しないように行動したい……!
「マーヤークさん、マーヤークさん、ちょっとお話できますか?」
これまで、私の声に答えてくれたことはなかったのに、今回は珍しく呼びかけに応じてペンダントから子供姿のマーヤークさんが出てきてくれた。
「お呼びでしょうか? ミドヴェルト様」
「あの……」
「おや、マーヤークじゃないか!!」
私が話をするより先に、マーヤークさんの片割れであるヤーちゃんが、資料を投げ出して駆け寄る。
「こんなに小さくなって! なんて弱々しく、庇護欲をそそる姿なんだ! 覚えているかな? 君は昔……」
「今の私は、あなたの庇護を求めていない」
「ああ……ああ、そうだろうとも。それは勿論だ。わかっているよ」
「では放っておいてもらえるだろうか。失礼しました、ミドヴェルト様。お話とは何でしょう?」
マーヤークさんたちの関係は、相変わらず微妙らしい。
どっちかっていうと、ヤーちゃんがすごく気を使っているように見える。
マーヤークさんは、ヤーちゃんと対峙すると、どうも反抗期のティーネージャーみたいになってしまうのかもしれない。
私は、せっかく2人が会話してるのに邪魔しちゃって悪いなぁ……と思いつつも、手早く用事を済ませることにした。
「あのですね、もしかしたらご存知かもしれませんけど、王城のほうでチュレア様が大事件を起こされているとのことで……」
そこまで聞くと、執事悪魔は口元に浮かべていた薄い笑みを一瞬だけ強めて、すぐまた元の穏やかな無表情に戻った。
余計なこと言っちゃったかな……?
でも、契約がある以上、マーヤークさんも動かないわけにはいかないだろう。
どうせ動くなら、みんなでサポートし合って動いたほうがいい。
この悪魔は優秀なほうだと思うけど、なんでも自分ひとりで抱え込んで、すぐボロボロになるんだから。
それに現実問題として、チュレア様を押さえ込むなら、今の子供状態では無理だよね……
「それで、一旦私のほうから……」
「ミドヴェルト様、今は……」
「おい、また余計なことをしようとしてないか? 俺は……」
「その件なんだが、ちょっといいか?」
私が生命力のことを言い出す前に、マーヤークさんとベアトゥス様が話を遮ってきたかと思うと、さらにその二人を押さえるように青髪悪魔のロンゲラップさんが割り込んできた。
「マーヤークの発生地域がこの辺りだというのは、君たちも聞いているだろう。この状態はまさに丁度良い。火山のパワーを取り込んでみないか? 今ならできるはずだ……まあ、計算上だが」
「え……!?」
もしかして、さっきヤーちゃんが話しかけてきたのは、こっちの話題に持ってきたかったってこと……?
後ろでキラキラした表情をしているマーヤークさんの片割れを見ていると、どうもそんな気がしてくる。
なんか変に話しかけてくるなぁと思ってたんだよね……まあ、ヤーちゃんは比較的フレンドリーな悪魔だけども。
「でもそれって、イオスパイデさんの魔力を吸い取るってことになっちゃうんじゃないですか……?」
「いや、厳密には違う。溶岩の流れが圧縮されて、爆発的なパワーを抱え込むことが、火山の噴火に繋がるのだ。だからそれを押さえ込むのではなく吸収することができれば、火山を噴火させず、同時にマーヤークも復活できる」
「はあ……なるほど……」
わかったようなわからないような顔のまま、私が眉を顰める様子を、青髪悪魔は見逃してくれない。
「マーヤークは火魔法が得意だからな。元より火に強い。溶岩の熱からも力は得られるだろうが、これはもっと圧倒的なパワーを充填できる計画だ。おい、さっきは魔力をぶつけて噴火を押さえていただろう? 今度は逆に取り込むイメージでやってみろ」
前半部分を私に説明するように早口で話していたロンゲラップさんは、後半、マーヤークさんに向けて革表紙の本を開いて見せながら言った。
なにやら細かい計算が書き込まれたページは、文字だけでなく図形がたくさん見える。
いつも淡々としている青髪悪魔大先生は、実験段階になると本当に元気になるよね……
丁寧でそっけない口調も、少しだけワイルドになってカッコいい。
「では、ここで力を蓄えて王城に行き、チュレア様を押さえれば良いということでしょうか?」
マーヤークさんが自分の仕事の段取りを確認しようと話をまとめると、ロンゲラップさんは訳のわからないことを言い出した。
「いや、だから押さえる必要はない。取り込めと言っている」
ん? チュレア様を?
理解が追いつかない私たちを前に、青髪悪魔は同じ説明を繰り返す。
「抗うな、反発するな。いいか、爆発的なパワーを取り込むんだ」




