3.『火山の巨人イオスパイデ』part 15.
「なんだと!? ヒュパティアが身籠った!?」
「ええ、妊娠3ヶ月だそうです。言われてみれば、なんだかゆったりしたドレスを着てたなぁ〜と……」
王都の家に帰って、さっそく女子会での出来事をベアトゥス様に伝えると、勇者様は大喜びで話に食いついてきた。
ラハールちゃんは、すっかり遊び疲れてソファで眠っている。
そんなに心配してなかったけど、子守りは上手くできたみたいね……
「慶事ではないか! それで、男か、女か!?」
「それはまだわかりませんよぉ……え? この世界って、そういうの魔法とかでわかるんですか?」
「いや、まあ……以前メガラニカには、そういったスキルを持った医者もいたが……今はおらんな」
こういうの、属人化っていうんだっけ……?
量子もつれの狭間に消えていった神国メガラニカは、魔国の技官さんが何やら魔法を駆使して定点観測してるらしいけど、あれからあのツンドラ地帯に現れたという報告はない。
過去のメガラニカは凄く栄えてて、建物のデザインも複雑でファンタジックで、街路樹のリンゴも食べ放題で、泉の水も飲み放題で、子供がひとりで広場に出ても安全な街だったみたいだけど……
街づくりに適したスキルを持った人が居なくなって、神国メガラニカは凋落してしまったらしい。
私がリアタイで見たときは、砂レンガの豆腐建築みたいな、シンプルで四角い建物しかなかった。
まあ、王城(?)の中は、今のメガラニカ公の持つスキルでIT化されてたけど……
「とにかく、妊婦さんはいろいろとメンタル的に不安になりやすいんですから、余計なストレスを与えないように注意してくださいね!」
「お、おう……わかった」
今日のヒュパティアさんの様子や、ラハールちゃんが何をしてたかなど、ひとしきり情報交換が終わると、勇者様は軽く咳払いをして真剣な顔をする。
「ところで……お前はどうなのだ、ミドヴェルト?」
「え……どうって?」
「た、体調がすぐれないとか、何か変わったことはないか?」
「あ、私も妊娠してるんじゃないかってことですか? いやぁ〜今んとこなんにも……」
「そうか……」
あれ? ベアちゃんテンション下がった……?
結婚してから結構ラブラブな新婚生活してたけど、確かにそろそろ出来ててもおかしくない……のか?
結婚当初は私もちょっと気負ってたけど、最近は毎週のルーティンに慣れ切ってしまって、今のままでも全然いいかなぁ……なんて思ってしまっていた。
でも、公爵夫人のお話とか聞いてたら、やっぱベアトゥス様も後継が欲しいんだろうな……
そういや、子供ができたら、またベリル様に魔道具インペルフェットをお借りして、過去のお祖父様に顔見せに行きたいとか言ってた気がする。
不妊の不安……できてもできなくても、どっちみち不安なのだ。
「私は異世界から渡ってるし、ベアトゥス様は量子もつれの世界にいたし、場合によっては授からないかもしれませんね……あ、でもヒュパティアさんもメガラニカ公も問題ないみたいだし、どっちかっていうと私かな? 問題がありそうなのは」
「な、何を言う!? 気にする必要はない!!」
「そ、そうですか……?」
「ヒュパティアが子を生せば、我が一族の系譜は繋がれる! 俺は子など必要ない!!」
「え……」
必要……とか、そういう問題……?
少し引っかかるものを感じて、私は目の前の筋肉勇者を凝視した。
「なんだ……?」
「いえ、別に……」
気を使って言ってくれてるんだろうけど……なんか私自体が必要ないみたいでモヤモヤするっていうか……
うーん……このまま話し合いを続けると、なんか良くない方向に行きそうで嫌だなぁ……
「とりあえず、今日はもう疲れたので寝ましょう。私はお先に失礼しますね」
「待て、何を気にしている? わかるように話せ」
「なにって……別に……」
「俺が嫌いになったか?」
「は? いや、何ですぐそういう話になるんですか? 子供もいらないなんて嘘ばっかりつくし」
「嘘ではない! 俺は子供など、どうでもいい!」
「どっ……どうでもいいってなんですか!? 私たち……そんな、どうでもいいことのために結婚したんですか!?」
「な、何を言う!? そんなことは言ってないぞ!?」
「言ってますよ! もういいです、寝ます!!」
「あ、待て! おい!!」
私は泣きそうになりながら、すやすや寝ているラハールちゃんを抱き上げる。
大きな声で言い合いしちゃったけど、ラハールちゃんが起きなくてよかった。
何でいつもこうなんだろう……?
喧嘩する流れだったか? 今の会話……
よくわかんないけど、とにかくこの場から離れないと……
まずは頭を冷やして……
頭の中でぐるぐる考えていると、急に後ろから強い力で二の腕をつかまれて、ラハールちゃんを取り落としそうになった。
「ひっ……!!」
慌てて眠っている少女の頭を支え直す。
危なかった。
もうダメ。これがすべて。
私がラハールちゃんを抱き上げたの見てたくせに、なに危ないことして来てんの!?
自分の主張がそんなに最優先なの?
疲れていたのもあって、年上の余裕なんて、もう1ミリもなかった。
「今の行動は、大人としてどうなんですか……?」
「す、すまん、つい……」
「これから親になろうって人が、興奮してつい? もう少しでラハールちゃんを落とすところでしたよ?」
「あ、いや……そんなつもりではなかったのだ!」
「つもりとか、つもりじゃないとか、関係ありません……危険行為だったんですよ」
「だ、だから、謝っているではないか」
「……しばらく別々に暮らしましょう……」
「何!? いや待て、早まるな!」
「自室にきゃえらせていたらきます!!」
私は、涙と鼻水でぐだぐだな捨て台詞を残し、まだ裏手で休憩していた魔車の御者さんに乗せてもらい王城にトンボ返りした。
◇◆◇・・・◇◆◇・・・◇◆◇
「……それで、そのものをつれて、このへやにとまったと?」
朝、呆れ顔のアイテールちゃんに事情を話しながら、私はメイドさんにいただいた氷で目元を冷やす。
何だか情けなくて、一晩中ぐずぐず声を殺しながら泣いてしまったのだ。
だってさぁ〜!! えぇ? 私が悪いの!?
納得いかない……!
でも、きっとヒュパティアさんだったら、喧嘩にならないように上手くいなしたりできたんだろうな……なんて思ったら、さらに落ち込んだ。
せっかくベアトゥス様も、妹さんの妊娠報告で喜んでたのに……
二人で義妹へのプレゼントとか考えたかったのに……
あ、マズい……また涙が……
「す、すびばせん……鼻かびばすで……」
「よいよい、まったく……そなたのそだておやは、せわがやけるのう……そなたは、おもいのほかはやく、そだたなければならぬであろう」
アイテールちゃんが、ナチュラルにラハールちゃんの肩に座って、ツンツンと柔らかほっぺをつついて言った。
ラハールちゃんは嫌がるふうでもなく、これまたナチュラルにスルーしている。
「ミーちゃん泣かないで! ラハールそだつ! ベアちゃんやっつける!」
「や、やっつけちゃダメらよ、めってするだけ」
「じゃあ、めってする!!」
「ふふん、たのもしいみかたができたようじゃの」
妖精巫女の分身体である、ちびっ子アイテールちゃんは、私の朝食用のお皿から黄緑色に光るマスカットをひとつもぎ取ると、口の周りをびっちゃびちゃにしながら齧り付いた。
それを見たラハールちゃんも、自分のお皿にある葡萄を同じようにつまんで、お口の中にひとつ放り込む。
ひと噛みでおいしさに感動したのか、両手でほっぺを押さえ、目を輝かせているのが可愛い。
「……でぼ、どうしばしょう……? しばらくは、ベアトゥスさばにラハールちゃんのお世話してぼらおうとおぼってたのに……」
「われがおる。まかせよ」
「え? いいんれすか?」
そういえば、さっきから凄く馴染んでるよね二人とも……
アイテールちゃんといえば、人見知りってくらい、知らない人には警戒心MAXなのに。
私は、意外なところで最高のシッターさんを見つけたのかもしれない。




