2.『コリオリちからに逆らうな!』part 3.
「え、松のサンプルは……無いんですか……」
私はショックのあまり、ゴッドヴァシュランズオルム様の台詞をそのまま繰り返してしまう。
「ええ、そうです。松のサンプルは今現在、我が植物研究所には無いのですよ」
「そ、そうですか……」
これじゃ、チュレア女公爵様のご期待には答えられそうもない……
なんか物凄く楽しみにしてるっぽい感じだったから、ダメでしたとか言いたくないんだが?
あっそうだ! キシュテムさんに伝言お願いしちゃおうかな!?
チュレア様に「キー様」とか言われてるくらいだから、悪魔のカリスマか何かで、きっと許してもらえるよね!!
そうだ、そうしよう!
私がキラッキラの目で伝説の悪魔さんに視線を送ると、意外にもキシュテムさんは頭を抱えていた。
「えー? マジでぇ!? チュレちゃんはグルメだから、食への執着が凄いんだよ……もしかしなくてもこれ、年単位の仕事になっちゃうかもね……」
「え……そうなんですか……?」
チュレア様って、お上品な感じだから食べ物にあんま興味ないのかと思ってた……あーでも、セレブだしなぁ……一回気になったものに対する執着は、凄そうかも……
思わずセカンドオピニオンを求めた私が、長年チュレア様と交流のあるもう1柱の悪魔マーヤークさんに目を遣ると、そっと視線を外される。
これは……マジだな……
私たちがあからさまに意気消沈していると、ゴッドヴァシュランズオルム様はまったく問題ないという雰囲気で話を続けた。
「ああ、今は無いけれどね、キューリック君が到着すれば、あなた方にいい報告ができると思う」
口調が砕けた感じになっているのは、仕事モードからプライベートに切り替わったからなのか。
王城でご挨拶するときや、蛇男くんの話をするときなんかは、こんな感じで気楽なやり取りなんだよね。
まだ2〜3回しかお話ししたことないけど、ゴッドヴァシュランズオルムご夫妻は親しみやすくて良い人たちだと思う。
そんな方々なので、私たちに無駄足を踏ませないためにいろいろとお気遣いくださったのではないか?
このガーデンパーティーだって、もしかしたら時間調整のためのものかもしれない。
そう考えると、落ち込んでた気持ちが少し上向きになった気がする。
人の優しさって……ダイレクトにくるもんなんだね……
とりま、いただいたお茶を一口飲むと、不思議な清涼感が体中に広がる。
「あ、美味しい……」
思わず私が呟くと、夫人が嬉しそうに微笑んで説明してくれた。
「そちらは、新しく手に入れた茶葉ですのよ。精神を落ち着かせる作用があって、集中力が増すんですって。お仕事によろしいかと思いましてね」
「それはまさに今の状況にぴったりですね! さすが植物研究所のおもてなしです」
キシュテムさんが、すかさず夫人を褒めちぎる。
チュレア様の教育が功を奏しているのか、それとも天性のものなのか、こういったことに関しては本当に澱みなく口が回るよね。
いや、以前なら夫人の肩に腕を回したりしてもっと距離感がヤバかっただろうから、やっぱチュレア様にしっかり躾けられたと考えるべきだろう。
ところで、こうしてお茶をしてれば、そのキューリックさんが松を持ってきてくれるってことでいいのかな……?
「お話を戻してしまいますが、キューリックさんと言うのは、一体どういった方なのですか?」
私が質問すると、ゴッドヴァシュランズオルム様は、にこやかにお答えくださった。
「キューリックは、プラントハンターなのだ。過去には世界中を巡っていたらしいのだが、今はうちの専属になってもらっている。君たちから知らせをもらって、急遽、松の木を探しに行ってもらったんだ」
「え、お知らせを飛ばしたのは1週間前ですよね? そんな短期間で見つかるものなんですか? 松って……」
「さあ、どうだろうか……キューリックは場所に心当たりがあるようなことを言っていたから、探すというよりは取ってくるというような感じだったが……」
え、松ってあったの!?
じゃあ、場所を教えてくれれば、こっちで取りに行ったのに……あ、でも、魔国の関係者に場所を教えたら、侵攻されちゃうのか……
貴重な植物を守るって観点から見れば、やっぱり教えられないよね。
現実世界の田舎の考え方だと、山菜とかキノコだって、みんな自分だけの場所を誰にも教えないもん。それが常識なんだろう。
などと私が変に納得していると、使用人の方がそそくさと近づいてきて、ゴッドヴァシュランズオルム様に何やら耳打ちをする。
「なんだと!? 失礼、少々植物が騒いでいるようなので、我々は中座しますが……皆さんはゆっくりしていてください」
「え、ご夫人もですか? 私たちも何か手伝いましょうか?」
「あ、いえ、お気遣いなく。我々は都合であまり離れられないだけですので」
「申し訳ございません。失礼いたしますわね」
ご夫妻が行ってしまうと、給仕の方が新しいお茶をいれてくださった。
いやー、キシュテムさんじゃないけど、本当にさすがのおもてなしだ……
「もっと大変なことになるかと思いましたが、案外簡単に松の実が手に入りそうですね」
すっかりリラックスした私が謎の果物に手を出そうとしていると、付き人としてずっと無言だったマーヤークさんが口を開いた。
「ミドヴェルト様、おそらく騒いでいる植物とやらがこちらに向かってきます。お気を付けください」
「え?」
その言葉が終わるや否や、地面から尖った根っこのようなものが数本一気に突き出して、テーブルをひっくり返す。
「ひぇ……!?」
危なく串刺しにされそうだったけど、私の体は隣に座っていたキシュテムさんに引っ張り上げられて、ギリギリ助かった。
「大丈夫? ミドヴェルト」
「あ、ありがとうございます! これは……?」
「地下茎を自在に操る植物のようですね……植物系の種族は好戦的で凶悪なものが多いのでご注意ください」
そう言いながら、マーヤークさんは黒い靄を出しながら地下茎を押さえつける。
「本体はどこにいる!? 本体を探せ!」
「はッ!!」
キシュテムさんが護衛の騎士たちに指示を出し、皆さんはテキパキと散っていく。
「ふう……しばらくこうしているしかないかもね」
空中で私を抱き上げながら、キシュテムさんが軽薄にウィンクをした。
ははは……命知らずめ……
私は監視役のマーヤークさんに誤解されないように必死だ。
浮気したなんて思われた日には、キシュテムさんは……まあ悪魔だから生き延びられるかも知んないけど、私はチュレア様と勇者様に殺される可能性大。
「わかりました、私は気絶してるふりしますので!」
そういって体の力を抜くと、私は完全に荷物に擬態した。
「え〜? ミドヴェルトずるくない!?」
キシュテムさんは文句を言いながらも、私の案に乗ってくれた。チュレア様のことを少しは理解できているのだろう。だがしかし、本当に警戒すべきは勇者様のほうなのだ。
この距離でダメージ肩代わりスキルが発動するかどうかわかんないけど、私が攻撃を受けるとベアトゥス様が急に現れるおそれがある。
でもそうだとはっきり言えないので、注意を促すこともできないのだった。
しばらくすると、騎士の皆さんが植物系の魔物を取り押さえて連行してきた。
マーヤークさんみたいに身体中から細い地下茎を伸ばしているタイプで、ほとんどを切られたり結ばれたりしている。
これってアレだ。勇者様が、魔物化したピオナさんを自分の根っこでぐるぐる巻きにしたあの捕まえ方だ。
まだ暴れている植物は、テーブルの果物を見てさらに激昂している。
『私たちの子を返して!!』
「え……?」
子ども……?
もしかして、この謎の果物って……この魔物の実だったの!?
「お、落ち着いてください……お子さんたちはお返ししますから……」
私が慌てて話しかけるのを見て、キシュテムさんは不思議そうな顔をする。
「ミドヴェルト、この草の言葉がわかるの?」
草ってさすがに……いや待って? 逆にみんな、この植物系魔物さんの言葉わかんないの!?




