3.『火山の巨人イオスパイデ』part 7.
「わたしが初めて覚えた魔法は火魔法だったんだよね、ファイアボールってやつ」
仄暗い空間に私の声が響く。
「ほーん……んで? 何で俺にそれを今言う?」
それに答えてくれるのは、隣りで無意味に天井を見上げる元彼だ。
もういろいろな事をあらかた試して駄目だったというのに、さすが粘着質なだけあって諦めない男である。
「いっちょ受けてくれませんかね?」
「は!? なんで!?」
「いや、だってさぁ……火によってアジュガ族の能力が解放されるかも知んないしさぁ……そんな感じのことスピロ教授も言ってたし」
「解放されないかも知んないって可能性のほうも考えろよな!?」
「でも、この状況を打開するにはもう……アジュガさんちの息子さんに賭けるしか……君に決めた!!」
「俺はポ◯モンじゃねえ!!!」
私と元彼は、地下神殿のような落下地点に取り残されていた。
地下だし真っ暗なのかと思いきや、木漏れ陽のような光があちこちに差していて、わりと明るい。
下から見るとクラックすげえいっぱいあんじゃんよ……こわ。
知らんかったとはいえ、よく無事に歩いてたな、合同調査チームの皆さん。
確か一緒に落ちたのは3人だったと思ったんだけど、もうひとりの遭難者であるベアトゥス様は、どういうわけだか別の場所に落ちてしまったようである。
経緯はこうだ。
アジュガ族の谷だった場所の検分がてら、キルビーキルを採取することに気を取られた私は、ぼんやりしていてクラックに気付かず、思いっきり薄くなった所を踏み抜いてしまった。
そこに、たまたま近くにいた勇者様と元彼が手を伸ばしてくれたんだけど、一緒に落ちてしまったんだと思う……たぶん。
一瞬の出来事だったけど、ほかの人は落ちていなかったはず……断言はできないけど。
今日はただの山歩きで、噴火対策じゃなかったし、ベアトゥス様も普通の履物だったような気がする……
飛行できる靴の魔道具って、いつも持ってるもんなのかな?
まあ、あの勇者様に限って怪我したりはしてないと思うけど、夫がどこに行っちゃったのかは妻として心配だ。
「こんなとこじゃ、救助の期待もできないよね……なんかツル草を天井まで伸ばす能力とかない?」
「ない」
「チッ……つかえねぇな」
「お前さぁ……それ、冗談でも傷つくからやめろよ」
「え、知ってんの? このネタ」
「アレだろ、お前が好きな漫画の」
「ぶっころす!!」
「はあ……あの殺伐としたお子様キャラだろソレ」
「おーそうそう! そういえばアンタ漫画好きなの我慢してたんだってね。後から聞いてビックラポンよ」
「うわ! なんか寿司食いてえ!」
「ははは! 苦しみたまえ、この世界に寿司はないのだ……」
「うわ、嫌な奴!」
何となく元彼と2人きりじゃ気まずいかと思っていたけど、お互いに余計な気遣いをしなくて良くなった分、わりとスムーズに会話が進む。
しばらく現実逃避がてら現実世界ネタでわちゃわちゃしていると、最終的には話題が尽きて来て、元彼はそこら辺に地上に戻る手掛かりがないかと探しはじめた。
そして冒頭に戻るってワケである。
ポ◯モンネタがストレートに決まって笑い合っていたら、暗がりからぬっと顔を出した勇者様に声をかけられた。
「……何の話だ?」
「あ! ベアトゥス様!!」
「…………」
私はやっと勇者様の元気なお姿が見れて安心したんだけど、夫としては元彼と仲良く喋ってるのを見たくなかったのか、ベアちゃんってばかなり不機嫌そうな表情で目が据わっている。
その影響で、元彼はすっかり萎縮してしまい、なんか無言になってしまった。
たしかに、ちょっとヤバかったかな……? とは思うけど、この状況じゃしょうがないじゃんと私は開き直ることに決めた。
だって気の使いすぎで、勇者様の繊細ちゃんが悪化してもしょうがないし、多少の諦めがなきゃ大人になれないもんね。
「お怪我はありませんでしたか?」
一応、最優先で心配してるよ感を醸し出すために、座ってた私は立ち上がってベアトゥス様を出迎える。
「問題ない。そちらはどうなっている?」
背の高い勇者様にギロリと見下ろされて、私は少し怯んでしまった。
そんなに殺気を出さなくたって、元彼はメガラニカ公に心を折られていろいろ納得してるんだから、心配いらないんだってば……
などとイチイチ説明するのも何だかメンドクサイ。
ていうか、元彼本人がいる前でそんなこと言えるワケないし。
一応チームの仲間なんだし、ケンカしない約束もしたのそっちじゃん……
単に私が浮気しないかどうかの監視をしたいだけでついて来たんなら、不機嫌オーラ出さないでほしいんですが?
私は敢えて夫に釣られないようにしながら、にこやかに対応する……年上だからね。
「こちらも怪我はありません。脱出方法を探している途中です」
「……そうか」
「ベアトゥス様は飛行の魔道具持ってないんですか?」
「ない」
なぜか目をそらしながら、勇者様は否定した。
あれ? 私がミスを指摘したみたいになっちゃったのかな?
「あ、全然大丈夫ですよ! あったら良いなって思っただけで、別の方法探しますし……!」
「すまん、俺は役立たずだな」
「え? いやいやいや、そんなことありませんって! ホント、気にしないで! ね!?」
私が慌てて勇者様のご機嫌を取っていると、少し離れてその様子を見ていた元彼が、やおら会話に混ざってきた。
「大丈夫か? まったく、世話が焼けるな。今は落ち込んでる場合じゃねーだろ? 一緒に脱出経路を探そうぜ!」
元彼なりに気を使ってくれたのだろう……明るい笑顔で右手の親指を立て、漫画の主人公みたいなことを言っている。
でも、落ち込みモードになってる勇者様にはソレが逆効果で、何だかいつもより3割増しで俯いてしまっているようだ。
ちょうど私の背の高さから見上げると、泣きそうな顔が丸見えで、第三者である元彼がいなければ嗚咽が聞こえてくる頃だろう。
ベアトゥス様が唇を噛みながら、あまりにも必死で我慢しているものだから、私はなんか面白くなってきてしまう。
「ちょっと、今は他人が余計なこと言わないでくれます? それとも、当初の計画通り消し炭にしてやりましょうか?」
手のひらを元彼に向けて光球を作り出すと、火山地帯の植物族であるポテンシャルの塊くんは、口の端を引き攣らせて「おいやめろ!」と一歩引く。
すると、また向こうの影から誰かが歩いてくる気配がして、のんびりとした声が響いた。
「うるさいなぁ……喧嘩なら他所でやってもらえない?」
「え……?」
天井から漏れる光の筋に照らし出されたのは、寝起きみたいな格好でシャツをはだけた悪魔マーヤークさんだった。




