1.『それぞれの帰還』part 5.
「ベアトゥス様! こっちこっち! 美味しそうなパンがあります!」
屋台のそこかしこからいい香りが漂ってくる。私は、なんか良さそうなサンドイッチを見つけて、勇者様を呼んだ。
「お、懐かしいな! これはファパスと言って仕事中にすぐ食えるから、朝飯によく食ってた」
「へぇ、ファストフードってやつですかね? 食べていいですか?」
「かまわんが……金あるか? 俺は魔国の銀貨しか持ってないぞ?」
その件なんですけど……と、私は恐る恐る結構な大金の詰まった袋を、革製のウエストバッグから取り出す。
「あ、なんかベリル様が、どさくさ紛れにご祝儀をくださいまして……」
「……マジかよ。何となくアイツの金で飲み食いしたくないんだが」
やっぱりね。でもこのお金は商店街の金券みたいなものなのだ。この過去のメガラニカでしか使えないんだし、せっかく来たんだから観光地にお金は落として行ったほうがいいんじゃないかな? ……なんて、自分に都合のいいことを思ってみる。
「まあまあ、『新婚のプレゼント』なんですし、有り難く使い切りましょう!」
「そうだな……取っといてもしょうがないか……」
ベアトゥス様がそう言うのを聞いて、私はふと現実世界で海外旅行に行ったときのことを思い出す。
日本じゃ使えないのに、なんとなく換金もせず思い出として取っといちゃうよね、外国のコインとかお札。
もしかしたら、ベアトゥス様もメガラニカのお金を取っときたいとか思ってるかな……?
私は、精霊女王ベリル様にいただいたメガラニカ銀貨をひとつ、勇者様の服のポケットに押し込んだ。
「なんだ?」
「思い出に、これだけ取っときましょう!」
「こんなもん、魔国じゃ使えねえだろ?」
「でもほら、コイントスとかで使えますし!」
「そうか……」
ベアトゥス様は、少し嬉しそうにポッケのコインを服の上から撫でる。
よしよし、ベアちゃん、素直が一番だよ!
「すいませーん! このファパスってやつ、2個くださーい」
「あいよ!」
屋台の店主さんに声をかけると、あっという間に熱々のファパスが出てきて、勇者様と二人で食べ歩きする。
「しかし、不思議なもんだな……」
「え? どうしました?」
「お前は、一体どこでメガラニカの言葉を覚えたのだ?」
「あー、言われてみれば……なんかはじめから喋れちゃってましたね」
「ふむ、それがお前のスキルなのかもしれんな」
勇者様は、私が異世界人なのを知っているので話が早い。
私は最初に魔国で魔法を覚えたので、あんまりスキルって感覚はないんだけど、ベアトゥス様は私が人間であるからには必ずスキルがあるもんだと思い込んでいるのだ。
だから、何かにつけて「それがお前のスキルなのか」とツッコミを入れてくる。
けど、正直私にはわからない。よくあるゲームのステータス画面みたいなものも出ないし、世界の声みたいなのも聞こえないし……
言葉がわかるのは、異世界チートの一種かと思って、何も疑問に思わなかったよ。
でも、現実世界でも自分の才能なんてわかんないまま生きてるよね……
資格試験とか受ければ、レベルとかちょっとわかるけど……
スキルなんて絶対自覚しなきゃいけないモンでもないだろう。
でも、戦いの中に身を置いている勇者様によると、自分の能力をいかに正確に把握するかが勝負の分かれ目になるらしい。
まあ、アスリートの世界はそうかも知んないけどさ……と、私は一般人の立場で考えてみる。
ちょっと違うけど、アレかな? 引っ越したときに、近所の病院とかスーパーがどこにあるか初めに確認しておく的なこと? そういうことなら、何となくわかる。生きるために必要だよね。
「あ、あの大きな建物は何でしょう?」
しばらく街ブラをすると、少し大きめの広場に、塔が二つ並んだような大きな建物が見えてきた。ほかの建物とは違って、とんがり屋根が無く、ギリシア・ローマって雰囲気の大きな柱に囲まれている。
「あれは、図書館だな」
「へぇ〜! すごい立派ですねぇ」
「行ってみるか?」
「え、入れるんですか!?」
神国メガラニカの図書館、超気になる!!
大きな階段を登って、入り口に着くと、手の甲に何やら文字を書かれる。
「これで中に入れる」
「これって何て読むんですか?」
「さあな、俺にもわからん」
ちょっとうるさくしてしまったのか、係員さんが黙って人差し指を口に当てる。
「ほら、行くぞ」
「あ、すみません……」
まさか、この私が図書館で怒られるとは……
子供の頃は、むしろ図書館に入り浸ってて、うるさい利用者を睨みつけていたりしたってのに。
勇者様に手を引かれて、私は天井の高い図書館の大広間へと進む。分厚い絨毯が敷かれているので、足音はしない。さすが消音設計。
「どうする? 自由行動で時間待ち合わせにするか?」
ベアトゥス様が、私に気を使ったのか、いつも私が買い物のときなんかに提案しているセリフを先に言う。
一応、新婚旅行だけど、図書館で一緒に行動してもねぇ……
「わかりました、じゃあ……1時間後に階段のところで」
「おう、忘れるなよ」
忘れませんよ……と思いながらも、本に集中すると1時間なんてあっという間に過ぎるよなぁ……と軽く不安になる。
とりま、勇者様のご機嫌を損ねないように遅刻はしないようにしよう。
スマホ魔法を発動して、タイマーをセットする。図書館だからマナーモードにしなくちゃね。
よっしゃ! 面白い本探すぞ!!
「えーと……1階は実用書で、2階が文芸書って感じか……じゃ、1階をサラッと見てから2階を攻める?」
本棚に書いてあるプレートを参考にしながら、私はぐるぐると図書館を歩き回った。
時折、遠くのほうに勇者様が見えて、ちょっと面白い。
また恋愛指南書とか見てるのかなぁ?
いやいや、私だって本読みたいんだってば! 1時間しかないんだから、さっさと2階行こっと!
危うく勇者観察に時間を奪われそうになって、私は邪念を振り払いながら階段を登る。
2階の本棚は、部屋いっぱいに並んでいて、どこから手をつけるべきか迷ってしまう。でも、メガラニカならではの物語が知りたいなぁと思って、古代の戯曲を探しながら奥のほうに進んでみた。
「メガラニカの歴史とか、言い伝えとか知りたいなぁ……ん?」
サラッと本のタイトルを見ながら歩いていると、大きな本を抱えた男の子が、窓際の長椅子に座って読書していた。
私の目に留まったのは、その子が見慣れた赤髪を後ろでひとつに結っていたからかもしれない。
勉強熱心なのかな……
そんなふうに微笑ましく思いながら本棚の間を歩いていると、私の後ろから声がする。
「ねえ、ご本読んで」
え? 私?
振り向くと、さっきの赤髪の男の子が、本を抱えてこっちを見ている。
思わず辺りを見回してみるけど、親御さんみたいな大人は見当たらない。
っていうか、2階のこの場所に、その子と私以外にほかの利用者は居ないようだった。
一応、教育係の職を任されている身としては、お子さんのやる気を後押ししないわけにはいかないだろう。私は自分の本を探すのを諦めて、その男の子の児童書を読んであげることにした。
「読めない字があったのかな?」
「字は読める」
「そ、そうなんだ……」
え、じゃあなぜ私に読ませるの……?
もしかして、この子……放置子ってやつか?
いやでも、まあまあ貴族っぽい服着てるよ?
謎なんですけど……大丈夫かな、この子の相手して……誘拐犯とかに間違えられるのだけは御免被りたいのですが……
一抹の不安を感じながら、私はその子に手を引かれて窓際の長椅子に座ったのだった。