3.『火山の巨人イオスパイデ』part 25.
ボボボボ……ボボボ……
空気の圧がひたすら耳を襲う。
「……そろそろいいですかねー?」
「あー! いーぞぉー! 頼んだー!」
結局、火山噴火に対して最低限の対処をすることにした私は、噴煙くるりん作戦をイオスパイデさんの指示の元、粛々と継続中だった。
これが終わったら、王城に帰ろう。
落ち着いて、順番に、ひとつずつ片付けるしかないもんね。
ただ……今まで女公爵チュレア様の大爆発を抑え込んでいたのは、執事悪魔のマーヤークさんだと聞いている。
それって……さっきまで火山の爆発エネルギーを押さえ込んで、魔力を使い果たしてすっかり子ども状態になってしまい、現在私のネックレスの中に入っているマーヤークさんで……合ってますよね?
ということは今、王城はヤバい状態なのではないか?
マーヤークさんの親代わりともいえる、伝説の悪魔キシュテムさんがいるから大丈夫……なのか?
だとしたら、なんで王城の文官さんたちが総出でどっかに行っちゃってるの……?
王様が少数の護衛と共に会議室に籠城って……終戦間近の某国じゃないんだから……
って、全然作業に集中できない!!
目の前の課題にキチンと向き合え!
ほかのことは今は忘れろ!
「角度のほう、どうでしょうかー?」
「おー! 問題ないー! このままだー!」
火山の巨人イオスパイデさんは、溶岩の中から半分だけ顔を出し、真っ赤な手をクイクイと振って見せる。
よっしゃ……いけぁ!
私は、両手を思いっきりぶん回して、筒状にした結界を噴火口に突っ込んだ。
ちょっと計算が難しいんだけど、結界の師匠であるマーヤークさんに教わったとおり、噴煙を円柱状の結界で囲んでから、一方の壁を突き抜けて吹き出し口を火口に差し込む。
その際、吹き出し口が結界の壁で塞がれないようにするのがコツだ。
いろいろ試してみたけど、結界の先っちょを閉じて完全にとんがらせ、壁に穴を開けてから、火口の中で吹き出し口を再度開く方法がベストみたい。
でもチンタラしていると、行き場をなくした噴煙が膨張して結界が破断するので、位置を決めたら素早く作業しなければならない。
魔法と言っても、結局は計算……すべてにおいて細かい計算が必要で、詳しくなってくると科学とたいして変わらない気がする。
現実世界の科学技術だって、詳しい人の専門的な作業見てると、素人目にはもう魔法みたいだもんね……
慣れると、意識しないで計算できるようになるけど、魔法を教わりたての頃は本当に頭が沸騰しそうになった。
今でもマーヤークさんがちょっと苦手なのは、あの顔を見ると、つらかった計算の記憶が同時にフラッシュバックするからかもしれない。
チョコ魔法とかは感覚的に使えるけど、火魔法だの風魔法だの結界魔法だの、すでに理論が確立されてる魔法は本当に計算がムズい。
我流でもポスっとしたショボい魔法は出せるけど、ちゃんとした大規模な魔法は正規の手順を踏まないと発動しないのだ。
だから、すごい大規模な攻撃魔法を操ることができるチュレア様は、ものすごい綿密な計算が、とんでもなく速くできるってことだよね……
考えてみれば、たくさんのグッドルッキングガイたちをはべらせて、皆んなの名前とかお家の事情とかを全部覚えていらっしゃるし、私なんかにも細やかなお気遣いをしてくださるし、王城の内政を壁紙まで把握されていらっしゃるのだから、相当頭脳明晰なんだろう。
『魔国の統率者たるロワ』ってのがあの王様だとすると、チュレア様はさしずめ『王城の統率者』か……?
そんなことを考えていた私は、またまた集中ができていなかったらしい。
「おーい! もういいぞー? 結界はもういらないぞー!」
全然関係ないところに結界を張ろうとしていた私は、慌ててイオスパイデさんに合図した。
噴出物を火口に戻す結界を施した火山からは、轟々と不気味な地響きが続いている。
イオスパイデさんの様子を見ると、そこまで切迫した感じではなさそうだけど、まだまだ油断できない。でも信用ないからって疑ってかかるのも失礼だしな……このオジサンは基本的にのんびり穏やかな雰囲気だけど、そういうキャラに限って激怒するとヤバいのだ。
「わかりましたー!」
「ムー! ムー!」
私が返答すると同時に、頭の上のフワフワちゃんが、何やらイオスパイデさんに声をかける。
「なるほどなー! わかったー、そうしてみるわー!」
とぷん……!
粘度の高い溶岩をほぼ揺らさずに、火山の巨人イオスパイデさんは真っ赤な噴火口に沈んでいった。
「え……? フワフワちゃん、何? どうしたの?」
「ムー! ム、ムー!!」
王子殿下に誘導されるままにスマホ魔法の画面を見ると、新しいメモが表示されている。
『一旦戻ってこい』
なんだろ……
迷う暇もなく、同じ画面を見たっぽいベアトゥス様が声をかけてきた。
「おい、何やら呼ばれているようだぞ」
「そうですね……ラハールちゃん、いいかな?」
「いいよー! 乗って!」
素早く透明な羽を広げるラハールちゃんに乗り込むと、私たちは山の天辺から滑空した。
うぅ……この、一旦フワッと無重力になるのがじんわりと怖い……
思わず体を強張らせると、勇者様がガシッと肩に手を回して、頭にキスしてくれる。
嬉しいけど、ラハールちゃんが振り向いたらどうしようと、私は思わず拒否ってしまった。
「ちょ、やめ……まだ仕事は終わってませんよ……!」
「落ち着け。お前はよく頑張った。今は大人しく俺に抱かれていろ……」
「だぁっ……! もう……今だけですよ?」
ふふっ……と、ラハールちゃんのほうから、おかしそうに笑うような声が聞こえた気がした。
どっちみち、高所恐怖症としては、ベアトゥス様の筋肉シートベルトが命綱だもんね……
不本意ながらもすっかり安心してしまった私は、ふぅとひと息ついて、どデカい大胸筋に体を預ける。
はぁ〜……もうお家に帰ってゆっくりしたい……
お茶……いや、酒精入りミルクを飲んで、フワフワの蜂蜜シフォン食べて……
そんで首まで毛布にくるまって、暖炉にあたって……いや、暖炉は今はいっか。
遠ざかる奇妙なカタツムリ状の結界と、直線的に張り巡らした結界のルートどおりに流れ出る赤黒い溶岩を見ながら、私は軽く現実逃避をしていた。
◇◆◇・・・◇◆◇・・・◇◆◇
「戻ったか」
だいぶ苦労してヤーちゃんの地下研究所に戻った私たちに対し、青髪悪魔大先生は安定の塩対応をしてくれる……ありがとうございます!!
マーヤークさんそっくりの顔をしたヤーちゃんは、ゴミのようにめちゃくちゃに積み上がった資料の山から、埃まみれになった頭を出して言った。
「あ! ミドヴェルト、おかえり。そこの椅子にお茶の用意があるから、みんなで飲んで! それでロンゲラップ、この調査によるとだね……」
ヤーちゃんは、そっけないようでいて面倒見がいい。
でもテーブルはすでに本と資料と謎の石で埋め尽くされていて、残るは椅子のみだったらしい……
私は椅子に置かれたお茶のセットを使って、人数分のお茶を配る。
「はい、どうぞ」
「おう、すまんな」
「フワフワちゃんのはここに置くね。熱いから気をつけて」
「ムー!」
「お茶、ここに置いておきますね」
「……ああ」
「はい、ヤーちゃんも」
「ありがとう」
本物のマーヤークさんとも、軽薄なキシュテムさんとも違う、ナチュラルなヤーちゃんの反応は新鮮だ。
どっちかというと冷めてるんだけど……西洋的ではないというか、日本人の私には馴染みある距離感で接してくれるのでありがたい。
お茶を飲みながら、お互いに細かい部分の情報交換をしていると、チュレア様の話にロンゲラップさんが食いついた。
「おい待て、あの王妹殿下が暴れている……だと?」




