2.『コリオリちからに逆らうな!』part 11.
「遅いですね……」
「申し訳ありません。しかしキューリックを信じてください。彼はきっと帰ってくるはずですから」
夕暮れが終わりかけになっても、伝説のプラントハンターは最初の草原に姿を見せなかった。
どっちみちキューリックさんを置いていくわけにはいかないので、今日はここで野営するほかないだろう。
騎士を目指して日々訓練しているというパート家次男が、無言で焚き木の準備をはじめる。
こういうとき、ひと声かければ場の空気も良くなるのにさぁ……
無言の圧でもかけてんのかと思っちゃうじゃん……
いや、かけてるね。このトカゲモブは。
私は、スピロ教授のご機嫌を損ねたのではないかと焦って、チラリと様子を窺う。
辛うじて、パート家次男の失礼な態度には気付かれてないようだ。スピロさんは、手元の紙に何やら細々と書き付けながら、眉根を寄せて難しい顔をしている。
きっとすごくキューリックさんを信じているんだなぁ……
スピロさんが今している作業は、キューリックさんがどうなってるのか考えることじゃなく、あの伝説のプラントハンターが帰ってきたらどうするかっていう段取りを考えることらしい。
もしかしたら帰ってこないかもしれない……なんて、心の中では考えてるかもしれないけど、表面には一切出さないのだ。
他人を担保するって、人付き合いの苦手な私には到底できないことだ……
いや、もしかしたら勇者様のことは皆んなに信じてもらえるだろうか?
人を信じることって、なかなか手放しではできないよね。
私も、スピロさんみたいに誰かを信じて、強い意志で推せるようになりたいものだ……
いや、推し……?
推しなの……??
推しと言うならば、私にだって青髪悪魔のロンゲラップ大先生がいるわけだが……?
スピロさんとキューリックさんの関係性を整理しきれていない私は、謎の思考回路で伝説の錬金術博士にたどり着いていた。
伝説のプラントハンターに対し、こっちは伝説の錬金術博士だよ! 負けてないね!!
などと考えていると、スピロさんが「あ!」と声をあげて一点を見つめた。
「やあ、ラリティー君」
「遅いぞ、キューリック!」
「だがしかし、夕日はまだ我々の目に見えているはずだ……ギリギリ間に合ったというべきかな?」
余裕ぶった物言いで草むらを歩くキューリックさんは、近づけば近づくほどその姿がボロボロになっているのがわかる。
な、何があったの……?
私とスピロさんは唖然として、一瞬反応が遅れてしまった。
すると、ズルリとキューリックさんの体が前のめって倒れる。
「キューリック!!」
スピロさんが慌てて駆け寄り、ギリギリのところで抱きとめた。
よく見ると、伝説のプラントハンターは、そこかしこ切り傷や打撲だらけで痛々しい。呼吸も浅くて、すぐに治療が必要なことが私にもわかるレベルでヤバそう……
スピロさんは、助手さんにテキパキと指示を出して、素早くキューリックさんに応急処置を行なった。
「ミドヴェルトさん、申し訳ないが一刻を争います。魔道具の帰還ボタンを押していただけますか?」
「は、はい! 皆さん、一緒になって、お互いをしっかりつかんでください! キシュテムさんとマーヤークさんもつかんでますか? いいですか? 行きます!」
ポチッと!
私は、たしかにメガラニカの霊園で勇者様と一緒に押したように、魔道具『インペルフェット』のボタンを押した。
……でも、何も起こらない。
「あ、あれ? えーと……え、なんで? なんで?」
焦って何度もカチカチとボタンを押す私の手を止めたのは、ボロボロのキューリックさんだった。
「やはり僕の仮説が当たっていたようだな……この空間では、ほとんどの魔法が無効になるようだ……」
「え、魔道具も使えないんですか!?」
「キューリック、どういうことなんだ?」
スピロさんが不安気に尋ねる。
「以前、僕は依頼された植物を探している最中、同じような空間に迷い込んでしまったことがあるんだ……あれはこの大陸から遠く離れた、ある小さな島での体験だ」
キューリックさんの話は、伝説の名に恥じない、奇妙奇天烈なものだった。
◇◆◇・・・◇◆◇・・・◇◆◇
「その島は、まだ誰にも探検されたことのない、手付かずの大自然に満ち溢れていた……依頼された植物は早々に発見できたのだが、僕は生来の好奇心に逆らえず、もっと島の奥地に入ってみようと考えた」
元の時間軸に帰れないことが判明したので、私たちはとりあえずその場で野営することになった。
以前ベリル様が説明してくれた、私の帰還魔法で帰れる説も、魔法が使えない空間ではどうにもならない。
今は、みんなで焚き火を囲みながら、アウクバ・キューリック氏の冒険譚を聴いている。
キューリックさんは、スピロさんの手当のおかげか、さっきよりもだいぶ落ち着いているようだった。
「自分の背丈よりも大きな草を分け入って進むうちに、僕は小さな水辺をみつけたのだ……そこは池と言うにはあまりにも小さい水辺だった……そうだな……ちょうど植物研究所の周囲に広がる湿地のようなものだが、規模はずっと小さい。そこに、小さな維管束植物らしきものが生えていたのだ。触れてみると少し硬い。その植物は、表面がクチクラ層で覆われており、シンプルな構造だった。もしかしたら、維管束植物に進化する前の陸生植物かもしれない。僕はそう考えて、興奮のあまり無意識にその植物を採取しようとした」
少し咳き込んだキューリックさんに、スピロさんがせっせと布をかけてあげている。
傷のせいで熱が出ているらしいキューリックさんは、首まで布をぐるぐる巻きにしていた。
「しかし、僕の不用意な行動によって、その植物を刺激してしまったようだった。奇妙な形の胞子のうは、楽器のようにも見えた。そこから薄い緑色の光が周囲に広がって、僕はその植物に囚われてしまったのだ……」
「その植物が、ここにもあると言うのか?」
スピロさんが、相槌を打ちながらキューリックさんの汗を拭う。
伝説のプラントハンターは、フルフルと首を振りながら「わからない」とだけ答えた。
「同じ種ということはないだろうが……少なくとも系統は一緒だろうね。この状況は、あのときに感じた違和感と非常に似ているのだ」
「それで? 結局なぜそんな怪我を負う羽目になったのですか? 俺たちは今、あなたの思い出話を楽しめるほど余裕はないんですよ」
パート家次男のリヴァル君が、失礼極まりないツッコミを入れてくれた。
いや……どう考えても、今、関係ある話の途中だろ……?
こいつの知能、いったいどうなってんだよ……怖いよ。
でも、あんなに有能そうなアウクバ・キューリックさんが何故ボロボロになっていたのかについては、私も知りたいところだ。
このバカ……使えるバカなのかもしれないな……
現実世界でいうところの『バカとハサミは使い様』という諺を思い出しながら、私は興味津々でキューリックさんを見た。
「たしかに君の言うことも理解できるよ。だがしかし、物事には順序というものがあるのだ……私が今からする話は、君たちに希望を与える結果にはならないかもしれない……しかし、我々は前に進むことができるだろう。少なくとも僕はそう望んでいるのだ……」
キューリックさんは、トカゲモブ貴族のリヴァル君に穏やかな声で話しかけた。
やっぱ、いろいろな経験をしてる人って、アホな若者に多少失礼なことをいわれても怒んないんだなー……
私もキューリックさんを見習って、脊髄反射で怒らないように気をつけよう。
でも、パート家次男には、きちんと怒ってくれる人がまだ必要だと思う。
不肖、王子殿下の教育係としましては、どんな若者にも教育的指導をしていきたいものですね。
などと考えていると、キューリックさんはとんでもないことを言い出した。
「あの松は、どうやら人に寄生するタイプの裸子植物だったようだ……この傷は、そいつにやられたものなのだよ」




