2.『コリオリちからに逆らうな!』part 5.
「お疲れ様です、ミドヴェルトさん」
ひと通りの資料をまとめ終えると、ゴッドヴァシュランズオルム植物研究所の特別研究員であるスピロ・ラリティーさんは、私に労いの言葉をくださった。
「いえ、皆さまのお役に立てたのなら良かったです」
「役に立つだなんて! あなたが居なければ、私たちの研究は後10年ほどは停滞していたでしょう」
リップサービスとわかってはいても、褒められて悪い気はしないもんだ。
挨拶がわりに褒めてくれる人は大好きだ。
「あ、ありがとうございます!」
「ところで、アジュガ族の表音文字を作ってみたので、ご確認いただけますか? 簡単な単語表と発音記号も作成しましたので、間違っていないか見ていただけますと幸いです」
優しいだけでなく、ガチで優秀だな、スピロさんは……
白い髪をボサボサのまま放置している特別研究員のスピロさんを見ながら、私はこの人いつ寝てるのかな? と思う。
渡された表を確認すると、すごく丁寧に作られていて、完成系のローマ字表みたいだった。対応する魔国文字も一緒に表記されていて、すごく便利そう。
「あ、はい! ……これで大丈夫だと思います。アジュガ族の方にも魔国語を教えるんですよね?」
「ええ、ミドヴェルトさんをあまりお引き止めしては、王城からお叱りを受けてしまいますから……」
「あの……大変厚かましいお願いかもしれませんが、この表の写しをいただくことはできませんか……?」
「あ、はい勿論よろしいですよ! あなたのご尽力でできたものですし!」
「いいんですか!? ありがとうございます!!」
この雛形があれば、アジュガ族の言葉のところを別の言語とかに置き換えて使えるよね?
王子殿下の教育係としては、言葉の通じない種族をできるだけ穏便に取り込んでいきたいのだ。
ホリーブレの上位精霊さんたちや、高度な翻訳機を所持している天使さんたちは、こっちに合わせてくれるからあんまり問題ないけど、そうでない一般の外国人は言葉が通じなくて困ってる人も多いみたい。
言葉がわからないと、いい仕事に就けなかったり騙されたりして、いろいろ搾取されてしまう場合もあるらしいのだ。
でも魔国の上層部の面々は、弱肉強食の自己責任論者ばかりなので、こういった方面に手を入れる素振りは見せない。
基本的に、魔国って福祉面が弱いんだよね……
その代わりというか、教会とか大貴族が、たまにパンとかを無料で寄付したりしている。
寄付文化が発展しているのも、何となく西洋ファンタジー感があって私は好きだったりするんだけど、社会的にはもう少し王様のほうで政治的にどうにかしないといけないんじゃないか……? と思うのだった。
魔国って、個人の努力は推奨する方針だけど、落ちこぼれには手を貸してくれないシビアなところがあるんだよね……
でも、子どもの頃にダメダメでも、学ぶ機会に出会って天才的な発明をする人だっているわけだし……
よし! ダメ元で、王様に学校作ってもらえるように提案してみよう!
移民は無料で学べるようにして……魔国民の底上げを目標にすればいいんじゃない!?
最悪、断られたらロプノール君と公爵様に相談すればいいのではないか?
ちょっと公爵様に頼りすぎかな?
でも今の時点で、すでに人間さんたちを結構受け入れてもらっちゃってるので、公爵領で言葉の問題はわりと優先事項なんじゃないでしょうか?
ホムンクルス姫に聞いた話じゃ、まあまあ話が通じてる部分もあるんだけど、何となくズレてて誤解の元になったりしてるんだよね……
私がそんなことを考えていると、廊下が何となくガヤガヤと騒がしくなって、私たちがいる部屋のドアが勢いよく開いた。
「ラリティー君! 間に合ったかな!?」
「キューリック! やっと戻ったか!!」
こいつら、仲良しだな!?
私は、全然カンケーない部分に注目しながら、二人の会話を見守った。
入室してきたのは、特別研究員のスピロさんが呼んだ名前から察して、どうやらプラントハンターのアウクバ・キューリックさんらしい。
髪色は茶色だけど、大きな革の鞄を肩にかけたキューリック氏は、スチームパンク的な謎の器具を頭に装着していて、ほとんど青髪悪魔大先生みたいな出立ちだ。
にこやかな表情とスピロさんに対する親しげな態度が、あ……別人なんだ……と気付かせてくれる感じ。
私が思わず凝視していると、伝説のプラントハンターであるアウクバ・キューリックは怪訝そうな表情を向けてきた。
ヤバい……下心が見えみえだったか……?
「ラリティー君、こちらのご婦人は?」
「ああ、君に松の木を依頼した王城の関係者で、ミドヴェルトさんだ。ミドヴェルトさん、お待たせしました。彼がアウクバ・キューリックです」
「ミドヴェルトです。よろしくお願いします」
「よろしく」
キューリックさんは、鷹揚な雰囲気で手を差し出してきた。よくわからないけど握手かな? と思って私がその手を掴むと、キューリックさんは「ふん」と頷くと「なるほど、そう来たか……」と何やらブツブツと呟いている。
そのまま伝説のプラントハンターは自分ひとりの世界に入ってしまい、残された私たちは何となく気まずい空気で無意味な会話を続けた。
「すみません、キューリックは度々こうした状態になることがあるんですよ……」
「ああいえ、お構いなく……お二人はだいぶ長いお付き合いなんですか?」
「いやぁ、どうでしょう……まだ数年といったところですが」
「そうなんですね……いえ、何だかお二人ともリラックスした様子でお話ししてらっしゃったので」
「ははは……これは失敬。皆さんの滞在期間中に、彼が帰ってくるか心配しておりましたものでつい……」
特別研究員のスピロ・ラリティーさんは、へにゃっと笑うと気まずそうに頭を掻いた。
スピロさんは、癒やし系なのかもしれないね……
スピロさんって、仕事に集中してるときはしっかりしてそうなんだけど、それ以外の日常では何だか抜けている。
そういえばさっき、廊下を歩いているときに手元に夢中で柱にぶつかっていたし。
「おい、ラリティー君! 早速で申し訳ないんだが、松の木はまだ苗の状態なのだ。これを今度の晩餐会で使うことはできないだろう。植物用の成長剤は用意できているかね?」
「ああ、君に頼まれていたからな。しかし、あの薬は草本には有効だが木本にはそこまで効かない。念のため作成できる限りの本数を用意したが……」
「不可能であっても女公爵様のご意向だ。やってみるしかないだろう。さあ善は急げだ! ミドヴェルトさん、あなたもご覧になりますか?」
「あ、はい! 見てもいいなら是非!」
急に颯爽と歩き出すキューリックさんに、私は慌ててついていきながら、松の苗ってそんなすぐに育つかな……? と、少し不安になった。




