3話 私とリサちゃんの出会い
カナ視点
私のお父さんとお母さんは2人で食堂を営んでいる。弟と妹が2人ずついて、そんなちょっとした大家族の長女として、私は生まれた
たぶん、家の家計はそれなりに大変だと思う
具体的な数字はよく知らないけど、偶にお母さんが頭を抱えながら家計簿を見ているのを見るから
私もお父さんとお母さんの力になりたい。そういう感情は、他の子たちよりも強いと思う。でも、食堂の手伝いをしたいと言ってみても、やらせてもらえなかった。子どもは外で遊んでなさいって言われてしまう。気を使ってくれるのは嬉しいけど、私だってお手伝いしたいのに。兄弟の世話をしたり、家の掃除をしたり、出来ることはやるけど、それだけじゃ物足りなかった。もっとお金にかかわることで、お父さんとお母さんの役に立ちたかった
そんな日々を送っているとき、隣に住んでいるタエさんが山菜をおすそ分けしてくれた。タエさんは偶に山に登るのが趣味らしくて、時々山菜をおすそ分けしてくれる
市場にあまり並ばなかったり、並んでも高かったりするのも入っているから、私はいつもタエさんが山菜を持ってきてくれるのを楽しみにしていた
そしてこの時、私はこれだと思った。定期的に山菜を取って、それが食卓に並べば。それなら皆の役に立てる。食費を減らすことが出来る。実際に山菜取りをしたことはないけど、学校の授業で食べられる山菜の勉強もしたし、家の料理を手伝う時にも山菜は定期的に見てる。これなら私にも出来る
そう思った私は、家を飛び出して、山に向かって駆けだした
山には偶に友達と遊ぶために、浅いところなら入ったことがあった。この森は魔物なんて出ないから、結構みんなほとんど警戒せずに入っていく
今日はよく晴れていて、山に入るには良い日だった
山に入ってしばらくは順調に山菜を集めることが出来た。これで皆の役に立てる。そう思ってテンションが上がって、どんどん奥の方に進んで行く。たくさん取ってお父さんとお母さんをびっくりさせちゃおう。そう思っていた
だけど段々、山菜が取れなくなっていく。進めど進めど、周りには木と岩しかなくなって、草が生えてない。戻ろう。そう思って顔を上げる。そして自分がよくわからない場所にいることに気づく。地面に気を取られ過ぎてしまった。私は気が付いたら、山の中で迷子になってしまっていた
血の気が引く。急に頭が冷えて、心細くなる。山の危険なところは魔物が出るところだけじゃない。そのことをすっかり忘れていた
周りは木しか見えなくて、何の目印もない。どこに進めばいいのか全くわからない。もしかしたらもう、家に帰ることができないかもしれない。そんな思いが頭をよぎる
どうしよう。とりあえず上の方に登れば、街がどっちにあるかわかるだろうか。それとも下に下りるべき?川とかを探したほうが良いって聞いたこともあるような気がする
色々な選択肢が頭の中に浮かぶけど、どれが正しいのかわからない
そんな風に悩んでいると、ふと遠くの方から何か音が聞こえるのを感じた
何かが空気を切るような、そんな音。何となく風の音とは違う
誰かいるのかな。いや、もしかしたら魔物かもしれない
こんな何もないところに人がいるなんておかしい。もしかしたら、歩いている間に、魔物の生息域まで出てしまったのかもしれない。そうじゃなくても、魔物が街の近くの山の中に出る可能性だってゼロではない
そんな嫌な考えが頭の中をよぎる。黙って息をひそめて、その音に耳を澄ます。すると微かに、少し荒い息遣いが聞こえるような気がした。女の子のような気がする
本当に人がいるの?
半信半疑だったけど、もしそこに人がいるのなら、その人に声をかけるのが一番確率の高い、私が生き残れる手段だった。そっと忍び足で、その音がなる方向へ足を延ばす
ドキドキしながらその音が鳴っているところに近づくと、そこだけ木が生えていない、学校の教室くらいの場所があって、そこに人がいた
その姿を見てホッとして、そしてその姿に思わず見とれてしまった
最初にその人を見た時、その人は踊っているように見えた。それほどに滑らかで、綺麗な動きだった
激しい動きに合わせて、黒くて長い髪が揺れる。体が縦横無尽に、その狭い空間の中を動き回る。早くて、力強くて、でも流れるような動き
暫く見とれていると、その人が剣を振っていることに気が付いた。何も持っていないと思わせられるほどに、自然な動きだった
剣舞ってやつなのかな?
見たことはなかったけど、本の中の知識でそんなことを思う
偶に学校の男の子や、自衛団の人が剣を振っているのを見るけど、それらとは全然違うものに見えた
そしてまたしばらくして、その顔に見覚えがあることに気が付いた
あれは、リサさん?
学校で見たことがある。よく1人で本を読んでいるのを見る女の子
だけど、学校で見る時とは印象が全然違う。いつも本を読んでいる子が剣を振っているからというのもあるけど、それだけじゃない気がした
しばらく考えていると、彼女の目が見えていることが原因だということに気が付いた
前髪が長いから、その目はいつも髪に隠れているのに、今は、あの激しい動きで髪が舞っているおかげで、目が良く見える
あんなに可愛い目をしてたんだな
全然印象が違う
暗い印象があったけど、そのつぶらな瞳を見て、可愛い子という印象にすっかり変わってしまった
確か、前に誰だったか、喧嘩を売って来た男の子を返り討ちにしたって噂があったっけ
たぶんその噂のせいで、周りから少し浮いちゃってる
あの時は話半分に聞いていたけど、この光景を見ると、あの噂も本当だったのかもしれない。こんな動きができるなら、クラスの男の子を倒すくらい訳ないだろう
あの噂を話していた女の子は、リサさんのことを怖がっていたけど、私は全然怖いとは思えなかった
何でだろう
あの綺麗な動きのせいなのかな。あの剣は綺麗すぎて、切られるその瞬間まで恐怖なんて感じられないような気がする
友達になりたいな
ふと、私はそう思った。この人と友達になりたい。そんなこと思うのは初めてだった。今までは、気が付いたらよく話すようになっていた人と、自然に友達になっていることが多かった気がする
だから、そんなことを思う自分を少し不思議に思う
私はたぶん、今日この時、リサさんに一目ぼれをしてしまった
どうやって話しかけようかな
そんな風に私は、彼女と友達になるための作戦を、彼女が剣を振っている間に考え始めたのだった