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 オリヴィアから天啓を受けたという話を聞いてから、しばらくは平穏な日々が続いた。平穏といっても形だけの平穏とでもいうべきか、オリヴィアは常にイライラしていたし、聖女マイにかまけて授業に出てこないカルステンを呼びに行くようなことが何度かあった。


 その何度かのうちも毎度必ずマイが傍にいる様子だったが、オリヴィアとマイは言葉を交わすことなくただにらみ合うような日々が続いていた。


 今日も午前中にカルステンを呼びに行き、午後の授業に入ってしばらくしたころにカルステンが現れた。


 基本的に高貴な血筋の人間は、家庭教師からそれなりの教育を受けているとはいえ、魔法学園はここでしか教えることが出来ない魔法道具の使い方や魔力の運用など様々な他では教えることが出来ない秘術を教えている。


 それらの知識をつけずに魔術師の称号を得ることは、国の権力者であっても難しい事だった。


 だから最高学年になるまでカルステンの予定をすべて把握し、さらには、朝方に起こせるように従者まで派遣していたが、もうすでにカルステンの面倒を見る気が無くなったオリヴィアは教師に言われた時だけ彼に声をかけてやった。


 それをカルステンがどう思っているかはわからなかったが、テオが思うに、オリヴィアが彼に見切りをつけていることは知らないはずなので彼女が呼びに来た時だけ授業に出ていれば問題ないと思っているのだろうと想像できる。


 ……だってすでにどう考えても留年……。


 王子が留年なんて聞いたこともないし、国がいくらお金を積んでも意味はない。魔術師の称号はこのデオルディ王国が与えられるものではなく、この学園のおおもとである世界共通の魔法教会が与えているものだ。それを変えることはできない。


 それを承知の上でこの学園に入るのだから、きちんと授業を受けなければならないのにカルステンは講義の途中だというのに入ってきて、マイに隣を歩かせて何人もの従者を従えながら、適当な席に座った。


 それをオリヴィアが横目で眺めて、カルステンに鋭い視線を送っていた。


 そんな彼女の隣に座っていたのはオリヴィア専属の侍女であるデリアだ。デリアは、講義が中断されたのをきにこそっとオリヴィアに話しかけた。


「オリヴィア様。今日もカルステン王太子殿下のお隣に座らないんですか?」


 ほんの数カ月前までは、必ず隣に座って授業を受けていたので、不思議に思ったらしくデリアは聞いてきた。しかしこの状況なら理由はわかると思うのだがデリアはあまり察しが良くないのだった。


「そうね。特に必要性を感じないから」

「そうなんですか。あ、もしかして聖女様に遠慮して……」

「遠慮ではなく、ただ、必要性を感じないとわたくしは言ったのだけれど?」

「は、はいっ」


 デリアは、オリヴィアの低くなった声に怯えて、王子が席に座ったことを確認して講義を再開する教師へと視線を向けた。


 それにオリヴィアは少し機嫌が悪そうにしていたけれども、反対となりに座っているテオの方を振り返って視線を鋭くして声をかけた。


「お前は隣に座らない理由など聞かないわよね」

「はい」


 聞かれて頷いた。それと同時にオリヴィアはデリアにはその理由を言っていないのだと思う。


「ええ、それでは魔力の運用効率についての━━━━


 教師の眠たくなるような声が聞こえてくる。オリヴィアは先日テオに運命の未来の話をしてくれた。しかしそれは荒唐無稽な話だと一蹴されてもおかしくはない。


 テオはオリヴィアの言う事だから信じたが、デリアは違う可能性も大いにある。それにデリアは貴族としてもきちんと立場のある女性だ。だから、わざわざテオのようにオリヴィアの破滅の未来について言っておかなくても自分で進路を選ぶことが出来る。


 逆に考えるとオリヴィアがテオに話をしたのは、優しさであった可能性もある。何も言わずに道連れにすることもできただろうに、彼女は自分の未来についてわざわざ知らせて、テオを救おうとした。


 ただでさえ、オリヴィアの夢ともいえる大切な未来を壊されて、それをあきらめるのに途方もない労力を要しただろうに、彼女は毅然としてこの場にいる。


 ……こんなに、出来た人なのにどうして運命の女神はオリヴィア様に幸運をくれないのかわかんないな。


 テオはそう思いながら、ノートにペンを走らせる。この学園の授業は分かりづらい、後からオリヴィアに説明してもらわなければわからない事も多いのだ。


 疑問に思った部分をきちんと書いて、カルステンが来たことによって切られた集中を取り戻すようにしてテオは気合いを入れた。それはこの講義室にいる多くの生徒が同じで、ざわざわとしていた講義室はまた教師の声とペンを走らせる音に包まれる。


 午後の柔らかい日差しが窓から差し込んでいて、古ぼけた校舎の木の香りがさらに集中させてくれる、そんな時間が長く続くのだった。




 午後の講義が終わり教師が出ていくと講義室は緩んだ空気に包まれた。もちろん、平民階級の学校のように騒ぎ立てる様なものがいるというわけではないが、学園という特性上全員が同じ立場で魔法の勉学に励む場所という事で普段の社交界よりも幾分砕けた言葉遣いや態度の生徒が多い。


 それについて、上位の貴族も特に文句をいうことは無い。ここにいる生徒は皆卒業すれば貴族社会に戻り厳しい上下社会を体験することになる。学園時代に羽目を外せばその時につけが回ってくる。それを知っていて上位の貴族もわざわざ今文句を言う必要はないと判断しているのだ。


 しかし例外もいる。立場をわきまえずに気の赴くままに他人に接し、とろくさい話し方で勘に障る声をしている彼女だ。


 デリアがオリヴィアの教科書を纏め、テオがジャケットを羽織って腰につけている剣の位置を直している間、オリヴィアはただ静かにマイの話に耳を澄ませていた。


「それでその時、ぱぁって、私を光が包んでねっ、すっごく驚いたのぉ」

「それでそれで?」

「マイ様はどうなされたの?」

「でね、光の中で女神さまにあったんだ。すごくきれいな人でね、私を呼んだ理由を説明してくれたんだよ」


 今話しているのは彼女の十八番の召喚された時に女神に会った話だ。しかし毎回若干違うところを考えると多分少し盛っていると思う。


 しかし、そんなことも気にせずに彼女を取り巻いている下級貴族たちが黄色い声を上げて沸き立った。それに気分を良くした聖女マイは身振り手振りを加えてさらに話を盛り上げる。


 そのせいで講義室全体に彼女の声が響き渡り、先ほどまで授業をしていた教師よりも大きな声だった。


 隣で厳しい顔をして目をつむっていたオリヴィアは眉間にしわを刻んでただ黙っていた。この後の講義室は自習室として使うことが出来る。寮の談話室は常に上級貴族のお茶会用に使われてしまうので校舎の講義室が下級貴族の憩いの場なのだ。


 それなのに、この場所に居座り大きな声でおしゃべりなんてしていたら邪魔でしかない。それを分かっているはずなのにカルステンは止めることもなく彼女の話を終わるまで聞いた。


 オリヴィアが静かに座ったまま動かないものだから、ダリアとテオも二人そろって静かに彼女が動くのを待った。


 すると、十八番の話を終えたマイに取り巻きの下級貴族の女の子が話を振った。


「ところでマイ様、お二人は最近学園にいらしてなかったのにどうして今日は出席を?」

「そうですよ。お二人の世界に閉じこもられているからと皆会いたくても、我慢していたのに、少し驚いてしまいましたわ」


 若干嫌味も混じっているような言葉だったが、それにマイはまったく気がつかずに肩まである黒髪をこてんと首をかしげて揺らして、片手にクッキーを持ったまま「ん~」と悩むようなしぐさをした。


 それから、むちっとした頬に人差し指を当てて頬に食いこませる。これはまったく誇張表現ではない。実際に食い込んでいる。


 それから彼女は、困ったように笑って、クッキーを口に放り込みながら言った。


「口うるさいお母さんみたいな人がいるからねぇ、そぉだよね。カルステン」

「ん? ああ、たしかに小姑のように口うるさい婚約者が今日も私たちの邪魔をしに来たな」


 マイの言葉にカルステンはあざけるように言った。それに命知らずな下級令嬢たちはくすくすと笑い声をあげた。


「酷いですわ殿下、聖女様がいらっしゃるまであんなに……ねぇ?」

「ええ、そうですよ。可哀想に、でもほら、わたくしあの方は少し怖かったのよ」

「そうだわ。マイ様の方がずっとお優しくて美しいんですもの」


 下級貴族たちの囁き声にテオはすぐにカチンときた。こんなにすぐそばにいるのにわざわざそんな風に言うのは意地が悪い。






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