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オリヴィアが寝台に入ってからデリアとテオは二人で冷めた寮食を使用人用の控え室のスペースで静かに食べていた。オリヴィアからの呼び出しの鈴の音に常に気を配りながらする食事にも幼いころからなので慣れている。
しかしデリアはこの学園に入ってからの侍女なのでたまに存在を忘れたように別の事に意識を向けているときがある。今日がその日らしくテオに話したいとばかりにそわそわとしていてちらちらっと視線を送っていた。
それをテオは仕方なく思いながらもデリアに視線を向けて、言いたいことがあるのなら聞くと示してみた。するとデリアは少し顔をほころばせて、噂話が大好きな女の子らしい好奇心に満ちた顔をしてテオに言うのだった。
「昼間の事なんですけど、テオはどう思ってるんですか?」
「昼間のことって?」
「ほら、その、カルステン王太子殿下と聖女様の事ですっ」
わざと詳しく聞いたテオに、デリアは声を潜めて話してはいけない事のようにこそっと口にした。
……どうって言われても、困るんだけど……。
オリヴィアから何も聞かされていない彼女が、これからどうなるのかと愚痴を言ったり不安に思ったりするのは分かるし、それにも合わせてあげたいが、オリヴィアの心根はすでに決まってる。
しかしそれを話すわけにもいかないし、ここで下手なことを言ってデリアに突っ込まれるとテオはうまく対応できないかもしれない。そうなっては困る。
「……デリアはどう思ってる?」
だから、まずは彼女の話から聞いたらいいかと切り返してみた。すると彼女は、キラキラと瞳を輝かせ、何やらうっとりした様子ですぐに言うのだった。
「そりゃあもう、感激ですよっ。運命の赤い糸で結ばれてるんですって」
大げさにそういう彼女にテオは納得した。どうやら少し馬鹿にしているらしい。テオだってそうだ。運命の女神の力がどういうものかは分からないがあんな適当な事を言われてオリヴィアは呆れかえって講義室を後にしたのだ。
いくら聖女といえども、そんな不思議なことばかり言っていて、何も勉強も努力もしないのなら、誰も彼女の後をついていかない。テオからすれば、あんな彼女にオリヴィアが負けるはずがないのにとも思ってしまう。
「お二人はどこまでも深いつながりを持っているのよ。オリヴィア様もそれを知っている」
「……」
「運命に間違いはないのですね。私、今日確信しました」
……なんだ、話聞いていたんだ。
ここまで言うということは、あの後にきちんとオリヴィアはデリアに話をしたのだろう。デリアとオリヴィアが二人きりになるときは多くある。テオが知らない間にきちんと話をしたに違いない。
……それなら、こんな風に言うのも納得。俺だってお二人はお似合いだと思うし。
テオは嫌味を込めてそんな風に考えた。だってそうだろう。子供のような怠惰な王太子に、女神の力をひけらかしてそれ以外には取り柄のまったくない聖女。
二人はお似合いだ。そう考えれば、オリヴィアが身を引くのだって案外悪い事じゃない気がする。
「運命の女神の力によってお二人はとても深く結ばれている。巻き付いた赤い糸は決して離れることは出来ない、いいえ、離れることは許されないですね」
テンション高くそういうデリアに、彼女も相当据えかねているのだろうと思う。主をこんな風に侮辱され、手を出されてすら何もできない従者というのは根気のいる職業だ。
それをまっとうしているだけデリアもえらいと思う。それに彼女の言う通り運命の女神の力によって、聖女マイの言ったことが本当になるのならば、それはきっと愉快な結末をもたらしてくれるだろうと思う。
奪い取った王子と二度と離れることが出来ないのならば、カルステンの落ちていく深淵にマイも道づれになる。マイにとってつごうよく運命が変えられるのかは知らないが、なんでも後から変えられたらそれは運命ではないだろう。
きっと変えられない。そしてカルステンを貶める方法をオリヴィアはきっと手にしている。あれほど尻ぬぐいをしていたのだから証拠はそろっているのだろう。
……それを使えば何かしらのダメージを与えることが出来る。でも、立場を失う前提で動いているオリヴィア様はそれを使うのかな……。
オリヴィアはとてもあれでいて真面目な人だ。正攻法以外の手段は使わないと思うのでそういう自業自得になるようなもので侮辱された仕返しをすると思うのだが手段まではテオにはわからない
しかし、デリアの言うように彼らが赤い糸に結ばれたまま二人で深淵に落ちていけばいいのにとテオも思う。
「俺もそう思う」
「ですよね。テオもそう思ってくれるとわかってました、そうと決まれば運命に弾かれたオリヴィア様を献身的に支えなくては」
「……うん」
最終的に自分たちの話に戻って会話は着地した。デリアもオリヴィアの未来の天啓についてきちんと信じているらしい、どんな風にオリヴィアがこの騒動に幕引きをするのかテオには想像もつかなかったがただ、運命も天啓もない凡人の二人には、大きな流れに逆らうことなくただ進むしかないのだった。