2.『コリオリちからに逆らうな!』part 19.
「あなたたちがあの谷に戻りたいというのなら……お手伝いできるかもしれません」
気がつけば、自然とそんな提案が口をついて出てきていた。
すると、元彼は驚いたように顔を上げる。
「いや、無理すんなって。俺の顔なんか、もう2度と見たくないだろ?」
「それはそうなのですが、アジュガ族の方たちの言葉がわかるのは、今のところ私だけのようなので……」
「そうなのかよ……あ、いや、悪りぃ。いいよ、気にしないで」
私だって、好き好んでお手伝いしたいわけじゃないんだけど、どうせ魔国の援助は必要となるだろう。
植物研究所のスピロさんたちが、アジュガ族の言葉を翻訳するための研究をしてくれているけど、まだ実用できるまでには時間がかかるはずだ。
そうなると、遅かれ早かれ、私は駆り出されることになる……と思う。
この元彼は、転生者なので公爵様たちと話が通じたみたいだけど、ほかのアジュガ族の皆さんはそうもいかない。
アジュガ族は好戦的で排他的な種族なので、元彼が転生者という事情も伏せておくこととなっており、元彼が表立って通訳をするわけにもいかないらしかった。
私の解釈が正しいのかどうかはわからないけれど、精霊女王のベリル様は、きっと誰かのために行動しろと言いたいのではないだろうか?
それも、親しい仲間や愛する者のためだけじゃなく、少し嫌いな奴のためにすら動いてみろってことなのかもしれない。
こんな事をしたからといって、何か私にメリットがあるのかわからないけど……直感的にやったほうがいいと思った。
「そんじゃま、私のほうから報告書を上げておきますね。後は……文官さんがどうにかしてくれると思うので、失礼します」
「ああ、どうも。話聞いてくれて、ありがとう。助かったわ」
「オメーのためじゃねぇけどな?」
「ぅわ……わかってるっつの! ったく、かわいくねーな……」
「は? なんか言った?」
「なんでもねーよ。じゃあな」
「ん」
◇◆◇・・・◇◆◇・・・◇◆◇
次の日、私はキシュテムさんと勇者様を交えて、転生組のお二人と話し合いをすることになった。
「……というわけで、まずはアジュガ族が住んでいた谷の調査をすべきと考えます」
私が資料を見ながら報告を終えると、公爵様が貴重なご意見をくださる。
「その……どういう理由で、ミドヴェルトさんが元彼さんに協力することになったんですか……?」
すると、軽くベアトゥス様が不機嫌になって、メガラニカ公が堪えきれずに下を向いた。
野郎……笑ってやがんな……?
メガラニカ公は、お友達でもあり義妹でもあるヒュパティアさんの夫だから、表立って嫌うとか無視することはできないけど……マジで酷い奴である。
ベアトゥス様の不幸を喜ぶ真の敵と言ってもいい相手なんだけど、亡国の王だし、まあまあ賢い転生者なので敵に回したくはない。
私がそんなことを考えながら、一体どうしてくれようか……ギギギッ! となっていると、現在進行形で遠征隊のリーダーになりかけているっぽい伝説の悪魔キシュテムさんが、適度に気の抜けた声で危機を回避してくれた。
「ミドヴェルトは、アジュガ族の言葉を通訳できるから、どっちみち召喚されたと思うよ? それよりさぁ……そのアジュガ族にとっては、谷が大事ってこと? それとも、その周辺の土地なら地形は関係ないの?」
なんと、優秀な部長みたい……!
日頃のチャラ悪魔ムーブがまるで嘘のように、スムーズな会議回しをするキシュテムさんに対し、私は思わず賞賛の眼差しを送ってしまう。
「そこら辺の詳しい事情は、植物研究所のほうで調べてくださるそうです。アジュガ族自身は、慣習として谷から離れると具合が悪くなっちゃうって知ってるだけで、因果関係とかは、まだはっきりわかってないみたいですね」
「ふーん……まあ現実的な話として、谷は溶岩で埋まってしまったという報告は来てるみたいだし、あんまり理想的な解決ってことにはならないかもね。そういった事情が、アジュガ族に伝わってるならいいんだけど」
さすがに私もそこまでは把握していないので、キシュテム部長の懸念は、後でしっかり確認しなければ。
なんか、久しぶりに会社で働いてるみたいな気分になって、私はやる気スイッチがオンになる。
あれやって……これやって……あ、その前に一応、あの確認を取ってからあっちに話を持っていって……よっしゃ! やったるで!!
◇◆◇・・・◇◆◇・・・◇◆◇
面倒を持ち込んでくれた精霊女王のベリル様は、あれから全然現れてくれない。
まあ、完全な布に変身できるとなると、知らないうちにその辺のローブだとかハンカチになっている可能性もあるけど……
あのベリル様が、そんなさりげないアプローチするかな?
何となくだけど、わざと気づかせたり、我慢できずにアピールしたりしてきそう……
だいたいベリル様が隠れる意味なんてないし、もし隠れたとしても、勇者様とかアイテールちゃんが存在を察知してしまうだろう。
もしかしたら、結果が出た頃を見計らって、急に現れるのかもしれない。
忙しく動き回りながら、私はほんの少しだけ引っ掛かりを感じていた。
なんか忘れてるような気がするけど……なんだろう?
書類を抱えて王城の廊下の角を曲がると、前が見えなくて誰かとぶつかってしまった。
「ム、ムー!」
「あ、ごめんフワフワちゃん! あ、じゃなくて王子殿下……」
「……私のことはお気になさらず」
うっかりフワフワちゃんを紙に埋もれさせてしまい、慌てて書類を拾い集めていると、マーヤークさんが1枚拾ってくれた。
それを手渡してくれながら悪魔的な薄笑いを浮かべる執事さんに、私は軽く頭を下げる。
魔国の王子様であるフワフワちゃんには、タウオン・イム・ジェヴォーダンという立派な名前があるのだが、なぜか王子殿下って呼ぶよりフワフワ呼びをお望みなので、周囲の目が無いときは好き勝手に呼ばせてもらっているのだ。
最初の頃は、この執事悪魔のマーヤークさんにちょいちょい怒られていたので、いまだに言い直してしまう。
今はすっかり丸くなった執事さんだが、フワフワちゃんに危害を加えるものに対しては、途端に厳しい表情を見せる。
この悪魔は、魔国を定年退職した後、どうするつもりなんだろうか……?
「ふむ……アジュガ族ですか……」
「ご存じなんですか? マーヤークさん」
「いえ、植物族には疎いので、寡聞にして存じ上げませんでした」
「はあ……そうですか」
……アジュガ族が植物系魔物だっていう情報は、拾ってもらった書類に書いてあったっけ?
この悪魔は、もう長いこと魔国の王城に勤務しているので、大抵のことは知っているはずだ。
とはいえ、植物研究所でも調査がはじまったばかりの種族だし、本当に知らないのかもしれない。
私が変な顔をしているのに気付いたのか、マーヤークさんは薄く笑って言葉を繋ぐ。
「以前、ミドヴェルト様もご一緒いただいた火山の噴火口に、うるさい巨人が居たのをご覧になったでしょう。アレが今、援助要請をしておりまして……王子殿下と私も、ミドヴェルト様の御一行に加えていただくことになりそうなのです」
「え……あ! あの親戚のおじさんみたいな!?」
「ええ、丁度そのご相談をさせていただきたく、お部屋に伺う途中でした」
「そうだったんですねー!」
今までいろいろあり過ぎて、すっかり忘れかけていたけれど、噴火した火山というのはフワフワちゃんの知り合いだったようだ。
火山が知り合いというのも、なかなかファンタジー感あふれている。
確かあのときは、すごい気安い感じで「おー! 元気だったかー?」みたいなことを言ってた気がするけど……
援助要請って……火山に対して何かできることあんのかな?
まあ、魔法とか……なんか方法が有るのかもしれない。
最近、フワフワちゃんとはあんまり一緒に遠出していなかったので、久々に楽しい遠征になりそうだ。
私がちょっとウキウキしながら自分の部屋に入ると、中には書類に埋もれて既に死にかけた伝説の悪魔がいた。
ついでに、ご機嫌斜めで窓に寄りかかっている勇者様までいる。
どんな地獄なの、ここ……
「あーやっと来たー! ミドヴェルト助けてよぉ〜!!」
「な、何がどうなっているんですか?」
シンプルに仕事するだけでも忙しいってのに……まさかトラブルでも起きたのだろうか?
私は軽くめまいを覚えながら、優秀だった部長の成れの果てを、仕方なく介護することにした。




