1.『それぞれの帰還』part 1.
「なるほどね、私がホリーブレ洞窟に行ってる間、いい感じに新婚生活を満喫したってワケか……」
「はは……すみません、ご執筆中にお騒がせしてしまいまして……」
「いいわよ、ちょうど煮詰まっていたしね。それに大精霊様にお会いできて、お話できたこともいい経験になったわ」
「そ、それはよかったです……」
エンヘドゥアンナさんが西の森ホテルに戻ってきたので、軽く立ち話のつもりが、荷物を運びながらいろいろと話し込んでしまった。
私と勇者様の新婚旅行代わりにオーナー権限でホテルを貸切にする際、魔導書執筆でホテルの一室を貸切にしていたエンヘドゥアンナさんには、ホリーブレ洞窟に取材旅行に行ってもらったのだ。
私から誘っておいて、追い出すみたいになってしまい恐縮だったので、ダメ元で大精霊様方にご相談したら思いのほかトントン拍子に話がまとまった。
エンヘドゥアンナさんは魔法の研究家だから、きっとホリーブレ洞窟も楽しんでくれたことだろう。
なんかウキウキしてるし、魔導書の話でペッツォ様とかカルセドニー様あたりと盛り上がったのかな? あの辺の大精霊様は、比較的話しやすくて向こうからも気軽に声をかけてくれるから助かる。アズラ様はお忙しすぎて相手にしてくれないし、ジェット様とかはすぐ攻撃してくるから苦手だ。
「あ、そういえばあなた、精霊女王のベリル様に最近会ってないんですってね?」
「え? べ、ベリル様がなんて……?」
「夜中、私の部屋に現れて、あなたとベアトゥスさんの結界が強すぎて中に入れないとか愚痴ってたわよ?」
「え? 結界? えっと……よくわからないんですけど……ベリル様は何か私に御用がおありで……?」
「さあ? 新婚さんにプレゼントがあるとか言ってたわね」
「え……」
なぜだろう……嫌な予感しかしないんですが……?
エンヘドゥアンナさんのお部屋に荷物を運び終えると、私はベテランメイドさんたちとの打ち合わせを済ませて王城に向かった。
☆・・・☆・(★)・☆・・・☆
「結界? 俺はそんなもん知らんぞ」
「え、でもベリル様が……」
厨房の外で休憩中のベアトゥス様を見つけて、さっきのエンヘドゥアンナさんから聞いた話をすると、勇者様は本気で何もしてない様子だった。
どゆこと……?
精霊女王のベリル様は、結界のプロと言ってもいいくらいで、天使さんたちからこの異世界を守るために大規模な結界を成層圏の辺りに張っていたのだ。そんな強大な能力を持ったベリル様が破れない結界なんてあんのかな??
なんだか状況が飲み込めなくて、私は居心地が悪い。
「とにかく、アイツが言う『新婚のプレゼント』とやらには警戒が必要だな……ミドヴェルト、お前はできるだけひとりで行動するな」
「はあ……でも、そんなに危険とは思えませんけど」
「そうやって気を抜いてるから、お前はアイツに構われてしまうのだ。よし、仕事終わりにその結界とやらが何なのか、あの錬金術師に聞きに行こう」
「え……」
「お前、あの悪魔となんかあるのか?」
「い、いえ別に……でもあのアトリエにも結構ベリル様がいらっしゃいますので……」
「ならば丁度いいだろう、来たら来たで俺が話をつけてやる」
何がどう丁度いいのかは置いておいて……私は新婚旅行代わりのホテル滞在中、青髪悪魔ロンゲラップ大先生に、意識不明の勇者様がお世話になったことを話していなかった……今いうべき? いやでも、知らないほうがいいこともあるよね……
あの青髪錬金術博士が変なことを言わなければ乗り切れるはず……ということは、今すぐアトリエに行って口裏を合わせてもらえるようにお願いするべきか? またベアトゥス様が変な想像して怒って暴れたら大変だし……
「じゃあ、またお仕事終わりに来ますね!」
だいたいの優先順位をまとめて、私が厨房から出ようとすると、勇者様が腕をつかんで引き留める。
な、何だ!? 何かバレてるのか!?
恐る恐る振り向くと、ちょっと拗ねたような顔をした勇者様が、斜め下に目をそらしながら言った。
「お前はその……俺と触れ合うのは嫌か?」
「へ?」
「俺はもう少しお前と一緒に居たい」
「わ、私もです……けど」
ん? また事務的に接しすぎた??
急な恋愛モードに気恥ずかしくなって、私は何をすべきかわからなくなってしまう。
えー? 何ー? 何なのぉ〜?
素直なベアトゥス様、超可愛いんですけど〜!!
ずっとこの位置から眺めていたいと思うけど、この勇者様は私と触れ合いたいらしい。
私を見ながらご自分の膝をポンポンと叩くので、取り敢えず近寄ってみる。
すると、やっぱり膝に座れって意味だったらしく、グイッと引き寄せられて膝の上に乗せられてしまった。
「口を吸わせろ」
「こ、こんないっぱい人がいるところで……」
「誰も見ていない」
断る間もなくキスされて、なんか新婚さんっぽいなぁ……と他人事のように思ってしまった。
「あらあら、新婚さんはお熱いねぇ!」
「ひゃ……! おばちゃん、見てたの!?」
「見てたも何も、見せつけてきたのはそっちじゃないかい! うふふ!」
焼きたてパンを大量に抱えたおばちゃんに揶揄われ、ハッと気づけば、ドアや窓から結構な人数が私たちのバカップルぶりを覗いている。
私はもうパニックで、慌てて勇者様から離れ、厨房から逃げ出した。
「あ! おい……!」
「ま、また来ますッ!」
と、とにかくアトリエに行って……そんでもってロンゲラップさんに話を合わせてもらって……それから、えっと……
も……戻れるのか? あんなとこ見られて……
いや、まあ厨房の皆さんにも一応結婚式に参列してもらっちゃったし、キスくらいバレても別に問題ない。ないんだけど、私が勝手にあんなことやこんなことを思い返して恥ずかしくなっているだけなのである。
ベアトゥス様なら大丈夫だと思うけど、現実世界で付き合ってた元彼は、私とのプライベートなこと男友達に語りまくってたんだよね。そんで喧嘩して別れたら、あることないこと言われて最悪だった。まあ、お互い妥協して付き合ってて、別に愛し合ってもいなかったんだろうな。所詮、世間体彼氏なので、私もそんなにいい彼女ではなかったのだろう。
変なことを思い出してしまったが、今は幸せだからすべて水に流してしまえる……と思う。
そんなことを考えているうちに、私はロンゲラップさんのアトリエに着いていた。
☆・・・☆・(★)・☆・・・☆
「またか……今度は何だ?」
アトリエに入ると、すぐそこに青髪悪魔のロンゲラップ大先生がいらっしゃって、私を見て反射的に顔を顰める。
なんだか完全に面倒扱いされてるね……うぅ、仕方ないんだけど悲しい……
「あ、あの、ちょっといろいろありまして……これからベアトゥス様と一緒にロンゲラップさんに相談しようってことになりまして……」
「じゃあ、後で君の夫と一緒にくればいいだろう」
「その前にですね、先日ご足労いただきました件について……その、夫に話してなくてですね……」
「ああ、その件か。あの後は問題なかったか?」
「あ、はい! おかげさまで……あ! その節はありがとうございました!」
「……で?」
「あの……この件について、ベアトゥス様には内緒にしていただけると……」
「まあ、問題ないならその件にはもう触れる必要はないだろうな」
「あ、よかった。ありがとうございます」
「で? さっきから何なんだ? 回りくどいことをするな」
「あの、私が今ここに来たことも無かったことにしていただけますと幸いです……」
「なるほどな、あの人間の勇者はかなり嫉妬深いと聞いたが、苦労が多そうだな」
「そうなんですよ! 契約の禁止事項もぶっちぎって暴れようとしたり、とにかく凄いんですから!」
私がうっかり愚痴ると、青髪悪魔大先生は何か問題を感じたらしく、ある言葉を聞き咎める。
「は? 契約の禁止事項を……? それはどういう状況だった?」
「状況って……私がマーヤークさんと……」
「マーヤーク? そういえばお前、マーヤークと恋人だったはずだが、よく別れられたな」
「え? マーヤークさんと? 恋人? って何でですか!?」
お互いに話が噛み合わなかったので取り敢えず整理をすると、執事悪魔の奴、ロンゲラップさんに私のことを自分の恋人だと言ってたらしい。
たしかに、お付き妖精と戦ったとき、一晩の逢瀬がどうのこうのと言っておったわ……あの悪魔!!
「ふむ……アイツ……この俺に何か隠しているようだが……まあいい」
「いいんですか?」
「それより人間の勇者の問題だ。契約が効かないなどありえないが……」
「一応、普段は暴れてないので契約は効いてると思いますけど?」
「強制的にパワーを抑えるのが契約だ。激怒したからといって振り切れるものではない。だがまあ、あの精霊女王とやり合えるなら、契約を凌駕することもあるのか……」
考え事をはじめてしまった青髪大先生は、助手のマルパッセさんによると1時間はこのままだと聞いている。
私はベアトゥス様の仕事終わりに間に合うように、厨房に戻ることにした。