1.『それぞれの帰還』part 2.
仕事終わりに厨房に行くと、ドアの向かいに寄りかかってベアトゥス様が待っていた。
「あ、お待たせしちゃいました?」
「いや、問題ない」
さっきの今で厨房のスタッフさんに会いたくないとか思っちゃってたけど……この筋肉勇者様は気を使ってくれたのか?
できるだけ自然に振る舞うようにしながら、ベアトゥス様に並んで歩く。
歩幅が違うので、なんとなく小走りになりながら付いていくと、ふと立ち止まって勇者様が言った。
「すまん、考え事をしていた」
「え?」
私がよくわからないまま返事をすると、ベアトゥス様は私の足元を見て、無言で手を差し出した。
……繋ぐってことかな?
私も何となく無言で、差し伸べられた手をつかんでみる。
すると、力強くギュッと握られて、何だか恥ずかしくなってしまった。
……中学生かよ……いやいや、新婚!
私って、こんなにウブだったかなぁ……?
現実世界の友達は割とドライだったので、私も釣られて何だか冷めた感じで居たけれど、もっと素直な気持ちで行動すればよかったのだろうか?
もしかしたら、歴代の彼氏とも、もっと仲良くできたのかもしれない。
なんてことを考えていると、夫となった勇者様が鋭いツッコミを入れてくる。
「まさか、他の男のことを考えていたのではないか?」
「そ、そんなワケ……何でそんなコトッ!?」
「図星か」
「違いますよ! なんか私たちって新婚さんだなぁと思ってしまっただけで……」
「お、お前はまたッ……よくそんな恥ずかしいことが言えるな!」
「え、だって先にベアトゥス様が手を繋いだりするから……」
「これくらい、好き合った者同志なら普通のことだろうが!」
「いや、そうなんですけどッ!」
え? 何……? なんか喧嘩っぽくなって来ちゃったよ?
せっかく仲良くしてたのに……! また私のせいでダメになるのかな?
脳内で過去を悔やんでいる最中だった私は、勇者様といつもの軽口を叩き合うことができなくて、なんか急に泣けて来た。
現実世界では失敗ばかりの人生だったけど、この異世界では悔いなく生きていきたい。
愛する旦那様に伝えたい言葉は、こんなんじゃなくて、もっと甘い言葉のはずだったのに……
「おい、おいおい……どうした? 泣くなって……」
「だ、だって……せっかく結婚できたのに……なんだか喧嘩ばかりしてるみたいでぇ……」
「喧嘩なんかしてないだろ? ……すまん、俺も余計なことを言ってしまった」
「すびばせ……わらしがわるいんれす……うぅっ……」
「わかった、わかったから泣きやめ、な? お前は悪くない。ほら、もうすぐアトリエに着くぞ?」
すっかり駄目モードになった私を、ベアトゥス様は子供のようにあの手この手であやしてくれる。
最終的に優しく抱きしめられて、私は少し我儘な気分になってしまった。
「……行きたくないです」
何だかもう、すべてが面倒くさい。王城の裏庭にはチラホラと赤や紫の花が咲いていて、ワサワサ茂る緑とのコントラストがすごく綺麗だ。
「もう少しこのままで居てもらえますか……?」
「お、おう……お前が落ち着くまでこうしている」
こんな綺麗な場所でベアトゥス様と抱き合っていると、悩んでいたことも忘れてあったかい気持ちになれそうだ……
妖精王女様には、私が逃げるから勇者様が不安になるのだと言われた。
逃げてるつもりはないんだけど……
もっと積極的に愛情表現しろってことかな?
当社比でかなり頑張ってるんだけど、まだまだ足りないのかもしれない。
そう思って位置的に勇者様のお腹の辺りに顔をスリスリすると「やめろ……」と低めに注意されてしまった。
なぜだ、猫の愛情表現なのに……解せぬ……
◇◆◇・・・◇◆◇・・・◇◆◇
「だからといって、アトリエのドアの前で仲睦まじい様子を見せつけていた理由には、程遠いと思うがね」
買い物から帰った助手の堕天使マルパッセさんに見つかって、私たちは渋々アトリエに招き入れられることになった。
さっき居たはずの青髪悪魔ロンゲラップ大先生はどこかに行ってしまい、奥の部屋で研究していたのはヴォイニッチお爺ちゃんだった。手がプルプルしてるので、介護のお弟子さんがそっと手を押さえてくれている。
マルパッセさんは、実質的にアトリエのすべてを把握している主のようなもので、青髪メガネ錬金術師の行動もほぼ読める域に達していた。
助手になりたての頃は結構アタフタしていたのに、実はすごい優秀なんじゃないかな……?
初めて会った頃は、何かミスをして孤独な闇の中に閉じ込められていたみたいだけど、一体どうしてこうなったのか。
天使さんの上層部となる強化人間さんと知り合いになってしまったので、何となく非難しづらいけど、優秀な人材を使い潰しているのではないか?
下っ端天使さんはメカみたいなもんらしいけど、AIだって進化するもんね。現にマルパッセさんは人格あるっぽいし、厨房で働く天使さんもおばちゃんの話し相手としてかなり優秀らしい。
ドンクファンネル級のバルテルミさんだって、ちょっと無口だけど、好きな謎肉シチューのためにプライベートで地上に降り立ったりするのだ。
みんなそれぞれ個性があって、結構人間味を感じるよ。
でも宇宙船ウツロブネU2-6203を統轄している船長のサリフェンリーザさんによれば、ソードフィル・フォース・ガーディアンズ所属の天使たちは、常に全体のための歯車であれと教育されているらしい。
だから、個性を持ってはいけないのだとか。
マルパッセさんたちは、私たちとの外交に有効であると判断されて、特別に自由行動を許されている存在らしい。
アトリエでマルパッセさんにお小言を聞かされている間、私はそんなことを考えていた。
「なんだ、もう来ていたのか」
いい加減、ベアトゥス様が退屈で暴れ出しそうな雰囲気になったところで、アトリエのドアがガチャリと無遠慮に開いた。
このアトリエの真の主、青髪悪魔のご登場である。
今日相談に行きますって前もって言っといて良かった……
そうじゃなかったら3日くらい素材集めの旅に行ってしまうと、マルパッセさんが言っていたし……
私たちの訪問を意識して、ロンゲラップさんなりに早めに帰ってきてくれたのかと思うと、少し嬉しかったりもする。
とはいえ、相談内容が相談内容なもんで、どうにも気が重いのよね……
◇◆◇・・・◇◆◇・・・◇◆◇
「で? 精霊女王の『新婚のプレゼント』など、受け取っておけばいいだろう」
「まあ、そうなんですけどぉ……」
「そんなわけに行くか! またワケのわからんことに巻き込まれるだろうが!」
精霊女王ベリル様は、かなりの気まぐれで私たちを振り回してくれるこの異世界の最強存在だ。
だから、ご本人に悪気がなくても、何かとてつもなく酷い目に遭わされる可能性は否めない。
そもそも、どうして結界が強すぎるとか言っていたのか……ん?
「そういえば、ベリル様が私たちの結界のことを言っていて……」
「ああ、そういえば俺も聞いたな。二人とも結界について心当たりは無いのだが」
「結界? ……そういえばあのリボン……」
青髪大先生が勇者様の魔法のリボンの件を話しそうになったので、私は慌てて話題を変える。
「そ、そうでした! 直接ベリル様からお話を聞いたという、エンヘドゥアンナさんに当たってみましょう! もう少し詳しいことがわかるかもしれません!」