8話 もっと仲良くなりたい
リサちゃんに剣を習い始めて2か月くらい経った
最近は、念願の型のやり方も教えて貰っている。まだリサちゃんには全然追いつけないけど、結構上達しているという実感があった
筋肉もついてきて、前よりも長い時間剣を振れるようになったし、素振りでリサちゃんに修正されることも少なくなっていた
その実感のおかげもあって、毎日する練習も日に日により楽しくなっていって、少しでも早く練習がしたくて、学校が終わったらすぐに家に帰るような日々が続いていた
そんな時の、あるお昼休みのことだった
「カナ、最近楽しそうだね」
突然クラスの友達のミクちゃんにそう言われた。それにマリちゃんが頷く
「え、そうかな?」
毎日が楽しい。そう思ってはいたけど、傍から見てわかるほどに態度に出ているとは思わなかったから、そんな反応になる
「うん。最近カナ、学校終わるとすぐに帰っちゃうし」
「ね、もしかしてカナ、彼氏でもできた?」
「あ、そういうこと!?それなら納得だわ」
私抜きで、勝手に盛り上がってる2人
当事者じゃなかったら私も加わって一緒に盛り上がってたんだろうけど、私のことになると少し入りにくい
あるいはそれが、全くの勘違いだったらもうちょっと違ったかもしれない
でも彼氏という言葉で、リサちゃんの顔が浮かんでしまった
リサちゃんは女の子だし、別に付き合ってるわけでもないけど、何故か少し動揺してしまう
それを2人は目ざとく見つけてきた
「え、マジ!?」
「いやいやいや、そんなんじゃないよ」
前のめりになって来た2人に慌てて否定する
「でも絶対に何かあったよね」
「まあ、ね。隣のクラスのリサちゃんって子知ってる?」
しょうがないから、私はリサちゃんのことを話し始める
最初2人は、その名前にあんまりピンと来ないみたいだった
「私その子に、最近剣を教えて貰ってるんだ」
そして私がそう付け加えると、2人ともリサちゃんが誰かわかったみたいだった
「ああ!思い出した。確かゴンを返り討ちにしたっていう子」
「あー、居たねそんな子。強いんだっけ?」
2人の反応はそんな軽い反応だった。リサちゃんのクラスでリサちゃんがどんな風に思われているのかはよくわからないけど、隣のクラスの子だったら、これくらいのリアクションになる
まあ、この2人がそういうことへの関心が特別低いというのも少しはあるけど、リサちゃんは少し気にしすぎだ
私がリサちゃんと一緒にいるところを見られたくらいじゃ、私は何ともならないのに
まあ、少しくらい友達が減るということももしかしたらあるかもしれないけど、そんな友達はいてもいなくても大して変わらない
「カナが剣を習ってるのは、何となく意外だな」
そんなことを考えていると、マリがそう言った
「確かに、カナってあんまり攻撃的な印象ないし。マリだったらそこまで意外でもないけど」
「ちょっと、どういうこと?」
「そういうところだよ」
キッと睨みつけるマリに、ミクが意地悪な笑みを浮かべながらそう返す
そんな2人を見て笑った後、私は理由を話し始める
「リサちゃんの剣ってさ、凄く綺麗なんだ。早くて、力強いんだけど、踊ってるみたいに見えて、思わず見とれちゃってさ。それで最近、リサちゃんに頼んで教えて貰ってるの」
「なるほど、だから最近帰るの早いんだ」
「剣の練習ってどんな感じなの?」
どんな感じか。言葉で説明するのは難しいな。ただ剣を振ってるだけっちゃそれだけだし
暫く考えて、言葉での説明を諦めた私は、最近教えて貰った型を少しだけ2人の前でやってみた
剣をもたずに、手は剣を持っているときの形で、型をやってみる
「「おおー」」
簡単に5秒くらいやっただけだけど、2人から歓声が上がった
「ふふん」
思わず得意気に笑ってしまう。やっぱり私も、少しはリサちゃんに近づけているみたいだった
「凄くかっこよかったよ」
「やっぱりカナは運動神経良いな」
「ふふん、そうでしょ。リサちゃんも呑み込みが早いって褒めてくれたんだから」
ついドヤ顔をしてしまった私を見て、2人が苦笑する
「そんなにカナと仲良いんだったら、私もリサちゃんと遊んでみたいな」
「ね、2人がどんな感じで過ごしてるのか見てみたい」
2人ともリサちゃんに興味を持ってくれたみたいで、そんなことを言ってくれる
そのことは嬉しいけど、でもどうだろう。リサちゃん嫌がったりしないかな
私と一緒にいるところを他の人に見られたくないって言ってるくらいだから、2人を会わせようとするのは少し難しそうな気がする
そのことを2人に言ってみると、2人とも納得してくれた
「私もリサちゃんとお買い物とか一緒に行きたいんだけどな」
「誘ってみればいいじゃん。私たちはともかく、カナなら出来るんじゃない?」
「そんな簡単に言わないでよ。こっちはまだ、2人で山を下りることもできてないんだから」
一緒に帰ることも出来てないのに、買い物なんて一緒に行けるわけない
「何かカナらしくなくない?」
「ね。いつも私たちには、何度もしつこいくらいに誘って来るのに」
うっ
「私ってそんなにいつもしつこかった?」
ちょっと心配になりながら2人に聞くと、2人がおかしそうに笑った
「カナってそういうこと気にするんだね」
「ね。私たちはカナに誘って貰えるの嬉しいし、きっとリサちゃんも嬉しいと思うけどな。遠慮してるか恥ずかしがってるだけじゃない?」
そうなのかな。確かに最近は山菜取り一緒にやってくれるようになったし、私と一緒にいることを楽しんでくれてるような気はするけど。そう言えば、一緒に帰ろうって誘うこと、最近はやってなかった気がする。今やってみたら少しは違うのかな
「ありがとう2人とも。今日リサちゃんに、一緒に帰ろうって誘ってみるよ」
「うん。今度私たちにもリサちゃんのこと紹介してね」
「頑張れー」
「うん!」
そんな会話をしていると、あっという間に昼休みが終わった
授業を受けて、委員会に行って、それからいつも通りに、急いで山に向かう
山に着くと、いつも通り、リサちゃんが型を練習していた
最近は私が着くと、いつもリサちゃんの視線が一瞬こっちを向く
なんでも、実践を意識して、周りを意識しながら型の練習をするようになったらしい
私が知らない内にリサちゃんは成長していて、やっぱりリサちゃんは凄いなって思う
でもやっぱり、リサちゃんがびっくりしてくれないのは少し悔しいから、今度からは草むらに隠れながら近づいてみようかな
そんな悪だくみをしながら、リサちゃんの型の練習を見ながら、私も練習を始める
最近は、リサちゃんが練習を終わるのを待たずに始めることが増えた
体力がついて来たから、少しでもたくさん練習したくて、そういう風になって来た
リサちゃんから少し離れたところで、一緒に剣を振る
こうやって並んで練習すると、私とリサちゃんの実力の違いがよくわかる
全然スピードが違う。技と技を繋ぐのがぎこちない
リサちゃんを見ながら、そんな違いを少しづつ修正していく。本当に少しづつ、リサちゃんに近づいているような気がする
そんな風にしてしばらく経つと、リサちゃんの練習が終わった
それからは、またいつもの様に、私の練習を見てくれる
前に習った型は、割と出来るようになったから、また違う型を教えてくれた
そして、私の腕と足に限界が来るまでリサちゃんに剣を教えて貰う
それから、ふらふらした足で、山菜を取りに行く
最近はリサちゃんも一緒に山菜を取っていて、リサちゃんに山菜の種類とかを教えている
教えて貰ってばかりだったから、こうやってリサちゃんに教えることが出来るのが嬉しかったりする
そうしていつも通り、あっという間に籠の中がいっぱいになって、私たちは帰ることにした
大体いつもの場所で、リサちゃんが立ち止まる
「じゃあね」
当たり前の様にそう言うリサちゃん
私はいつもと違って、そんなリサちゃんの前で立ち止まる
向かい合って、口を開こうとする私を、リサちゃんが不思議そうな顔で見ている
何でか少し緊張を感じて、でも勇気を出して声を出す
「あのさ、一緒に帰らない?」
私がそう言うと、リサちゃんが目を見開いた
そりゃあ、驚くよね。別々で帰るのがすっかり当たり前になってたし
「どうしたの?急に」
「前からリサちゃんと一緒に帰りたいなって思ってたんだよ?それで何となく、今日誘ってみただけ」
リサちゃんは困ったような、悩んでいるような素振りを見せる
「でも、私と帰ると、カナが...」
そう言って断ろうとするリサちゃんの手を握ってみる。びっくりしたみたいでリサちゃんの言葉が途中で止まる。初めて握るリサちゃんの手は、剣たこでところどころ硬くなっていた。今までのどれだけ努力してきたのかがよくわかる手
リサちゃんの手を握ったのは、迷っているリサちゃんが、妹たちと重なったからだったからだと思う。泣きそうになっている妹たちを思い出して、無意識に、妹たちにするのと同じようにその手を握ってしまった
そんな勢いで手を握ってしまったから、少しドキドキする。手を放そうかと思ったけど、それはもったいないような気がした。リサちゃんも何となく嫌がってる感じはしないし
「ほら、行こう?」
そんな勢いに任せて、リサちゃんを引っ張って歩き出す
リサちゃんは私に引きずられるように歩き出して、それから私の隣に並んで歩き始めた
いつもと同じ道を歩いているのに、いつもと全然違う景色に見える。毎日通っている道なのに、こうやってリサちゃんと歩くのは初めてのことで、段々足が弾んでくる
リサちゃんはまだ、私の隣で居心地が悪そうにしている
それでも私の手を離したり、立ち止まったりすることはなくて、そんなリサちゃんを見て、またテンションが上がる
「今度一緒にお買い物行こうよ」
「え!?」
私がそんな提案をしてみると、リサちゃんは案の定凄く驚いていた。リサちゃんのそんな声、初めて聞いたなって思ってクスクス笑っていると、リサちゃんからジト目が飛んできた
「買い物ってどこ行くの?」
「うーん、お洋服買いに行ったり、喫茶店でお茶飲んだりしたいかな。リサちゃんがどんな私服着てるのか見てみたいし、リサちゃんの服選んでみたい」
想像するだけで楽しそう。リサちゃん綺麗だから、きっとどんな服着ても似合う。普段は練習のために動きやすい服を着てるから、可愛い感じの服とか着てみて欲しいな
「気が向いたらね」
可愛い服を着たリサちゃんを想像していると、リサちゃんがそう言った。ここでうんって頷いてしまったら、しばらく一緒にお出かけできないような気がした
「いや、今週末一緒に行こう」
ちょっと強引にリサちゃんを誘ってみる
「無理。今週末は自衛団の練習に行くことになってるから」
「えー」
そう言えば、そんなこと言ってたな。リサちゃん最近、自衛団の練習もあって忙しそうなんだよね。残念って感じを全身で表現していると、リサちゃんが苦笑して私の方を向いた
「わかったよ。来週の週末は何も予定ないから、そこで一緒に出掛けよう」
まさかリサちゃんの方からそんな提案をしてくれるとは思ってなかったから、驚いて少しの間、リサちゃんの方をじっと見てしまう。私を見て、リサちゃんは苦笑いを浮かべている。そんなリサちゃんを見て、段々と今起こったことが現実だということを実感し始める。体の底から、喜びの感情が噴き出してくる
「やったー」
そう言って、思わずリサちゃんに抱き着く
「ちょっと、急に抱き着かないで」
「えへへ。約束だよ?」
私がそう言うと、リサちゃんはため息をついて、それから困ったように笑った
「わかった。約束ね」
そんな会話をしていると、あっという間に山を下りてしまった。ちらちらと人とすれ違うようになる。リサちゃんはそれが気になるのか、ちょっとそわそわし始めた
「リサちゃんのお家ってどの辺?」
「えっと、4番街だよ」
そうなんだ。あ、じゃあ結構近いのかもしれない
「うち3番街だから、途中まで一緒に帰れるね」
そわそわしたリサちゃんに気づかないふりをして、繋いだままの手を引っ張ってまた歩き出す
「あ、待って」
リサちゃんの方が力があるんだから、私の手なんて振りほどこうと思えばいつでも振りほどけるんだろうけど、リサちゃんはそれをしない。それをいいことにどんどんリサちゃんを引っ張って行くと、たくさんの人が歩いている通りに出た
「別にこれくらい大丈夫だって」
リサちゃんの体が硬くなったのがわかったから、明るくそう言う。リサちゃんはちょっと過保護過ぎる。心配してくれるのは嬉しいけどね
「本当?」
「ふふ。うん!私って学校で結構人気なんだよ?」
「うん、知ってる」
「リサちゃんと一緒にいたくらいでなくなる人気じゃないって」
普段こんなこと全然言わないんだけど、今回はリサちゃんを安心させたかったから、そんなことを言ってみる。言ってから、ちょっと恥ずかしくなってきた。リサちゃん笑ってるし。でも少し、リサちゃんから硬さが消えた
「そっか」
「そうだよ。行こう?」
そう言って、2人で歩き出す
「今日このまま喫茶店寄ってかない?」
「嫌。帰ってお母さんの手伝いしないといけないし、こんなに山菜持ったままお店入れないでしょ?」
「あ、そっか。えへへ」
浮かれている私を、リサちゃんが冷静に諭す。気が付いたら、リサちゃんはほとんどいつも通りのリサちゃんに戻っていた。そう言えば、私も帰って家事の手伝いしないといけないんだった
「じゃあ、私こっちだから」
楽しい時間はあっという間で、リサちゃんと別れるところまで来てしまった。でも、今までと違って、寂しさはほとんど感じない
「そっか、じゃあ、また明日ね」
「うん」
そう言って、私に背中を向けて歩き出すリサちゃん。いつもは見送られる側だったから、不思議な感じがする。なんだかそれが嬉しくて、リサちゃんが見えなくなるまで、私はリサちゃんの背中を見続けたのだった