3.『火山の巨人イオスパイデ』part 9.
「この場所は、かつて私の半身が作った結界が風化したものだ」
「半身……?」
マーヤークさんモドキの悪魔が言う半身というのは、やはりマーヤークさん本体のことなのだろうか?
見慣れた執事悪魔の顔にそっくりな見た目をしている目の前の存在に、思わず気を許しそうになるけれど、コレは他人だ。慎重に対応しなければ……そもそも、本物のマーヤークさんにだってそんなに気を許しちゃあいけないんだけど……
などという私の脳内を知ってか知らずか、マーヤークさんモドキは自分の過去を屈託なく話してくれる。
地下神殿のような天井の高い暗闇にマーヤークさんに似た声が静かに反響して、懐かしいような安心するような……まるであの王城の自分の部屋に戻ったような不思議な気分になってしまう。
「私の半身は好奇心が旺盛でね、この暗い土の中では満足できなかったようなのだ。私が何でも丁寧に解説してやったにも関わらず、自分の目で確かめたいと我儘を言って地上世界に出て行った。たった7年でね」
「え……?」
この悪魔は、果たして本当のことを言っているのだろうか?
いや、ここで嘘なんか言っても何の得もないと思うけど、絶対に罠が仕込まれてないという保証はない。
とくに何千年ものしがらみがありそうな長生きの悪魔たちには、私が思いもよらないような謎の関係性が構築されているからやっかいなのだ。
お互いに仲が悪いのかと思えば結託したり、昨日は喧嘩してたと思ったら今日は頭ナデナデしてたりするんだよね。
まあ、それはキシュテムさんとマーヤークさんのことなんですが。
しっかし……地下で7年暮らして地上に出るなんて、まるでセミみたいだけど……
7歳の子供が急に独り暮らしを始めたようなイメージを思い浮かべてしまい、私は慌てて相手の言葉の意味を整理する。
そもそも悪魔ってやつは、生まれながらに成体そのままの見た目で発生し、その後は子供から老人まで年齢に関係なく姿を変えると聞いている。
本物のマーヤークさんも、執事の仕事中はいつもイケオジ風だけど、枯れ木のようなお爺ちゃん姿から小さな子供姿まで変化しているのを見た。
生まれた瞬間ならまだしも、1年も経てば大抵の動物は大人になってしまう。
悪魔の7年が人間に比べてどのくらいなのかイマイチわかんないけど、この際、相手がわざわざ強調するような言葉は無視すべきだろう。
今は黒髪の青年風になっているこのマーヤークさんモドキは、薄い悪魔笑いを口元に浮かべてこちらの様子を見ている。
これ以上マーヤークさんの個人情報を勝手に漏洩させてはいけない。
私は敢えて話題を変えることにした。
「あのですね……最近ここは火山が噴火して溶岩が流れ込んだりしたと思うんですけど……この場所にそういった影響はありませんでしたか? 見たところ天井にはかなりヒビが入っているようですが……ここも危険かもしれませんので、早急に避難したほうがいいんじゃないでしょうか?」
何かおかしいと思ってはいたんだけど、今になってやっと気づいた。
だってさぁ……あんなに天井が薄くてクラックだらけなのに、どうして合同調査団の皆さんは普通に歩けてたの?
騎士さん達なんて、重い甲冑をつけてガンガン進んでたのに……
私、絶対あの人たちより体重ないのにさぁ……!
気にするポイントはそこか!? と言われそうだけど、私としては、よりにもよって自分が落ちたってことにかなり引っかかっていたのだ。
何だかんだで一緒に落ちた勇者様が重かったのかも知んない……なんて、責任転嫁したりして無理やり納得してたんだけど、たぶん違う。
目の前の悪魔……マーヤークさんモドキが操作したんだ。
じゃなきゃ、全員落ちるって、こんなの。
……と、薄く明かりが漏れる天井を見上げながら、私は言葉を繋いだ。
仕組みはわからんけど。
……結界か? 本物のマーヤークさんはチュレア女公爵様の結界役を任されるほどの使い手だからな……
「とにかく、あなたも一緒に逃げましょう!! ところでマーヤークさんは、ここからどうやって地上に出たんですか? よろしければその道を教えてください!」
私の勢いに、マーヤークさんモドキは呆気に取られているようだった。
そう、本当の目的は、この地下神殿からの脱出ルートを教えてもらうことなのだ!
我ながらいいアイデアだと思ったんだよね……そのときは。
◇◆◇・・・◇◆◇・・・◇◆◇
「えーっと……あと……どのくらい……歩くんでしょうか……?」
概念である悪魔は、坂道を登ったぐらいじゃ疲れるという感覚は無いらしい。
何時間もゆるい登りのトンネルを歩かされ、私がすっかりヘロヘロになっていると、見かねた勇者様が突然お腹に腕を回して私を荷物のようにひょいと持ち上げる。
「ななな……うわぁ! 何ですか一体!?」
「おんぶはマナー違反と聞いたんでな。これなら問題ないだろう?」
ニカっと笑う勇者様に、またしても小脇に抱えられてしまい、私は一応抗議の声を上げる。
が……正直なところ疲れてたし、ベリル様の細腕とちがって、ベアトゥス様のぶっとい腕で抱えられるとあんま痛くないので、大人しくお任せモードだ。
「マナーって何なんだよ……」
ボソッと元彼が呟くのが聞こえたが、気にしてはいけない。
私たちのやり取りに反応して、マーヤークさんモドキも足を止めて振り返る。
「もう少しで地上に出る。だが、君の能力は思いのほか偏りが見られるな……そのような体では、外に出られないかもしれないよ?」
何の話だろう?
私たちは、その「外」から来たんですが……
マーヤークさんモドキの言葉には、なんか一々謎が多い。
この悪魔は、ずっと地中にいたから、外を危険と思い込んでいるのかも?
そこまで考えると、急に「よっ!」と勇者様が私を支える腕の位置を変え、なんとなく体が横向きになったので周囲の様子が見やすくなった。
薄い陽の光が差し込んでいた地下神殿みたいな場所とちがい、この登りトンネルは、大人が辛うじて立って歩ける程度の細い道になっている。
とりあえず私の火魔法で松明っぽく明かりを確保しているけど、ほかの場所とちがって遮光性が高いというか、とにかく暗かった。
暗いトンネル、怖い。
でも自分の足で歩いてるわけじゃないので、勇者様に抱えられて縮こまっていることしかできない。
そういえば、アンデッドには紫外線が効いたっけな……なんて思いながら、私は何気なく魔法を発動した。
「ブラックライト……!」
オレンジ色の松明が、紫の光に切り替わり、トンネルの中で一気にダンスフロア感が強まる。
マーヤークさんモドキの白いシャツが青白く浮かび上がり、勇者様の赤黒い肌が闇に溶けた。
私の服は、刺繍糸が黄色く浮き上がって、なんかシュールだ。
元彼は、頭と手足の葉っぱが紫色に光って見える。
「あっ! バカ、やめろよ!」
「ごめん、眩しかった?」
「ちげーわ! こんな紫外線ライトつけたら、虫寄ってくんだろうが!!」
「え……? ひゃあ!?」
元彼のツッコミに意識を向けている隙に、私が魔法で出したブラックライトの光球には、小さい黒い粒がぶわっと纏わり付いていた。
「おー! すげーなこりゃ……」
勇者様が面白そうに呟きながら、私を持つ腕をくるりと捻って、子供を抱っこするような姿勢に変える。
「お、お化けを遠ざけようと思っただけなのにぃ〜!」
「なんだ? アンデッド系が怖いのか?」
ベアトゥス様が、泣き言をいう私に余裕綽々で言葉をかける。
一見、物理攻撃しかできなさそうだけど、精神体である精霊女王様を引っ掴んで地面に叩きつけることができるこの筋肉勇者は、どうやらアンデッド系にも強いらしい。
当然の帰結として、お化けを怖いという感覚はないらしく、普通に敵か味方か、強いか弱いかぐらいの判別法で処理しているようだ。
勇者スキルって……反則すぎんか……?
そんなやり取りをしているうちにも、トンネル内の虫たちはダンスフロアでフィーバーしている。
紫外線を放つ光球に近寄りすぎた虫は次々と死んでいき、アンデッド化した彷徨う魂がブラックライトで浄化されていく。
「……謎に半永久機関ができあがってますね……」
浄化された魂が、ぽよぽよとスープに浮かんだ油のように合体していくのをぼんやりと眺めながら、私はだんだん不安になってきた。
大きくなった魂が、何となくヒトの形になっているように見える。




