3.『火山の巨人イオスパイデ』part 8.
「マ、マーヤークさん!? どうしてここに……まさか落ちたんですか!?」
私は思わず自分の首元にあるネックレスを確認する。
執事悪魔のマーヤークさんは、このネックレスに嵌め込まれた石を通って移動ができる能力を持っている。
なので、この地下空洞に落ちたときは思わず助けてほしいなー……なんて思ったりもしたけど、ウンともスンとも言わないので諦めていたのだ。
マーヤークさんの中では優先順位が圧倒的にフワフワちゃん最強なので、魔国の王子殿下が一緒に飛び込んでくれない限り、私に付いてきてくれたりはしないだろう。
……と、思っていたのに何故……?
私はこの執事悪魔に何となく違和感を覚えながらも、あえて普通に話しかけてみる。
「ちょうど良かった! 私たち地上に戻れなくて困っていたんですよ。お手数ですがご助力願えませんか?」
もちろん助けてくれるなんて甘い考えで声をかけたワケじゃなかったんだけど、気怠げなマーヤークさんにしか見えないソレは、心の底から不思議そうなキョトン顔で首を傾げる。
「どういった義理が? 君たちを助けて私に何のメリットがある?」
「……そ、そうですね……王子殿下に頼んで、何かお礼をします……けど」
「ふーん」と、つまらなそうな反応をする相手を見て、私は確信した。
こいつ、マーヤークさんじゃない……!
本物のマーヤークさんなら、敬愛する魔国の王子殿下であるフワフワちゃんの話題を、そんな顔でスルーするはずがないのだ。
こんな会話をしている最中も、元彼は無言で硬直しており、蛇に睨まれたカエルのように冷や汗を垂らしながら変な角度のまま腕を下げられないでいる。勇者様はといえば、仁王立ちで睨みをきかせていて、さっきまでの泣き虫さんモードはどこへやら。
これは私の外交手腕が問われますね……不審者に声かけするのは緊張するけど、こんな場所で戦闘なんて冗談じゃないし、できるだけ丸く収めたい。
「ところで、もしかして人違いをしていたかもしません。失礼ですが、あなたのお名前をお聞かせ願えますか?」
すると、見慣れた悪魔的な薄笑いを浮かべてソレは答えた。
「私の名前はマーヤーク。先ほど君がそう呼んだとおりだよ」
やっ……ちまったー……!
オレオレ詐欺の典型じゃん!!
はじめにこっちから「お前、〇〇なのかい!?」って名前言っちゃったら、もちろん詐欺師は「そうだよ母さん、俺は〇〇だよ」と答えるに決まっている。
ああ……どうしよ……もし目の前のアレがマーヤークさんぐらい強い悪魔だとしたら、勇者様に戦ってもらうしかなくなるワケだけど……そうなるとアジュガ族の居住区は、復興するどころか完全に破壊され尽くす可能性が高い。
それはマズい……非常にマズいですよ……
調査隊の失態はストレートにキシュテムさんの足を引っ張ってしまうし、何より元彼の故郷が消滅してしまったら、何が起こるかわからない。
単純に火山噴火の被災者をこれ以上傷つけたくないってのもあるけど、また元彼が発狂して謎の能力を爆発させたりしたら、今度こそどうなってしまうかわからないのだ。
今は希望の光みたいなものが見えているから、元彼も落ち着いて前向きになってるようだけど、何もかもが崩れてどうでも良くなってしまったら『無敵の人』になるかもしれないし……
実際はアジュガ族って希少ではあるものの最弱植物系魔物だから、いざとなればどうにでも対処可能かと思われるけど、それでも転生者ならではのチート能力を隠し持っているかもしれない。
とにかく今は、このマーヤークさんモドキとの戦闘を回避して、なんとか地上に戻る道を探さないと!!
「え、本当にマーヤークさんなんですか? フワフワちゃんはどうしたんです? 確かご一緒でしたよね?」
私はあえて王子殿下を『フワフワちゃん』と呼んでみる。
本物のマーヤークさんなら、私が王子殿下をフワフワ呼びしているのは知ってるだろう。
さあ、どんな反応が返ってくるのか!?
目の前の悪魔は、ちょっと斜め上に視線をやると、腕組みをして「なるほどね」と微笑む。
「君は思ったより勘が鋭いようだ……よろしい、少し話し相手になってやろうじゃないか」
ぬぬ……マーヤークさんじゃないことは確実だけど、正体はわからない。
とりま試し行為はバレてしまったようなので、無力化できるかどうかだけでも確かめておきたいと思った。
「すみません、お時間を取らせてしまいまして……ところで不躾なお願いですが、少し拘束させていただいてもよろしいでしょうか? 害を与えるつもりは無いのですが、多少頭痛を伴うかもしれません」
「おやおや、随分と攻撃的だね。私を拘束したいのであれば、君ではなく、後ろの男体生物が相手になるということだろうか? ぞっとしないが、まあ良いだろう」
「ご許可いただきまして恐縮です。では……」
私は久しぶりに『歌』のイメージを頭に思い浮かべる。
ピアノのトレモロが可憐に効いてる曲……低音のギター……火山の音……漠然とした音のイメージだけど、楽器や効果音のイメージだけでも悪魔には効くのだ。何でもいいから音音音……音について考えろ、私!
チラリと周りの様子を見ると、人間である勇者様はやっぱり何も感じていないみたいで、何事も無いように眼光鋭くマーヤークさんモドキを睨んでいる。
一方、元彼は、私がはじめて歌の実験をしたときの蛇男くんみたいに「え? なんか聞こえる!?」と不思議そうに辺りを見回しながら挙動不審になっていた。
そして、肝心なマーヤークさんモドキはといえば、これは……効いているのか?
とりあえずさっきまでの余裕は無くなったようで、驚いたように目を見開きながら歯を食いしばっていた。
もうちょい……なんかイメージを明確にしたい……火山地帯……赤いイメージの歌……赤が美しい……「くちばしにチェリー」!!
一気にスネアドラムの音とか、トランペット、サクソフォン、ピアノが私の脳内で華やかな音楽を奏ではじめた。
いいねいいね……乗ってきたよ……!
ちょうどサビが終わって間奏に差し掛かった頃に、マーヤークさんモドキはガクッと膝をついた。
「もうわかった……やめてくれないか……」
◇◆◇・・・◇◆◇・・・◇◆◇
「あなたが悪魔だということは理解しました」
思いのほかダメージを受けて倒れ込んでしまったマーヤークさんモドキを介抱しながら、私は感心する。
悪魔や天使の下っ端さんたちは私のあの能力が苦手で、わりと暴れたり攻撃してきたりするんだけど、この悪魔は自分が許可した手前か痩せ我慢していたようだ。
もうすっかり私の能力に慣れた(?)らしき本物のマーヤークさんみたいに、何とか耐え抜いたらしい。
まあ、あっちはまたチガウ意味で覚醒したっぽくて、薄笑いを浮かべながらサムズアップしてきたりして何となくキモいんだが……
こっちのマーヤークさんモドキは、まだそこまで拗らせていないので助かる。
というか、昏倒するほどダメージを受けたのに、マーヤークさんの姿形を崩さないということは……こいつ、本当にマーヤークさんなのか……?
そういえば、キシュテムさんが言ってたな……マーヤークさんはこの辺で生まれたとか何とか……もしや、この辺で生まれた悪魔は、みんなマーヤークさんみたいな見た目になるとか……? いやまさかそんな、野良猫じゃあるまいし……いや、でも、マーヤークさんはどちらかというと猫系ではある。
……などと、どうでもいいことを考えていると、気怠げなマーヤークさんモドキは額に手を当てながら答えた。
「私も君たちが手強い存在だということは理解したよ……まさか君ひとりに太刀打ちできないとはね」
本物のマーヤークさんも強いのか弱いのかわからないときがあるけれど、この悪魔もそこまで強くはないのかもしれない。
少なくとも話が通じる程度には常識的な強さのようだ。
「ハッ……まったくだ。身構えて損したな」
「ちょっと! ベアトゥス様、失礼ですよ!?」
「……すまん、悪気は無い」
強すぎる奴って、たまに話が通じないときあるし……まあ、話をする必要性があんまりないからだと思うけど。この筋肉勇者も、はじめかなりヤバかったしね……と、過去の事例を思い返しながら、私は目で怒ってみせる。
ベアトゥス様は、不貞腐れたようにそっぽを向いて謝罪した。
結果的に失礼で、無意味な謝罪になってるんですがねえ……まあ、謝らないよりはマシなのか?
「ところで、本当の名前を教えていただけますか? さっきは私が不用意に呼んでしまったので合わせてくださったんですよね?」
「ん? マーヤークは私の名前だよ? 生まれた時からそう名乗っている」
だいぶ落ち着いたのか、起き上がりかけた悪魔は当然のようにマーヤークさんの名前を自分のものだと認めた。
……どゆこと?
言われてみれば、悪魔は嘘がつけないとか何とか聞いたような気がする……
てことは、正直に答えてるってこと……?




