2.『コリオリちからに逆らうな!』part 20.
結構強いはずの悪魔キシュテムさんは、ストレスにはめっぽう弱かったようだ……
高潔な悪魔であるキシュテムさんは、相手の考えを読めるらしく、他人の悪意を敏感に拾ってしまう。
その能力のせいで、変な奴に話しかけられると、人一倍疲労してしまうらしかった。
3000年も引き篭もっていたのは、政治や駆け引きがあまり得意でないという理由もあったっぽい。
私だって人間関係は得意じゃないし、知らないうちに友達からダメ人間と判定されて、元彼に更生計画が指示されていたりするレベルだ。
「でも、そんなの気にしてたら魔国の貴族社会ではやっていけないんじゃないですか? キシュテムさんは強いんだから、どんどんやっつけちゃえばイイのに……」
私が何も考えずに思ったままを言葉にすると、その場に居た2柱の悪魔と夫であるはずの勇者様が、軽くドン引きして無言になる。
「ミドヴェルトって、ちょいちょい凄いこと言うよねぇ……本当に人間族なのぉ?」
キシュテムさんが優しさで返事をしてくれた。内容は酷いけど、これは優しさだと思っておこう。
私だって、現実世界では、まあまあ空気読みながら行動してたけどさぁ……ここは異世界だし、魔国だし……何より肉体言語専門家のフワフワちゃん先生が、そうやってマーヤークさんを制裁していたのだ。百聞は一見に如かずってヤツだろう。ファースト・インプリンティング!
でも、待てよ……?
フワフワちゃんは王子様だから、特別枠であって、参考にしてはいけなかったのか……?
思わず足元にスリスリしている白いフワフワに目を遣ると、フワフワちゃんは私の視線に気づいて顔を上げる。
キュルキュルのつぶらな瞳が、私に向かってうるりと煌めいた。
「ムー!」
「ふふ……そうですね。私も王子殿下に賛成です」
マーヤークさんは、フワフワちゃんが何を言ったのかを通訳してくれなかったけど、屈託のない笑顔でニコニコしながらこっちを見る。
わ、悪い内容ではないと信じよう……
こんなに可愛いフワフワちゃんが、冷笑系の嫌味とかいうワケないもんね!
「ところでチュレア様とはどうなっているんですか? ほかの婚約者候補の方々は、キシュテムさんが脱落したら喜ぶでしょうけど、チュレア様はキシュテムさんのこと気に入ってるんでしょう?」
「気に入ってもらえてるのかな? 俺はチュレちゃんのこと好きだけどね☆」
だけど……?
なんだか含みのある言い方に、私は少し引っかかってしまった。
「キシュテムさんだって『キー様』って呼ばれてるんだから、チュレア様に気に入られてますって! 妖精巫女様も認める運命の恋人なんですから、自信持ってくださいよ!」
「そうかもしれないけどさぁ……」
「……?」
さっきから歯切れ悪いけど、一体何なん……?
私が疑問を抱えたままの顔で勇者様をみると、頼りになるはずの夫は「お、俺を見るな!」と顔を背けた。
何のためにここに居るんだ、この勇者……
しっかし……
ドロップアウトした勇者に、引きこもりの伝説の悪魔、逃げた先で就職した執事悪魔……
だめだ……私を含めて、政治的人間関係苦手勢しかいないぞ、この部屋。
私は、軽く絶望してそっと目を閉じる。
とりあえず、女公爵様のお相手として、戦闘力的な部分ではキシュテムさんは合格してるらしい。
後は、王宮内での影響力だとか、大臣たちとの関係をどうバランス取るか……って能力を審査される段階に来てるそうだ。
就職活動で言うと、書類で受かって第一次面接もクリア、二次面接・三次面接に進んでるみたいな感じ。
女子にモテモテの伝説の悪魔だが、おじさん達にはどうなのか?
マーヤークさんとは、昔のよしみで何か仲良しになってるみたいだけど、セドレツ大臣あたりは遠巻きに様子見をしているっぽい。
キシュテムさんとセドレツ大臣……どっちも調子こきオジサンって感じだけど、方向性が違うもんね。
いっつも王様の隣に居る黒い棒みたいな大臣は、あんまり先入観とか持たず公平に接してくれるイメージだけど、伝説の悪魔にはかなり拒否感を醸し出していたので難易度は高そう。
ほかの大臣さんたちは、日和見的というか率先して目立つ行動はしない雰囲気なので、攻略するとしたらセドレツ大臣か黒い棒の大臣の2択だと思う。
「セドレツ大臣なら、私も話しやすいと思いますし……よかったらお食事会でもセッティングしましょうか?」
「うーん……無理してまで距離詰めたいと思えないんだよねぇ……そもそもこの書類、彼から渡されたモノだし」
「あ、そうだったんですね」
キシュテムさんは、既にセドレツ大臣から何かレクチャーされてたらしい。
テーブルから落ちた1枚を拾ってチラッと見ると、大臣たちの活動方針や趣味、好きな食べ物などの個人情報がこまごまと書かれている。書類としては、文官さんが書いたであろうカッチリとしたカリグラフィみたいな文字で清書されているが、ところどころにセドレツ大臣の手書きらしきメモが赤で書き込まれている。
こういう情報を全部事前に頭に叩き込んで努力してるのかと思うと、セドレツ大臣のわざとらしい演技もなんとなく許せる気分になった。
キシュテムさんのために写しを作ったというよりは、セドレツ大臣が自分用のメモを貸し出してくれたのだろう。
たぶん、チュレア様から内々に頼まれて、キシュテムさんの助けになってほしいとでも言われたんじゃないかな?
当のキシュテムさんは、ありがた迷惑に押しつぶされそうになっているが……ときに善意は負担になるものなのだ。
「俺だって、チュレちゃんのためには手間を惜しまないつもりだけどさぁ……ここの王様とか大臣は正直どうでもイイんだよね」
「チュレア様との関係を利用されたくない……ということですか?」
私が、ヘスダーレン卿が孤立していった理由のひとつに、この悪魔がかなり絡んでいそうだと思いながら質問すると、キシュテムさんは俯いたまま目だけこちらに向けて困ったように笑う。
「あの兄王は空虚だから、チュレちゃんみたいな魅力を感じない。チュレちゃんがミドヴェルトのフォンダンショコラだとすると、あの兄王は風味が抜け切ったぬるいお茶みたいなイメージ? 面白味に欠けるよぉ〜! そんな奴のために、俺、頑張れないよぉ〜☆」
こいつ……
やはり、悪魔は悪魔でしかないってことなのか?
でも、キシュテムさんの言い分は少しわかるかも……
王様って、魔族の割に攻撃的ではないし、どっちかと言えば優しいけど、どうも投げやりっていうか……冷たいのとは違う謎の距離を感じるよね……
人情に敏感な伝説の悪魔キシュテムさんは、どこか人間味に欠ける王様に違和感を持っているのだろう。
もっと怒ったり、焦ったり、悔しがったりするような、おもしれー王様がお好みだったらしい。
とはいえ、現実世界でもそうだけど、王族とか貴族ってあんまり感情を見せないのがマナーだったような……
それって、こういうヒマな悪魔に面白がられて取り憑かれないようにするためだったのかもしれないね。
……などと考えていると、私の反応の薄さに我慢がならなかったのか、キシュテムさんがマーヤークさんに泣きついた。
「どうしよう! 俺、とうとうミドヴェルトにも見捨てられたよ、マーちゃんッ!!」
「まさか……ミドヴェルト様は少々考え事に耽っているだけですよ」
そう言いながら、ニッコリとこちらを見る執事悪魔に、私は今回の遠征が必ずしも楽しいだけじゃなさそうな……ぶっちゃけ面倒な予感がしてしまうのだった。




