1.『それぞれの帰還』part 3.
エンヘドゥアンナさんは、私と顔がそっくりさんなので、この魔国ではすぐに溶け込めたみたいだった。
試しに教会のロプノール大司教様に紹介してみたんだけど、特にこれといって面白い反応はなかった気がする。
その帰り道にアトリエの近くを通ると、マルパッセさんに見つかってお茶をいただくことになっちゃって、エンヘドゥアンナさんは青髪悪魔のロンゲラップさんと意気投合していた。
やっぱり好みとかも似てるのかなぁ……?
初めて会ったとき、エンヘドゥアンナさんは勇者様にも一目惚れしていたし、私と好きなものが丸かぶりなのだ。
そういえば、一度お夜食で提供した、厨房のおばちゃんのぐるぐるパンも好きだと言っていたような……
あれって、私の大好物なんだよね……気に入ってもらえて嬉しい反面、ええ!? やっぱり!? と少し怖くもなったのだった。
あんまり深く考えたことなかったけど、私ってエンヘドゥアンナさんと、一体どんな縁で繋がってるんだろう?
現実世界では、似た顔が3人いるとか、双子は運命も似ているとか言われてたけど……
……ま、まさか生き別れの双子じゃないよね?
「お前、またおかしなことを考えているのか?」
急に隣りを歩くベアトゥス様が、私の顔を覗き込んで額を突き合わせる。
「んな、何ですか!? 熱なんか無いですってば!!」
ちょうど西の森ホテルのエントランスが見えてきて、私は話題を変えることに成功した。
◇◆◇・・・◇◆◇・・・◇◆◇
「新婚のプレゼントが何かなんて、私は聞いていないわよ?」
休憩がてら西の森散歩コースを歩こうとしていたエンヘドゥアンナさんが、タイミングよく1階のロビーまで降りてきていたので、私たちは一緒に湖畔を歩くことになった。
「ですよね……すみません、休憩のお邪魔をしてしまいまして……」
「ま、まあ……私も伝言係になっちゃったわけだし、あなた達がそこまで困るだなんて思ってなかったから……悪かったわ」
「あ、いえ全然、エンヘドゥアンナさんは悪くないんですけど」
まあ悪いとすれば精霊女王ベリル様の日頃の行いですね……などと思いながら、私は自然あふれる道をぼんやりと歩く。西の森には結構でっかい蜘蛛の魔物がいたりするんだけど、ホテルと湖の周辺は私の結界で安全が確保されているのだ。
その予定だったんだけど……
「ミドちゃん! ひっさしぶりぃ〜! 元気だった? ん?」
西の森ホテルから一番遠い位置まで歩いてくると急に陽気で馴れ馴れしい声がして、私たちの目の前に突然、宙に浮かんだ精霊女王様が現れた。
……なーんか、前もこの辺りで同じような現れ方した気がするんだけど……?
さすがに危害を加えられる心配はしてないけど、念のため、横にいる勇者さまを抑えなきゃな……と思って隣を見ると居ない。
あ……すでになんか手合わせ始まってた……
でも、お二人ともニヤニヤしてるから、まあ本気ではないだろう。やらせとけばいいのさ……
「あなたも大変ね……」
なぜか憐れむような声でエンヘドゥアンナさんに労られ、私は何となく徒労感に気づいてしまう。
「気づかせないでください……」
「悪かったわ」
やっぱり、私とエンヘドゥアンナさんは、いろいろ似ているようだ。
似てないところがあるとすれば、女子力ぐらいではないだろうか……
しかしまあ、適度なところで止めないと森が無くなるかもしれない。
西の森は王家がイベントに使うせいか保護区みたいになっており、執事悪魔のマーヤークさんが許可申請してくれた区域以外は、無闇に木を伐採したりしてはいけないと言われている。
「お二人とも、あまり暴れないでください!」
最近効果があんまり感じられないけど、私は右手に勇者様の心のコア、左手にベリル様の苦手なバニラエッセンスを持って掲げる。
すると、やっぱりただのプロレスだったのか、勇者様とベリル様は大人しく私の近くまで移動してきた。
「何だよミドちゃん、これからがいいとこだったのに〜!」
「嘘つけ! やられ掛けてたのはそっちだろうが!」
子どもか……
この世界最強の存在である精霊女王のベリル様と、その相手を普通にこなせる勇者ベアトゥス様は、犬猿の仲のように見えて意外と相性がいい。……と思う。
もしかして、私が居なかったらもっと仲良くできてたのかな……?
最近、何となく睡眠不足で、マイナス思考にとらわれがちかもしんない。
疲れてるのかな……?
……なんて、流されちゃダメダメ!
とにかく、ベリル様の『新婚のプレゼント』とやらを聞いて、どうにか無難にトラブルを回避しなければ!
「ベリル様、こちらのエンヘドゥアンナさんにお聞きしたんですけど、何かプレゼントがいただけるんですか? 私たちにはお気遣いなく……」
「あ、聞いちゃった? 聞いちゃったんだ!? じつは……」
「何もいらんぞ! お前は早くホリーブレに帰れ!!」
「じつはねぇ……!」
「おい、俺を無視するな! 聞け! 帰れ!!」
「じゃじゃーん!! 時を遡れる魔道具『インペルフェット』!」
ベリル様が、あまりにも某猫型ロボットのような発表の仕方をするので、私は思わず笑ってしまう。
その無意識の隙に入り込まれて、私と勇者様は大草原のど真ん中に飛ばされてしまった。
周辺の風景が、広大な盆地のようなものに一瞬で変わり、湖畔の道もなければエンヘドゥアンナさんも見当たらない。
いや、私たちの手を魔道具インペルフェットに無理やりくっつけているベリル様もご一緒だ。
「おま……!! ここは何処だ!? 俺たちをどうするつもりだ!?」
「ベアトゥス様、落ち着いてください……」
「そうだぞ、人間の勇者、落ち着け」
「貴様だけには言われたくない!」
ベアトゥス様は、ベリル様にひとしきり文句を言った後、私に抱きついて「すまん」と謝った。
それを見たベリル様は「ゔっ……」と嫌そうな顔をしながら後ずさる。
「ま、まあ……新婚旅行には行けなかったんだろ? だからさ、これで好きな時間を旅行すればいいじゃん、ね? じゃあ俺は行くから、あ、戻り方はこのボタン押すだけ。ミドちゃんならわかるよね? 楽しんで!」
「あ、あの! ベリル様!? ……あ、消えた」
はぁ……まさか対策を立てる前にどこかに飛ばされてしまうとは……
私に抱きついている勇者様は、落ち込みモードになっていてしばらくは使い物にならないだろう。
体がでっかい分、メンタルが落ちると本当に動かすのが大変なのだ。
まずは、ここがどこか把握しないと……
なんて思いながら、私は何となく見当がついていた。
大草原を囲む山脈、万年雪の山頂、そしてこの短くて黄色っぽい芝草……
「メガラニカですね、ここ……」
「何!? そういえば、いやしかし気温が高い……まさか」
「そのまさかでしょう。地竜が生きている過去のメガラニカに来ちゃったんですよ、私たち」
取り敢えず、建物が見えるところまで歩いてみようということになって、私たちは盆地の中心部を目指して進んでみた。
しばらく行くと、円形にくり抜かれた大きな窪地に、少し高低差のある緑の丸いテーブルのような台地があった。
いかにもファンタジーな高い城があり、その周りを色とりどりの建物が埋め尽くす。
え……待って? メガラニカって全体的にベージュ色の豆腐建築だったよね……?
こんな、レベル高い雰囲気だったっけ??
そんでもって、この秘境地形は何?
「懐かしいな……」
勇者様は、やっと私を離してくださり、夢のような神国メガラニカを見渡している。
やっぱり、夫の実家は見ておきたいよね!
ベアトゥス様がすぐ帰るとか言い出さなくてよかった……