9話 デート
カナの距離が最近近い
この前、突然カナに一緒に帰ろうって言われて、手を繋いで山から下りて、途中まで一緒に帰った
あの日から毎日、カナと一緒に帰っている。カナは手を繋ぐのが気に入ったみたいで、帰るときはいつも手を繋いでいた
誰かと手を繋いだことなんてあんまりなくて、そのせいか、いつも居心地が悪く感じてしまう。初めて手を繋いでから2週間が経って、日に日にカナとの距離が近づいて行く。最近は、腕と腕がくっついちゃいそうなくらい近くを歩いていた
でも、嫌ではなかった。そのことがまた、私のことを混乱させるのだけど
私は昔から、人とある程度の距離を保って生きて来た
友達がいた時からそうで、私はそれくらいの距離感で人と接するのが好きなんだと思っていた
「はあ...」
カナが嫌なわけじゃない。むしろカナといる時間は楽しいと思ってる
でもそんな自分に戸惑ってしまって、私のことがよくわからなくなった。私はどう思ってるんだろう。何が好きなんだろう。そんなことを考えていると、思わずため息をついてしまう
そして今日は、カナと一緒に出掛ける約束をしている日だった
もうちょっとで、私は家を出ないといけない
こんな服で良いのかな
昨日のうちに今日着る服は決めておいたのに、いざ着ようとすると、やっぱりこれでいいのかなって、また迷ってしまう。いや、迷うというほど服を持ってないんだけど、もっとおしゃれな服じゃないといけないような気がしてしまう
でもしょうがない。服はこれしか持ってないんだから
「よし、行こう」
ずっと立っていた鏡の前からようやく動き出す
「行ってきます」
家を出る前に、リビングに顔を出してそう言うと、そこにいたお母さんが驚いたような顔をして、それから微笑んだ
「いってらっしゃい。似合ってるわよ、その服と髪」
「...ありがとう」
服だけじゃなくて、ちょっと整えただけの髪にまで言及されて恥ずかしくなる。すぐにお母さんから顔を逸らして外に出た。でもその恥ずかしさと同時に、安心もしていた。私の足はさっきまでより軽い。お母さんがああ言ってくれたってことは、きっと大丈夫だろう。そう思えたから
外に出ると、今日はよく晴れていて、日差しで少し肌が痛く感じた
この2週間で、急に温かくなってきた。もうすぐ夏だということを実感する
そんな空の下を、少し早歩きで歩く。服を選ぶのに時間がかかってしまったから、予定より少し家を出るのが遅れてしまった。別にゆっくり歩いたって約束の時間に遅れる訳じゃなかったけど、カナを待たせたくないから、ちょっと早めについておきたい。じんわりと汗をかきながら、私は約束の場所まで急いで歩いた
街の中心にある噴水。そこが待ち合わせ場所だった
着いてから辺りを見渡すと、カナはまだついていないみたいで、ほっとする。噴水の近くにある時計を見ると、待ち合わせの20分前だった
噴水に映る私を見て、歩いている間に少し乱れた前髪を直す。それからカナが来るのを、噴水の縁に座って待つ。暇だから辺りを何となく見渡していると、私と同じように誰かを待ってるであろう人がたくさんいた。ここは待ち合わせ場所の定番だってカナが言っていたのは本当だったみたいだ。そう思ったけど、9割くらいがカップルに見えるのは気のせいかな。ちょこちょこキスしてる人がいる
そんな居心地の悪いところでカナを待っていると、待ち合わせ5分前にカナが来た
既に着いていた私を見て、慌ててこっちに来る
「ごめん!お待たせ」
「おはよう。ううん、全然待ってないよ」
カナの私服、初めて見た。真っ白なワンピース。明るいカナに良く似合ってる
「可愛いね、その服」
無意識に出たその言葉に、カナが顔を赤く染めた。その反応に釣られて私の顔も熱くなる
何か今、恥ずかしいこと言わなかった?私
「その、リサちゃんも、カッコいいよ」
「あ、ありがとう」
私の顔の熱が、どんどん高くなっていく
きっと赤くなっているであろう顔を隠すためにそっぽを向く。私たちの間に気まずい空気が流れる。カナといるときにこんな感じになるのは初めての事だった。カナはずっと元気に何かを話し続けてくれるから。その空気に耐えられなくて、私は先に歩き出した
「ほら、行こう」
「う、うん」
そんな私にカナが慌ててついて来る。カナがどこに行くつもりだったのかよく知らないけど、こっちに行けば結構いろんなお店あるし、こっちで大丈夫でしょ。そう思って、何となくで歩き続けた
「り、リサちゃん」
そんなとき、カナが私の名前を呼んだ
立ち止まって振り返ると、少し離れたところにカナが立っていた
「手、繋いで歩かない?」
ドキッと心臓が跳ねる。ここ最近毎日一緒に繋いでいるはずなのに。何となくカナも緊張しているような気がするのが、私がこんな風になっちゃうことの原因の一つのような気がした。普段はもっとあっけらかんとした感じで誘うのに、今日はどうしたんだろう
そんなことを現実逃避気味に考えて、それから現実に戻って来る
どうしよう
少しだけそんなことを思って、そんなことを考え始めた私に苦笑する
断ることなんてできないくせに
「良いよ」
そう言って手を差し出すと、おずおずとカナが手を重ねて来た。それを握ると、カナが嬉しそうに笑って、それから私の隣に並んだ
「えへへ、行こっか」
やっといつもの調子になったカナに少しホッとして、一緒に歩き出す
「どこ行くの?」
「まずは洋服屋さんに行こう。リサちゃんに色んな服着せようって楽しみにしてたんだから」
これは大変そうだな
そう思いながらカナと一緒に店に入る
洋服屋さんなんて結構久しぶりに入る気がする。しかもこんな感じの、可愛い服がいっぱい並んでいるお店には入ったことがない
私にというより、カナに似合いそうな服がたくさんある
これとか、カナに似合いそうだな
そう思って一着の服を手に取ってみる
「それ、気に入ったの?」
「ううん、カナに似合いそうだなって」
「えへへ、そうかな。じゃあ後で着てみよー」
カナが嬉しそうに笑って、その服をかごに入れる
「でも今日はリサちゃんの服を選びに来たんだから、ちゃんとそっちも探してね」
「うん。でもこういう系は着たことないから、よくわからないよ」
「えー、じゃあ、私が着て欲しいもの着てもらおっかな。まずは、これとこれとこれ着て」
そう言って、私に洋服一式を渡してくるカナ。見るからにスカートの丈が短かったりしてあんまり気が進まない。そもそも、普段スカートをはくことがまずない
迷っている私をカナがニコニコしながら見ている。断りにくい
しょうがない。着よう
腹を決めた私は、試着室の中に入っていく
決めてしまえば着替えるのはすぐだった。さっさと着て、それからカーテンを開ける
すると、カナが目を輝かせたのがわかった
「わー。可愛い。可愛いよ。リサちゃん!」
いつになく高いテンションでそう言うカナ
「そんなに?」
照れ隠しで、苦笑しながらそう言う
「うん!」
大げさに首を縦に大きく振るカナ。そんなに喜んでくれるなら、頑張って着た甲斐があった。そう思っていると、カナがどこからか違う洋服を持ってきた
「じゃあ、次はこれ着てみて」
大変なのはこれからだった
「つ、疲れたー」
喫茶店の椅子にもたれかかりながら、思わず私はそう言った
私がこんなこと言うの自分でも珍しいと思うし、そんな私を見て、カナがクスクスと笑っていた
誰のせいだと思ってるんだか
そう思ってカナを少し睨もうとしたけど、その笑顔を見て馬鹿らしくなってやめた
「リサちゃん、その服、すっごく似合ってるよ。可愛い」
その言葉に、何となく視線を下げて自分の恰好をまた確認する
洋服屋さんでカナが気に入った服を着てここまで来ていた私は、いつになく女の子っぽい可愛い服を着ていた
履きなれないスカートは足がすうすうして落ち着かないし、私の自意識過剰かもしれないけど、これを着てから、何となく色んな人の視線を感じるような気がして恥ずかしい
可愛いって言葉を言われるのもなかなかないから、カナにそう言われるたびに顔が赤くなってしまう。何故かカッコいいって言われた時よりも反応してしまう
カナは、そんな私の反応を楽しんでいるような気がした。ニヤニヤしながらこっちを見ている
「カナも可愛いよ」
本心だけど、意趣返しも兼ねてそう言ってみると、予想以上にカナがうろたえた
カナも、来た時とは違う格好をしていて、私が選んだ服を着ていた。私の想像通り、その服はカナに良く似合っていて、本当に可愛い
私に散々可愛いって言っていたくせに、自分が言われると、途端にしおらしくなってしまったカナ
そのおかげで私の方に少し余裕が出て来た
「次はどこ行く?」
そんな余裕のおかげで、今まで手をあまりつけてなかったコーヒーを飲みながら、カナにそう聞くことが出来た。話題がそれたことで、カナも今まで通りに戻る
「えっとね、向こうの通りに最近新しい雑貨屋さんが出来たんだ。店主の人が隣の国の出身みたいで、珍しい柄のものが多いって友達が言ってたんだ」
「へえ、隣の国から。珍しいね」
ここは、そこそこ大きな街ではあるけど、外国人が店を開くのは珍しい。大抵、王都みたいな大きな街や、国境沿いで店を開くから。何となくこの前情報だけで、その店主が変わり者だということが想像できてしまう
まあでも、どんな店でもカナと一緒なら楽しめそうだな
「お揃いのヘアピンとか買おう?」
「うん、いいね」
カナとこれからの予定とかを話しながらコーヒーを飲む
そんな静かな喫茶店での時間を楽しんでいると、入り口から2人の同い年くらいの女の子たちが入って来るのが見えた。何となく目がいって、そのうちの1人と目が合った。できるだけ自然に視線を外そうとしたけど、その前に、その人がニヤッと笑ったのが見えた
どうしたんだろう
そう思っていると、その人が相手の人に耳打ちして、それから2人の視線が私たちの方を向いた
明らかに私たちを見ていて、それが何でかわからなくて混乱する。カナの背中の方に入り口があるから、カナはそんなことにはまるで気づいていない
カナに言った方がいいかな。でも、知り合いでも何でもないかもしれないし
そう思って迷っていると、その2人がこっちに向かって歩いて来た
隣の席は空いてるし、そこに座るのかもしれない
そんな淡い期待を最後まで捨てきれずにいると、2人が私たちの席の前で止まった
そこで初めて、カナの顔が2人の方を向く
「あ、マリちゃん、ミクちゃん」
カナは顔を上げると、2人を見てそう言った
「2人ともどうしたの?」
「カナが一緒に遊んでくれないから、2人で寂しくお茶を飲みに来たところ」
3人が楽しそうに話しているのを見ながら、私は気配を消してそんな3人を眺めた
学校の友達かな
話しを聞いていると、何となくそんな感じがした
楽しそうなカナを見るのは、好きだけど、段々この3人の会話を見るのが嫌になって来る
もう帰ろうかな。私と遊ぶよりも、この2人と遊んでいた方が楽しそうだし
そう思っていたところで、急に3人の視線が一斉に私の方を向いた
もしかしたら、私の話をしていたのかもしれないけど、途中から聞いていなかったからよくわからない。カナは何だか恥ずかしそうに、今来た2人は少しニヤニヤしながら私のことを見ている
「こんにちは、リサちゃん」
「こんにちはー」
それから2人が陽気に挨拶をしてくる。カナとはまた違ったテンションの高さに、少し引いてしまう
「...こんにちは」
小さな声でそう返す。でも2人にそれを気にした様子はない
「なるほど、これが噂のリサちゃんか。めちゃくちゃ美人さんだね」
「...」
噂の、とか、美人さんってところとか、訂正したかったり、気になるところがあったけど、言葉は上手く出てこなかった
「ふふん、そうでしょ?今着てるリサちゃんの服は、さっき私が選んであげたんだから」
「おー、さすがカナ。良いセンスしてる」
「でしょでしょ。リサちゃんすっごく可愛いよね」
私が黙っていると、カナが私のことを嬉しそうに話し始めた
私のことを話の中心にして、私以外の3人が盛り上がっている。さっきまでとはまた違った気まずさを感じて、再び私は端っこの方で縮こまる
「というか、カナがそういう服着るの珍しくない?」
「えへー、そうでしょ。これはリサちゃんが選んでくれたんだ」
「へー、良いセンスしてる」
「あ、ありがとう」
今回は何とかお礼を言う。今回は、カナが褒められたのが嬉しかったから返せたのかもしれない。よかった。私以外の人も、ちゃんとこの服がカナに似合ってるって思うことがわかって
「私も、カナとリサちゃんに服選んで欲しいなー」
「あー、いいね。せっかくだし、このまま4人で遊ばない?」
2人がそう言う。何となく、この空気には覚えがあった。提案しているようで、もうそうすることが決まっている感じの空気。どうしよう。疲れそうだな
出来れば帰りたい。でも、断ったらカナに迷惑が掛かるかもしれないと思うと、それを実行することが出来ない。そんな風に迷っていると、カナが口を開いた
「うーん、ごめんね。今日は2人で遊ぶって決めてるから、また今度ね」
愛想よく、でもきっぱりと2人の誘いを断った
体が固まる。そんなことしたら、後で大変なことになるんじゃ
「そっかー、残念だな」
「また今度ね、カナ」
私が体を硬くしていると、2人はそう言って、私たちから少し離れた席に向かって行った
ほっと息を吐く
そんな私を見て、カナがクスクスと笑っている
「リサちゃんは気にしすぎだって。誘いを断ったくらいじゃ何ともなんないんだから」
あっけらかんとカナが言う。けど、たぶんそんなことない。というか、カナだからできたことで、私がやったら、きっと変な空気になったに違いない
「カナは凄いね」
私がそう言うと、カナが困ったように笑った
「まあ、こういうことは任せてよ。普段リサちゃんに教えて貰ってばっかりだしね」
それこそそんなに気にしなくていいのに。そう思うけど、同じことなのかもしれない
「ありがとう」
私が素直にそう言うと、カナが嬉しそうに笑った