10話 好きになる
喫茶店から出て、さっき話していた雑貨屋に向かう
喫茶店から出るときに、さっきの2人と目が合って手を振られた。それに小さく振り返すと、何だか凄く楽しそうに笑い始めたから、恥ずかしくなってすぐに振るのを止めて出て来た
恥ずかしかったけど、でも2人とも怒ってなさそうで安心した
カナと2人で並んで歩く
あの2人と一緒にいることよりも、私と2人でいることを選んでくれた。何故かそれを凄く嬉しいと思っている自分を自覚する
雑貨屋がすぐ近くにあるからだろうか、カナとは手を繋いでいない。いつもカナから繋いでくれるから、カナが手を出してくれないと、私はカナと手を繋げない
それはなんだか、凄く寂しいことのような気がした。ちょっと前だったら、そんなこと思わなかったのに
カナの手がぷらぷらと揺れている。その手をボーっと見ていると、どんどん手を繋ぎたくなってくる。その手の感触を思い出してしまう
偶には私から繋いでみてもいいかな?毎日繋いでるんだし、偶にはそんなことしてみても、全然不自然じゃないと思う。段々我慢できなくなってきて、そんなことを考え始める私
緊張で、まだ手を繋いでないのに、手のひらに汗をかいている。それをスカートで拭って、それから深呼吸して、思い切ってその手を掴んでみた。すると、カナが驚いたようにこっちを向く
ああ、やっぱりびっくりするよね
そう思ったけど、それに気づかないふりをして、私は前を真っすぐに向いて歩く
自分から手を繋ぐってこんなに緊張するんだな。カナもこのくらい緊張していたのかな。そうだったら嬉しいけど、でもそんなことないのかもしれない。カナがあの2人の誘いを難なく断っていたみたいに、私の手を繋ぐのもそこまで緊張しないのかもしれない
でも今回は間違いなく、カナが緊張してる。顔を赤くして、繋いだ手を眺めて、それから目を逸らしながら歩いているカナ。それが何だか嬉しくて、そんなカナからの視線をちらちらと感じながら、私たちはゆっくりと雑貨屋に向かって行った
その雑貨屋は、確かにちょっと変わっていた
あまり見ない、鮮やかな色で派手な模様の雑貨と洋服たち。それとお店に入ってすぐに感じた、あまり嗅いだことのない匂い。模様は綺麗だけど、匂いの方は、少し顔をしかめてしまう。臭いって訳でもないけど、嗅ぎなれない。だけど、それにも段々慣れてくる
「あ、このハンカチ可愛い」
私と同じように匂いに顔をしかめていたカナも、余裕が出て来たのか、店内のものを色々見始める
私も、海外のものを見る機会はあんまりないから、興味深く色々見ていた
こういう鮮やかな色って、どうやってだしてるんだろう?
私たちの街にある服は、ここのものに比べると、全部淡く見える。できないのか、それとも出来るけど、売れないから作らないだけなのか
個人的には、鮮やかな色の服とかを着たいとは思わないかもしれない。あんまり目立たない方が好みだから。今カナが持ってるハンカチくらいだったらありな気がする
「ねえ、このハンカチ、お揃いで買わない?」
「うん、良いよ」
丁度良いって思っていたところだったから、すぐに頷く
するとカナは嬉しそうに笑って、そのハンカチをレジまで持って行った
だけど、そのレジには誰もいない
「すみませーん」
カナが大きな声で呼ぶけど、誰も出てこない
どこか出掛けちゃってるのかな
個人経営の小さなお店ではよくあることだった
そう思っていたとき、裏口のドアが開く音がした
「ん?あれ、お客さんじゃない。ごめんなさい、待たせちゃった?」
そう言って顔を出した店主は、予想通り変わった人みたいだった
だって裏口から出てきた店主は血だらけだったから
「ひっ」
怖がったカナが、私に飛びついて来る
私だって怖かったけど、カナが私以上に驚いていたから、取り乱さずにすんだ
「あら、ごめんなさい。ちょっと裏で服に使う毛皮を剥いでたの。すぐに戻るからちょっと待っててね」
今のうちに帰ろうかな
一瞬そう思ったけど、何されるかわからないから、待っておくことにした
そして結構すぐに、その人は戻って来た。もう血はどこにもついていない。手には大きな毛皮を持っていた
女の人だったんだ
血だらけなことに目がいってそんなことにも気づかなかった。そしてたぶん、この人強い。さっきの血だらけの姿を見たせいってだけじゃない。立ち方や歩き方が武術をやっている人のそれだった
「あの毛皮、何に使うんですか?」
カナがそう話しかける。何って、服につかうんじゃないの?そう一瞬思ってから、カナが何に疑問に思ったのかに気づいた
ここにある服、全部糸で出来てる。このお店特有の派手な色の服を作るのに毛皮はたぶん向いてない
「ああ、あれはね、冒険者用の服を作るのに使うのよ」
店主が嫌そうな顔をしながらそう言う
「可愛くないからあんまり作りたくないんだけど、どうしてか結構評判良くって、高く売れるから仕方なく作ってるの。このお店の売り上げの7割くらい冒険者用の服なのよ」
そう言って店主がため息をついた
意外だな
声には出さずにそう思う
カナが行こうって言って来た店だから、何となく人気なお店なんだと思ってた
まあ、でも見るのは楽しいお店だけど、ここら辺の人たちが買うには少し派手過ぎる気がした。そう考えるとそこまで意外でもないかもしれない
「これ欲しいんですけど」
カナがそう言って、2つのハンカチを見せると、店主の顔が輝いた
「あら、買ってくれるの?しかもお揃い?もしかして2人はカップルなのかしら?」
上がったテンションと共にいらないことまで言う店主。私は露骨に動揺してしまう。それをカナに見られないように顔を逸らしていたせいで、カナがどういう反応をしていたのかはわからない
「あらあら、良い反応ね」
店主が楽しそうに言う。私を見て言ってるような気もするし、私達2人を見て言ってるような気もする
「そんな可愛らしいお二人さんには、特別にこれをサービスしてあげるわ」
そう言うと、店主は紙を二枚差し出した。カラフルで明るい印象の絵が描かれている
よく見ると、何かのチケットみたいだった
「わああ、シューティングスターズの演劇のチケットだ。良いんですか?」
「ええ、いつだったかお客さんがくれたの。だけどそのチケット今日までだし、今日は私結構忙しいから行けそうにないから、2人に上げるわ」
演劇のチケットらしい。私は全然知らないけど、カナは凄く嬉しそうだ
「ありがとうございます!」
「ありがとうございます」
カナに続いてお礼を言って、私もそのチケットを受け取った
「今度感想聞かせてねー」
そんな風に言う店主に見送られて、私たちはお店を後にした
「さっそく劇見に行こう?リサちゃんはまだ時間大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。行こうか」
劇場はすぐそこだった。近づくと人ごみがあったからすぐにわかった。並んでいる人たちは、私たちの年代の子が多くて、ほとんどが女の子だった。男の子は、女の子の付き添いで来たような人ばっかり
「この人たちってそんなに人気なの?」
並びながらカナに聞いてみる
「うん!普段は王都で演劇をやってる人たちなんだけど、偶にこの街にも来てくれるんだ。私は見るの2回目で、前も凄く良かったよ。演技の実力も高いし、恋愛ものの劇をやることが多くて、すっごくドキドキしちゃうの」
恋愛もの...か
小説をよく読んでる私だけど、恋愛ものはほとんど読んだことがない
ファンタジー小説とか、時代小説、サスペンス小説はよく読むけど、恋愛ものはほとんど読まない
私にはまだ、恋愛感情というものがよくわからないから
読んでも、共感できないことが多くて、わくわくもしないし、ここ数年そういうのは読んでない
面白いと良いな
せっかく見るんだから、面白い方がいいし、カナと一緒に楽しみたい
列が進んで、順番に席に通される。私たちは、丁度真ん中くらいの席だった。結構いい席のチケットを貰ったみたいだった
大きな笛の音と共に劇が始まる
内容は、とある国の王子様が、そんなに位の高くない貴族の家の三女に恋をする話。よくあるシンデレラストーリーだった
少しそのことにがっかりしながら見る。でもそう思うのは少し早かったみたいだった。昔恋愛小説を読んだ時とは、受ける印象が全然違う
その原因の一つは、その劇が良く出来てるから。小説を読むよりも、心に訴えてくるような演技をしているからだと思う
まるでそこで本当に恋に落ちているかのような演技、それに合わせた演奏。そう言ったものが、私の心を大きく動かす
そしてもう一つは、きっとカナが原因だと思う
王子様とヒロインが恋に落ちるシーンも、お互いの身分の違いのせいで結ばれないと悟るシーンも、それでも諦めきれずに、夜中こっそり会ったりするシーンも、どんなシーンを見ても、私はカナのことを思い浮かべてしまう
何でだろうって少し考えて、それから、ここ数日のこと、特に今日のことを思い浮かべて、すぐに答えが出る
まさかそんな訳ない。って思うけど、劇の話がどんどん佳境に入るにしたがって、私の心が大きく揺れることで、そんな訳ないって、自分に言い聞かせることも難しくなっていた
最後、王子さまは自分の地位を捨てて、2人は海外に逃げて、そこでめでたく結ばれて終わった
劇が終わると、会場は大きな拍手に包まれた。私も自然と手が動いていたけど、頭は呆然としていた。まだ劇の余韻が頭から抜けなかった
「リサちゃん?リサちゃん!大丈夫?」
劇が終わってしばらくすると、周りのお客さんは徐々に席を立ち始めた
そんな光景をボーっと眺めている私に、カナが話しかけてくる
声に反応して首を横に向けると、カナが私の顔を覗き込んでいた
ドキッとして、体が硬直する
よく考えると、カナの距離が近いのはいつもの事なんだけど、この劇を見る前と後では私の心は全然違うものになっていて、とてもいつも通りにはいられなかった
「本当に大丈夫?」
「だ、大丈夫」
そんなカナから目を逸らしながらも、何とか答える
本当はあんまり大丈夫じゃなかった。今にも心臓が壊れてしまいそうだった
「私たちもそろそろ帰ろう?」
そう言って、カナが右手を出してくる
それをしばらく見つめて、それから出来るだけいつも通りにその手をとった




