3.『火山の巨人イオスパイデ』part 17.
アトリエから出て、私は大きく深呼吸をした。
植物特有の草いきれが重い湿気と一緒に体に入ってくるのがわかる。
「はぁ……簡単な用事だと思ったのになぁ……」
現実世界でも怪しい人間に対しては警戒していたつもりだけど、まあまあ安全な社会で過ごしていたので、そこまでヤバい目に遭ったことはなかった。
異世界に来て、悪魔との付き合いも慣れたものだったはずなのに、なんだか足元を掬われたような気分。
調子に乗っちゃいけないってことだね……気をつけよう。
部屋に戻れば、さらに面倒な話し合いが待っている。
ラハールちゃんが勇者様に気後れするようなことはないと思うけど、ベアちゃんのほうが勝手に重い空気を垂れ流して暗くなってる可能性はあるだろう……早く帰ってあげなければ。
あの筋肉勇者は見た目に反して繊細なのである。
ご実家にいらっしゃったヴァルガバドお祖父様に憧れて、何だかワイルドな男を演じているけど、ベアトゥス様自身はたぶんウルジェイお父様寄りの気質なのだろう。
肖像画でしか見たことない義父だけど、細身でメガネで本を抱えているとくれば、研究者に向いた性格なのは一目瞭然だ。
ベアトゥス様も、料理にハマってからはいろいろ調べ物に熱を入れているらしく、私の仕事に合わせて図書室デートにも付き合ってくれるようになったし、さりげなく贈ったオーダーメイドの銀製メガネもたまに掛けてくれるようになった。
メガネ男子好きとしては、大興奮の展開である。
でも下手にイジると、意地っ張りで照れ屋な夫が二度とメガネを掛けてくれなくなりそうなので、「あ、嬉しー! 私が贈った道具、ちゃんと使ってくれているのですね、お似合いです♡」ぐらいの反応に留めておいた。
ホントは「ぎゃあああぁぁああぁぁ!! カッコ良すぎて死ぬぅううぅぅうわぁああぁぁ!!」ってくらい、脳内では大騒ぎだったけど。
もしかしたら、筋肉とメガネはミスマッチかも……?
なんて心配してたけど、そんなことはなかったぜ……!
メガネを掛けたベアトゥス様が、ちょっと小首を傾げて本に集中している姿なんて、震えるくらいにカッコいいんだからね!!
久々に指輪以外の注文が来たとか言いながら喜んで制作に従事してくれた金工師のおじちゃんは、以前からレベルの高い仕事をこなしていたけれど、さらに超絶技巧を発揮して私の希望に応えてくれた。
ありがとう、おじちゃん!! そんでもって、指輪ばっか作らせてごめん!
魔国でペアリングを流行らせた当初は、結婚指輪があったらいいねーぐらいの軽い気持ちだったんだけど、お客様のご要望に合わせていろんな価格帯の指輪を企画しているうちに、なんだか用途別にアイデアが広がってしまった。
今では、お子様へのお誕生日リングや、学生の卒業記念リング、冒険者パーティーのお仲間リング、騎士団の叙勲リングなど、幅広く制作するようになっている。
とくに、学生用や騎士団用のリングは大口発注で、個人向けのリングしか作ってなかった頃とは作業規模がちがう。
そんなわけで、金工師のおじちゃんのお店は、いまやちょっとした工場なみに大きな建物になっていた。
元々、王城の外れで土地が余っている場所だったので、どんどん増築に増築を重ねて某動く城みたいになっている。
火を扱う工房のためか、ところどころから白い煙が立ち上っていて、そのうち本当に動き出すかもしれない。
そんなことを考えながら、王城の石階段を少し早足で駆け上がっていくと、帰り支度をして降りてくるスピロさん達にバッタリ出会った。
「あ、今からお帰りですか?」
「ええ、報告書も無事に提出できましたし、アジュガ族の彼も下げ渡していただくことができまして」
元彼は、チート能力のせいで要注意人物になってしまったらしく、投獄の憂き目にあうギリギリの判断だったらしい。
たくさんの文官さんや技官さんに囲まれ、今の今まで徹夜で審問会が開かれていたのだとか。
弱小植物系魔物であることが、無罪放免に一役買ったらしい。
頭の葉っぱがしおれかかっている元彼は、すでにメガラニカ公とライオン公爵様に長々と説教されて心を折られているというのに、またさらに魔国のお偉方にも詰問されたのか?
「彼の能力は、火山地帯を緑化するのに重宝されるでしょう。周囲の空気を浄化できることが判明したんですよ」
「え、すごいじゃん!」
「ただ、魔を祓う神聖魔法のような効果もありまして……しばらくは植物研究所に通ってもらいながら、精密検査が必要になるでしょう」
「またアレやんのかよ……」
ジョシュさんに付き添われた元彼は、ウンザリしたような顔でボヤく。
実験結果によると、元彼は二酸化炭素とか硫化ガスとかを吸収できるらしいので、ほかのガスも順次試すのだとか。
そんでもって、元彼には、精神体から一族を守る能力があるっぽい?
そこもじっくり研究するとか言っていた。
魔を祓うって部分が、魔国的には問題アリなんだろうけど……能力の範囲が判明すれば対策ができるので、自由になれるはずだ。
勇者様だって、最初は封印も視野に入れられていたらしい。
でも心のコアで、ある程度パワーを抑えられるということになって、今では自由に王都も歩けている。
魔国をどうこうしようってんじゃなければ、アジュガ族の存続は認められるだろう……たぶん。
それが、圧倒的弱肉強食の世界で成立する魔国の論理だ。
権力はあっても所詮人間、平等に死が訪れる……みたいな現実の社会と違って、この異世界における魔国の上下関係は、防御力や攻撃力に明確な差があって下剋上が難しい。
強い個体は寿命も長く、弱いものは数日で消滅する種族もいる。
ある意味わかりやすい世界なので、選択肢が多くない分、覚悟も決まりやすいのだ。
まあでも、人間の感覚があると、努力とかしちゃうかもしんないね。
元彼には、もう変なセミナーなんかに引っかかんないで、真っ当な人生を歩んでほしいものだ……
なんて思いながら、私は帰宅組を見送った。
「はぁ……家族会議かぁ……」
少し重くなった足で階段を上がる。
ベアトゥス様は怒ってるのかもしれない。
流れで仕方がなかったとはいえ、相談もなしに新婚夫婦の家に子供を預かってしまうなんて……
新婚旅行で過去のメガラニカに行ったときの二の舞だ。
あのときは、たまたまあの男の子が子供時代の勇者様ご本人だったから良かったけど……良かったのか?
でも今回は、さすがに縁もゆかりもない虫の魂だし、言い訳のしようもない。
◇◆◇・・・◇◆◇・・・◇◆◇
「すみません、お待たせしました!」
覚悟を決めて自室の扉を開けると、なぜか妖精巫女の分身体である小さなアイテールちゃんが、どデカい筋肉勇者ベアトゥス様の頭を引っ叩いているところだった。
「え、な、大丈夫ですか……?」
「なんだ、もうかえったのか、では、てはずどおりにな」
「……おう」
勇者様は、意外にも大人しくされるがままになっている。
アイテールちゃんは、ヒラヒラと飛んでくると私の肩に止まって腕組みをした。
「われはここでみておる。らはーるは、あそびつかれてねむった。ぞんぶんに、はなしあうがよい」
「み、見てるんですか……?」
「だいいちらうんどは、はなしあいじゃ。だいにらうんどは、ふたりですきにするがよい」
「はあ……どうも」
「ほれ、ゆうしゃどの。まずはなんというのか?」
「……疲れただろう、ここに座れ」
「はい……」
何だかよくわからないうちに、MCのアイテールちゃんが場を回していく。
私は、勇者様に手を取られ、ソファに並んで座った。




