3.『火山の巨人イオスパイデ』part 5.
私は日頃からあまり周囲に配慮が行き届くタイプではないので、やることが明確になって嬉々として集中してると、まさに周囲が見えなくなって「好事魔多し」の落とし穴に陥ることがよくある。
いわゆるトンネルビジョンってやつだ。
でもさぁ〜!
目の前のことに集中してんだからしょうがないじゃん!?
そんな、何でもかんでも私のせいにされても……!
と、思いながら今、夕食後に山のど真ん中で焚き火を挟みつつ、絶賛不機嫌中のベアトゥス様が不貞腐れている様を眺めている。
また何かやらかしたみたいね、私……
今回は、夫が理由を話してくれず、私たち夫婦は二人でずっと黙ったままだ。
まあ、ぶっちゃけ無言でも全然気にならない距離感になってるので、私は軽く眠いんだけど……たまに正面に居る構ってちゃん勇者が謎のアピールをしてくるので気が抜けない。
「さっきから何なんです? 何かお気に召さないことでもありました?」
「いや……気にするな」
「お目当ての香辛料が見つからないとか?」
「それについては問題ない」
「はぁ……じゃあ元彼が何かしました?」
私が面倒くさくなって雑に切り込むと、筋肉勇者は何も答えず、腕に顔を隠して横を向く。
図星か……いいから何か喋れや。
こういうとき、勇者様って年下だったと気づかされてしまう。
私、正直そこまで年下好きってワケじゃなく、むしろベアトゥス様の年下要素は忘れていたくらいなんだが……やっぱ私が、年上女房として懐の深さを見せつけなければいけないのか!?
でも元彼とは何もないってことを説明すればするほど、なんか言い訳っぽく聞こえてしまいそうな気がして、私からは必要最低限の情報しか言えないんだよなぁ……
え? 何……? どうすりゃいいのよ……?
いくら何でも繊細ちゃん過ぎんか? マジ勘弁して……
もういいや、寝るか……
焚き火は魔法で自動制御されてるらしく、寝ずの番をする必要はないと執事悪魔さんが言っていた。さっきまでフワフワちゃんとマーヤークさんが居て、ちょっとだけマシュマロを焼いたりなんかしてワイワイしてたから、解散後の落差がハンパない。
以前ここら辺は雪山だった気がするけど、それは魔物の影響だったので今夜は暖かい。そんなワケで、私たちはちょっと平らな場所に雑魚寝な感じ。魔国のワイルドさは、たまにこういうとこで発揮される。
私が横になろうとすると、ベアトゥス様は、わざと寝るのを邪魔するみたいに話しかけてきた。
「お前は……いい妻を演じようとしているのか?」
「え?」
「あ、いや、すまん、違う!」
「まったくもう、一体何なんです?」
「あの者とお前の自然なやり取りに……敗北した気がした……」
「……勝ち負けとかありましたっけ?」
「…………」
「一緒に寝ます?」
「……」
私が寝ようとして引っ張りかけた毛布を持ち上げると、勇者様は黙って頷く。
家族って、何なのかなぁ? と、たまに考えてしまうときがある。
すごく大切にしたいと思っているのに、邪魔だと感じてしまったり。
他人だったら距離を取れるのに、気まずくてもこうしてくっ付いたりしなきゃいけなくて、面倒だったりもする。
無言のまま近づいてくる勇者様を背もたれ代わりに誘導して、私は焚き火に当たりながら収まりのいい位置を探してモゾモゾ動いた。
ベアトゥス様は、毛布を私にも掛けてちょっと整えてから、ぶっとい腕を私の前に回して落ち着いたらしい。
「どうです? 少しは勝った気になりました?」
「……ああ、少しな」
「じゃ、おやすみなさい」
「今夜は……」
「ダメですよ」
「そうか」
「ベアトゥス様」
「なんだ?」
「いい夫を演じてください」
「……おう、まかせろ」
仮面夫婦にはなりたくないけど、焦って気持ちを伝えてもうまく行かないときはある。
お互いに、自分の心をハッキリさせる時間がほしいもんね。
下書きの状態で発表するよりも、清書したやつを見せたほうがいいだろうし。
ただ、そのために長期間ずっと没交渉にはなりたくない。
下書きでも、何となく方向性を見せ合える関係が、夫婦なのかな?
わからんけど……今日はこれでいいはず。
満点の星空にモクモクとのぼる噴煙をぼんやりと見ながら、私は目を閉じた。
◇◆◇・・・◇◆◇・・・◇◆◇
「よっし! ここまでは計画通りですね!」
次の日、ちょっと曇りつつも雨にはならない微妙な天気で、私たちはテキパキと行動していた。
噴火口にたどり着くと、私の結界で噴煙を絞り、筒状にしてからぐるりと曲げていく。
肝心なのは、密閉せずに少し浮かせて結界を張ること。
火砕流とか溶岩は逃がしてやったほうがいいという、イオスパイデさんの意見を取り入れて、ある程度は隙を作っておくことにした。
麓の森とかは全滅かも知んないけど、山体が崩壊するよりはマシだろう。
火山の噴火という大災害なので、多少の損失は受け入れるしかない。
構想の段階では、曲げた先っちょを結界の根元につなげるだけで良かったはずなんだけど、それでは噴煙が下に開けた隙間から全部漏れ出てしまうので、結界の排出口を火口の溶岩にだいぶ突っ込む必要がある。
壊れなきゃいいけど……
ヘスダーレン卿のおかげで、私の結界は壊すことができるというイメージが付いてしまった。
まあ何も知らずに過信しているよりはいいんだけど、術者の自信がなくなると結界の強度も弱くなってしまうので、あれから私はマーヤークさんに再教育されることになった。
おかげさまで、何とか普通に使える程度には結界を強化できたと思う。
噴石も防げるし、物理防御結界のほうは何とかなりそう……問題は溶岩の中に突っ込んで大丈夫かってことなのだ。
つまり、魔法防御結界の強度がどんなもんかわからない。
一応、マーヤークさんの火魔法をしっかり防げる程度には強化したけども……溶岩とマーヤークさんの火魔法って、どっちが温度高いんだろう?
鉱物が溶けるんだから、溶岩は1000℃ぐらいあるよね、きっと。
マーヤークさんの火魔法も、鎧を着た敵が蒸発するって噂だから金属は溶けるっぽい……
やっぱ、どっちも1000℃ぐらいはあると見て間違いないのではないか。
憶測の域を出ないけど、マーヤークさんの火魔法に耐えられるなら、私の魔法防御結界は溶岩にも耐えられるであろう。
そんなゆるい感じの自信で何とか生きてる。
ダメで元々なんだし、チャレンジするっきゃない!
「いけぁ!!」
私が両手をぶん回して、筒状に細めた結界を思い切って溶岩にぶち込むと、火口にぶくぶくと粘度の高い泡が増えて空に噴煙が上がらなくなった。
いや、噴煙自体は出続けてるんだけど、ちゃんと溶岩に戻っているようだ。
噴煙が逆流しないように、風魔法を利用して吸引力をつけているから、ちょっと勢い余ってモリモリと火口の溶岩が膨れ上がっていく。
「あふれます!!」
「おーし! 任せろー!!」
間延びした声と共に溶岩の中からイオスパイデさんが浮き上がってきて、アジュガ族の谷方面にある溶岩チューブに、大きな手で救った真っ赤な溶岩を流し込む。
だらーっ……と、ゆっくり流れる赤い川は、真っ黒な穴に吸い込まれて消えていった。
でっけえ管……
溶岩チューブという響きだけで、勝手に細いチューブみたいなものを想像していたけど、実物はどデカい洞窟だった。
「詰まりませんかね?」って聞こうかと思ってたけど……こりゃ後10回……いや100回くらい溶岩を流し込んでも詰まったりはしないと思う。
逆に考えると、アジュガ族の谷はどんだけ深く、そしてどんだけ高い場所まで溶岩に埋められてしまったのか……
本当に復興なんてできるのだろうか?
大自然のヤバさにビビり倒していると、どこからかイオスパイデさんの声がする。
「おーい! ガスが出るぞー!!」
マーヤークさんが素早く「上がります」と言って、私を持ち上げ空中に飛ぶ。
フワフワちゃんは私の頭に乗っかり、上機嫌でムームー言っていた。
周囲を見ると、ほかの人たちもそれぞれ上空に逃げていて、一緒に来ていた騎士団の皆さんは飛行能力のあるタイプばかりらしい。
ベアトゥス様は、ヘス卿にもらった飛行できる魔道具を足に装着している。
元彼は飛べる騎士団のお二人に両肩を持ち上げられて難を逃れていた。
ひとまず被害はなさそうね……
私がひと安心していると、音もなく火山の火口付近から大きな泡が膨らんでボフッと壊れる。
半端なミルククラウンの形が消えるかどうかというタイミングで、洞窟から飛び出してきた野生のコウモリたちがハラハラと力尽きて落ちていく。
「あー……逃げ遅れたか」
近くに浮かんでいた勇者様が、額に手をかざしながらコウモリの動向を観察している。
冷えた溶岩チューブは、コウモリの栖になりやすいらしい。
個人的には菌が怖いけど、コウモリちゃんたちは案外可愛い顔をしているんだよね。
私の計画のせいで、溶岩チューブにあふれた溶岩が再度流れることになり、慌てて逃げた先の出口でトドメの火山ガスとは酷過ぎる罠だ……
ちょっと心が痛いけど、後で蝙蝠塚を作って供養するので成仏してほしい。
しばらく様子を見ていると、それ以上の問題は起きなさそう。
イオスパイデさんから解散の許可が出て、私たちは全員無事に下山したのだった。




