3.『火山の巨人イオスパイデ』part 21.
「ああ、あの薬を取りに来たのか。できているが今すぐ必要か?」
診察がてらの雑談で、すっかりかかりつけ医となっている青髪先生に、私はやっとここに来た目的を伝えることができた。
もっとサクッとお使いを済ませてスピーディに帰還する予定だったのに、変に具合が悪くなったせいで段取りがメチャクチャだよ……
「今すぐってワケじゃなくて良いんですけど……って、マルパッセさんにアトリエの中探してもらったんですけど、薬は無かったみたいですよ? できてるって……やっぱり持ち歩いてるってことなんですか?」
私があまりにも寝ぼけた質問をしてしまったせいか、ロンゲラップさんは何かを書き付けていた手を止めて、分厚い革表紙の本を閉じた。
「お前の知識は、本当に片寄っているようだな。特殊能力を身につけているかと思えば、基本的なことを把握していないとは」
「き、基本……すみません……」
急に根本的なダメ出しを喰らい、ベッドの上で気弱になっていた私は、すっかり打ちのめされてしまった。
これはアレだ……飲み会でやらかしたとき、病院のベッドまで付き添ってくれた友達に泣いて謝ったあの感じだ……
失敗だとかミスだとか、それ以前に、人間としてダメダメな現実を突きつけられたみたいになって、自分にガッカリしちゃったんだよね……
かろうじて涙を我慢しながら私がしゅんとしていると、青髪悪魔大先生は、分厚い本と同じような革製のウエストポーチから、うっすら黄緑に光る小瓶を取り出した。
「気にするな、君を責めるつもりはないが、力を持つ者としてそれ相応の知識をつける必要はあるだろうな。当たり前のように騙されては困るし、認識に差異があると、こちらがサポートしきれない可能性がある」
「は、はい……」
「インベントリ管理を覚えれば、もう少しマシな行動ができるようになる。物質の実体化と概念化については理解できるか?」
「えっと……?」
「ふむ……人間のイメージで説明するとだな……形而上と形而下に分類されているようだ。『形而上学』という本があるから、それを読めばいいだろう」
「は、はあ……」
なんか、急に大学レベルの話がはじまったようだ……
私はボンヤリした頭を抱えながら、推しのイケメンな顔を頑張って眺めていた。
イイ顔が、動いてる……
形而上学って……響きは聞いたことあるよ……でも習ったことない……おいしいの……?
私は化学Bのテストを開始5分で寝落ちしたこともあるのだ!
舐めないでほしい。
そんな私の脳内を見透かしたかのように、ロンゲラップさんは眉を顰める。
「たとえば、マーヤークを思い浮かべてみろ。あいつは、君のそのペンダントをくぐり抜けるとき概念……つまり形而上的な存在になっている。だが、そのままでは業務に支障があるので、普段は実体化……つまり形而下の状態になっているのだ」
「な、なるほど……! なんとなくわかったような……?」
「わからないか?」
「えーと……すみません……」
「君は魂を実体化できる。つまり形而下の存在に変化させられるのだ。魂というものは、基本的に形而上の存在として概念的にとらえられている……ここまではわかるか?」
「な、なんとか……」
「それを、すべてのものに対してやってみろ」
「やっ……てみろ……?」
「駄目か。ならば、そうだな……君の得意な……そう、『チョコ魔法』を発動してみてくれ」
「あ、はい!」
なんだろ? チョコ食べたいのかな?
私は、何も考えず手癖で花びらチョコをちょっと出す。
「よし、これは物質として、しっかり実体化しているだろう?」
「え? あ、はあ……」
食べないのか……?
私はなんのためにチョコを出したのか、少し残念に思って、手のひらの花びらチョコを眺めた。
「ではこのチョコを、今度は概念化してみたまえ」
「へ?」
ガイネンカ……?
どうやって??
私がチョコを手にフリーズしていると、見かねたロンゲラップさんが、「失敬」とひとつ摘んで目の前にかざす。
青髪悪魔に摘まれたチョコは、フワッと消えて、チラチラと光の粒を残した。
「うわ! ロンゲラップさんて、指からも食べられるんですか!?」
「食べてない」
「え?」
「食べてはいない。インベントリに収納した」
「ん?」
それって、もしかしてゲームとかでアイテムを収納するアレか……?
イメージはわかるけど……だからといって、どうすればイイかはワカラナイヨ……
「そのぅ……それは、魔国の皆さん結構フツーに使われてる魔法なのでしょうか……?」
「そうだな、上位の魔族は使用可能だと思うが」
「そうなんですね……精進いたしますです……」
なんかイイお話を聞けたような気がするけども、上位の魔族サマと一緒にされてもね……
いや、期待されてるのだとイイ意味に解釈しよう……はぁ……
しかし、インベントリ管理か。
確かに、できるようになったら便利かもね。
王都に帰ったら、本屋さんで形而上学の本探してみよ……
私がすっかり疲れ果てて寝直したい気分になっていると、向こうの暗がりからベアトゥス様とヤーちゃんが並んで歩いてきた。
よくわからんけど、マーヤークさんモドキのヤーちゃんはボロボロだ。
そういえば、青髪悪魔のロンゲラップさんが診察をはじめてから、2人でどっかに消えてたね。私の側では暇だったのか、ラハールちゃんも途中でどっか行っちゃうし。
筋肉勇者のスッキリした笑顔を見るに、なんかやったな……コレ。
その後ろから、ててて……と小走りで付いてきたラハールちゃんが、興奮気味に説明してくれた。
「あのね! スゴいんだよ! ドカーンてなってね、ババババーッてなってね、ブワーッてなったの!!」
ラハールちゃんは、語彙が少なくてカワイイなぁ……
でも、だいたいの状況は伝わってくるから不思議。
この勇者様の物理攻撃は、なぜか概念とされている悪魔や精霊にも有効なんだけど……
もしかしたら、さっきのロンゲラップさんのお話で説明可能になるかもしれない。
推測だけど、攻撃を当てる瞬間に、相手を強制的に実体化させてる?
どうやるのかは、まったく想像できませんけど……
もっと勉強しなくちゃね……
仕組みもわからず使ってる私の帰還魔法も、さっきの有難いお話でより理解が深まるんじゃないかな?
「あ、そうだ! 帰還魔法で思い出した! 目当てのお薬もらったから、みんな帰るよ!」
寝直してる場合じゃなかった!
私には、チュレア女公爵様のお役に立たなければいけない、という大事な使命があったのだ。
「もう帰るのかね? 久しぶりに、我が片割れ殿の話を聞かせてもらおうと思っていたのだが」
「久しぶりってほど時間経ってないじゃないですか!」
思わずツッコミを入れてしまったが、マーヤークさんモドキのヤーちゃんは、冗談でも嫌味でもなく素で話を聞きたがっているようだった。
相変わらず、よくわからない悪魔だ……
なんて思っていたせいで、私は逃げ遅れたのかもしれない。
「おや? 話をすれば、また客が来たようだな?」
ヤーちゃんが、テーブルに置かれた水晶玉のようなものに視線を向けながら、にこやかに言った。
アレって、現実世界でいうところの「カメラ付きインターホン」みたいなやつなのか?
私が呑気にそんなことを考えていると、聞き慣れた声が流れてきた。
「ム、ムー! ム、ムー!!」
え、フワフワちゃん!?
この声は、嫌なときの警戒音だ!
なんか問題発生か!?




