2.『コリオリちからに逆らうな!』part 1.
何でこんなことになってしまったのか……
私は、超ひさびさに南の湿原を彷徨っていた。
まあ前回と違って、今の私は結界魔法と水魔法、そして少し風魔法を組み合わせた、空調服っぽいものを纏っていて快適ではある。
といっても、前回私が戦闘不能になったのは、なんかヤバい組織が毒を撒いてたかららしいんだけど……
ネチャネチャした湿地に足を取られて、私たち一行は現在進行形で異常に体力を奪われる。
「はあ……まさか魔国に松の木が生えてないなんて……」
「松って、食べられる木なんだろ? だいぶ昔の話だけど、パインデビルに食い尽くされたんだ、仕方ないよ」
キシュテムさんが珍しく慰めてくれて、私はつい(松といえば松茸かなぁ……)なんて妄想を膨らませてしまった。
あったらあったで高いし、別に買わないんだけど、無いといわれるとインスタントのお吸い物でいいから食べたくなってしまう。それが松茸。日本人にとって、松茸はなんか特殊感のあるご馳走なのだ。
「いやぁ……チュレア様の前で松茸の土瓶蒸しの話しなくて良かったぁ……」
「何それぇ……これ以上美味しいものの話しないでくれる? チュレちゃんはさァ……グルメなんだから」
地味に不快指数が高くて、疲れ果てた者同士の会話は、着地点のないままグダグダと続く。
話のはじまりはこうだ。
チュレア女公爵様が主催する晩餐会が開かれることになり、新しいメニューの開発が話題となった。
そこで私がうっかり、チュレア女公爵様の前でバジルスパゲッティの話をしてしまい、松の実を探しに行くことになったのである。
バジルはその辺に生えてるだろうし、松ぼっくり拾えば楽勝じゃん! などと考えていた私に、厨房のおばちゃんとベアトゥス様から最悪の情報がもたらされることになる。
曰く、松の実なんて食材、聞いたことも見たこともない……と。
それだけならともかく、まさか悪魔警視のキシュテムさんと一緒に派遣されるとは思わなかった。
というか……正確に言うと、これってキシュテムさんのポイント稼ぎのサポートに当てられた感じかな?
普通に考えると、王立警察のエリート警視なら王都が管轄じゃないかと思うんだけど、キシュテムさんはチュレア様の婚約者ってことで便利に使われちゃってるようだ。
お二人とも両想いみたいだし、なんたって妖精巫女様であるアイテールちゃんの予言で約束された未来があるんだから、もうご成婚確定でいいじゃんと思うんだけど……
公平性だとか透明性を大切にするため、王妹殿下でもあり女公爵でもあるチュレア様のお相手は、ポイント制で厳格にジャッジされることになっている……らしい。そうしないと、魔国の貴族たちが揉めて、最悪の場合は内戦に発展してしまうとかなんとかいう話だった。
そんなまさかと思うけど、魔国は結構ワイルドなタイプが多く、本来は我儘で傲慢で力尽くで目的を達成しようとする猛者の集まりなのだ。
ただでさえ、長年の宿敵だった妖精国の王女様に口出しされて、荒れに荒れているチュレア様ご婚約関連の問題。
そこに、私のせいで新たに悪魔キシュテムが参戦することになった……という話になっちゃってるので、今までコツコツ頑張ってた貴族達からは、わりと敵視されている。……と思う。いや、確実にそう。
「ハッ! さすが、王子殿下の教育係殿は博学ですね」
この南の湿原に来る前も、王城の廊下であんまり知らないモブ貴族に、出会い頭の嫌味攻撃を受けたしね……
なんかイベントごとに睨んでくるトカゲ系の人がいるなあ……と思っていたら、チュレア様の婚約者候補の人だったらしい。
「ミドヴェルト殿、気にする必要はございませんぞ? あれはパート家の次男です。竜人などと呼称しておりますが、ドラゴンとは何の関係もなく、単なる金蛇の獣人なのですよ。過去に隆盛を極めた家柄ですが、現王朝では外様も外様でしてな。以前の魔国ならば、あの程度でも出世できたのでしょうが……」
ちょうど居合わせたセドレツ大臣が、意外にも辛辣な調子で説明してくれたので、トカゲモブ貴族のパート家次男は反論もせずにどこかへ行ってしまった。
「まったく……あの体たらくでチュレア様の隣に並び立てるなどと! 考えるだけでも烏滸がましい……脳が小さ過ぎて、現実を正しく認識することができぬから、愚かにも希望が持てるだけなのでしょうな!」
そ、そこまで言う……?
私はセドレツ大臣の毒舌にビビりながらも、チュレア様の結婚相手探しは、意外とカオスだったのかな……と思う。
ポイントを稼いでチュレア様の婚約者になろうって感じの大イベント「ロードトゥチュレア(仮称)」は、今ぶっちぎりで悪魔キシュテムさんが1位になっている。
チュレア様もキシュテムさんも、お互いに「キー様」「チュレちゃん」などと呼び合う仲で、余人の入る隙など一切無いほどのラブラブっぷり。
それでも「ロードトゥチュレア」が続行されているのは、やっぱり貴族たちに文句を言わせないためなんだろうね。
承認欲求の強い我儘な魔族は、特に恋愛にこだわってなくてもトロフィーワイフが欲しいのだろう。チュレア様の配偶者となれば、かなりの地位が保証されるし、まさしく希望の光なのかもしれない。
好きとか嫌いの問題じゃないのだ。
もしチュレア様が男性だったら、王になれただろうと言われているほどだし、下手すると王位を夢見ている貴族もいるかもしれない。
でも、男尊女卑が激しい魔国では、チュレア様に統率者たるロワの称号が与えられることはないのだった。
王様は王様で、別に無能って感じはないし、後継者として王子様のフワフワちゃんも居る。
何より、女公爵たるチュレア様に王権奪取の意志はないから、下々の者がそそのかそうとしたって無駄なのだ。
実情を知ってると、もうお前ら結婚しちゃえよ! って思うけど……
チュレア様もキシュテムさんも、この状況を盾にして、ゆっくり恋愛を楽しもうとしているみたい。
だから、それはそれでアリかなぁ……なんて、私は思っているのだった。
キシュテムさんとチュレア様の出会いは、ファレリ島のヘスダーレン卿に絡んでるから、ちょっと微妙っちゃ微妙ではある。
でもキシュテムさんがヘス卿の表層意識に出てたのって、たぶん離島のアジトの一瞬だったと思うし、真正面から敵対してたことはないはず。
だから、キシュテムさんがこんな柔軟なチャラ男だとは……私も図書塔で会って初めて知ったくらいで。
「なになに? どした? 俺に見惚れちゃった? 俺って罪な人妻キラー? なんてね☆」
「ははは……面白くない冗談ですね」
キシュテムさんのこれまでを思い出していたら、私は無意識にこの悪魔に目を遣ってしまっていたようだ。ほかにも同行者はいるんだから、誤解されるような発言は控えてほしいよ、まったく……
悪魔キシュテムは、話しやすくはあるんだけど、軽過ぎて相手するの疲れるんだよね……
お互いのお相手の恐ろしさをわかっていないのではないか?
チュレア様も勇者様も、ギャグで浮気を許したりはしないぞ。
命が惜しければ、余計なことを言うんじゃない!
それとも……伝説の悪魔と言われるだけあって、実はもの凄く強いのか?
魔国の上層部は、この悪魔にマーヤークさんに匹敵する結界役となることを期待しているので、本当に強いんだとすれば能力的にも精神的にもチュレア女公爵様の配偶者はキシュテムさんしか居ないってことになるね。




