3.『火山の巨人イオスパイデ』part 13.
アジュガ族の生息域だったバドガシュ渓谷は、火山から流れ出た溶岩で上から下まですっかり埋まってしまったようだった。
以前は豊富な水量を誇った泉の水とやらもすっかり蒸発してしまい、合同調査隊の検分によって二酸化炭素ガスが放出されていることが判明。泉の水は炭酸系だった可能性が示唆されている。人間の私には危険地帯だけど、植物系魔物のアジュガ族には、いい感じに光合成ができる環境が整っていたようだ。
「つまり、火山地域であれば、ほかにも二酸化炭素のガス溜まりがみられるはずなので、アジュガ族の村を移動することは理論上可能です。ただ、ほかにも生活に必要な要素があるでしょうし、移住場所の策定には、部族の長だけでなく女性や老人などにも詳しく聞き取り調査をする必要がありますね」
アジュガ族は、王都の魔族の皆さんとはちがって、ちょっと原始的な暮らしをしているらしい。
自然の恵みを糧に、狩猟と採取をメインに生活しているので、貨幣経済だとか国家の枠組みだとかにもノータッチなのだとか。
某センチネル島かよ……
幸い、攻撃的ながらも弱い部族なので、掃討作戦の対象にもならず細々と生きてこれた。
今回は、たまたま火山噴火の被害地域になってしまったため、ゴッドヴァシュランズオルムの植物研究所が動いたっていう経緯があるけど、本来だったら自然の流れに任せて静観する方針だったみたい。
伝説のプラントハンターであるアウクバ・キューリックさんと、スピロ・ラリティー教授の後押しがなければ、アジュガ族は人知れず絶滅していた可能性もあった。
「あのオッサンには、感謝しないとな……」
元彼は、キューリックさんにあまりいい感情がなかったみたいだけど、いろいろな事情がわかってくるにつれ恩を感じはじめている。
恋人としては、なんかムカつく奴だったけど、社会人としてはまあまあ筋が通せるタイプなのだった。
ただバカだから、良かれと思って変なセミナーに勧誘してきたり、尊敬する先輩にいいように使われてしまったりするのが玉に瑕というか……お人好しというか……
いや、単なるバカか。
指標とするものがダメなので、どんなに頑張ってもいい結果には繋がらないんだよね。
動く赤い風船や黄色い車などを目印として記憶し、結果的に道に迷う人のような感じか?
「せっかくいい人たちに出会ったんだから、村の復興、頑張りなよ?」
私は、無意識のうちに元彼を応援していた。
元彼も前世の失敗を糧にして、今度は悔いのない今世を生きてほしい。
……って、現実世界でなんで死んだのか知らんけど。
◇◆◇・・・◇◆◇・・・◇◆◇
合同調査隊は、それぞれに必要な情報を集め終えて、やっと王城に帰還することとなった。
私たちはアジュガ族の移住先の候補地に3つほど当たりをつけ、マーヤークさんとフワフワちゃんは火山関連の資料を魔国の上層部に持ち帰る。
山腹から火山の麓の町セルデーグルまで戻ると、マーヤークさんモドキのヤーちゃんは宿屋の部屋に閉じこもってしまった。
やっぱりひとりが好きなのかと思っていると、意外にもヤーちゃんはキシュテムさんにいろいろと質問しまくっていて、いつ見ても二人で何やら話し込んでいる。
それを遠くから見ながら暗い顔をしている、本物のマーヤークさんを見かけるまでがセットである。
フワフワちゃんは、執事悪魔にムギュウと潰されたくないのか、従者から離れて私の足元にスリスリしてくる。
「本当に一緒に来ないの? せっかくなんだから王都まで行こうよ、俺の婚約者のチュレちゃんにも会ってほしいしさ☆」
「いえ、思いがけずお話をさせていただけただけで大変光栄でした。キシュテム様のご婚約、誠におめでたいことです。寡聞にて存じ上げず、大変失礼いたしました。お祝いの品は、追ってお送りいたしますのでご容赦を」
帰りの魔車を待っていると、マーヤークさんモドキのヤーちゃんが、キシュテムさんに別れのご挨拶をしていた。
ヤーちゃんは、本物のマーヤークさんを避けているのか、あまり一緒に居るところは見ていない。それどころか、積もる話もしてないっぽいし、そもそも会話してない気がする。
っていうか、本物のマーヤークさんはどこ行った!?
まさか、お別れもせずにまたバラバラになっちゃうっていうの!?
……と思っていたら、例によって王子殿下が大量のお土産を買い込んで「ムー! ムー!」と上機嫌でやってきた。
本物のマーヤークさんは、何やら大きな箱を5重も抱えながら、ニッコニコのフワフワちゃんに付き従っている。
昨日の自由時間でもかなり買い込んでいたように思うけど、今日もお土産屋さんを回ってきたの!?
フワフワちゃんのお小遣いは、ここセルデーグルの町にかなり落とされているのではないか……
王子殿下の教育係としては、一応クギを刺しておかなきゃいけないんじゃないかな?
そう思って一歩前に出ると、私の前にヤーちゃんが歩み出る。
「やあ君、私はここで失礼するよ。大変有意義な時間だった。君のおかげでね」
にこやかに話をするマーヤークさんモドキは、なんとなく皮肉っぽい物言いをする。
それを受けて、本物のマーヤークさんは、少し怯んだように動きを止めた。
「……そうですか、それは良かった」
「ふふ……ああそうだな、良かったよ」
「…………」
最初で最後の会話がそれ!?
フワフワちゃんは、同じ顔の悪魔たちの会話でムギュウの危機を察したのか、そそくさと私の足元に擦り寄ってきた。
それに気づいたヤーちゃんは、私の顔を見ると微笑んで近づいてくる。
「地上もなかなか面白いものだ。君たちとも会えて良かったよ」
「あの……またあの場所に戻られるんですか……?」
「そうだね、仕事の道具もそのままに置いてきてしまったから」
仕事……? あんな地下で、一体なんの仕事をしているのか、気になるけど……どうせ聞いてもはぐらかされるだけだろう。
「あの……マーヤークさんは、その……一体化しないままでいいんですか? なんていうか、お二人が一緒になれば、すごく成長するんじゃないんですか?」
マーヤークさんが時たま不安定なのは、この大人びたヤーちゃんが抜け落ちたからなのでは?
私の勝手な想像だけど、強いのか弱いのかよくわからないマーヤークさんは、分裂したエニウェトクさんのように弱体化しているんじゃないだろうか?
もしかしたら、完全体のマーヤークさんは、ものすごく強いのかもしれない。
そんなふうに思った私は、どうしても聞きたくなってしまった。
すると、ヤーちゃんは「成長……?」と小さく呟きながら、腕組みをして考え込む。
最後に気分を害してしまったかもしれない。
私は、余計なことを言った気がして、軽く後悔しながら「あ、やっぱり……」と話題を変えようとした。
それと同じタイミングで、ヤーちゃんは口を開く。
「成長とは君、何でもかんでも飲み込むことではない。むしろ必要なものを見極め、不要なものを切り捨てることこそが大事なのだ」
……盆栽みたいなことかな?
それとも、本物のマーヤークさんが要らない子ってこと……?
私がうまく返答できないでいると、ヤーちゃんは穏やかに微笑みながら言葉を続けた。
「心を固めることが大切だよ。ラハールを頼む」
「え?」
ヤーちゃんが片手をあげて視線を下げると、長い髪を靡かせながらラハールちゃんがててて……と駆け寄ってきた。
「行っちゃうの?」
「ああ、ラハール。君はこの人について行くといい」
「このお姉ちゃん? キーちゃんも一緒?」
キーちゃんというのは、ラハールちゃんの精神年齢に合わせてキシュテムさんが名乗った名前だ。
ここは、私も教育係として歩み寄りを見せる必要があるのではないだろうか……?
「えっと、私はミ……ミーちゃんだよ、よろしく!」
「よろしくおねがいします」
「いい子だ……では頼んだ」
悪魔の片割れにサクッとラハールちゃんを任されて、私は考える間もなく少女を連れて帰ることになった。




