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その言葉にまったく現実味はなくて、正直なところテオは、何言っているんだと言いたくなった。
そんな話は唐突すぎるし、到底信じられないというつもりだった。
けれども他の誰でもないオリヴィアの言葉だ。それだけがテオにとっては真実であり、それ以外の言葉は有象無象に過ぎない。だから自分自身のありえないという声ですら、思考の外にやって真剣に話を聞いた。
「……はい」
「忌々しいあの女にわたくしの夢といっても過言ではない王妃の座を奪われるのはとても看過できることではないけれど、命あっての物種ですのよ」
「……」
「分かったらお前も身の振り方を考えておきなさい。今はまだ差し迫ってはいないから、進路を考える時間は十分にあるわ」
そういってオリヴィアは手を離して、テオの心の中を見据えるようにしてこちらをじっと見た。途端に言われた言葉の意味が分からずテオは思わず首を傾げた。
今までのオリヴィアの言葉を真剣に受け取って考えても、自分が身の振り方を考えなければならない理由がわからない。
「……どういうことか分からないんだけど」
そうオリヴィアに聞くと、彼女は眉間にしわを寄せてから紅茶を一口飲み、それからテオに当たり前のように言った。
「察しの悪い駄犬ね。まぁいいわ。わたくしは最低限命しか守らないわ。それ以外を守るために、彼女に屈してへりくだることも、機嫌を取ることもなくてよ」
「……うん」
「だから、お前を養ってやれなくなるのだから、お前はわたくしの実家の別の主に仕えるなり、男爵家に戻って家業を支えるなり好きになさい」
突き放すように言われた言葉にテオは、頭が真っ白になるような思いだった。
そもそも、特異な召喚という事態が起こり、さらには主の立場を犯し始め、それだけでも面倒な事態になっているというのに今度は当のオリヴィアが聖女マイとやりあう前から、天啓によって自分が王妃の座の奪い合いに破れると言い出したのである。
それはあまりに早い展開過ぎて流石にオリヴィアがすべてのテオにだってついていけないものだったが、必死に頭を回して情報を整理した。
「……」
「ああ、考えるだけで腹が立つわ」
言いながらもオリヴィアはまたテオの頭に触れてよしよしとなでつける。
「……えっと……オリヴィア様、質問」
「あまり頭の悪い質問をしたら、打ち切るからよく考えて聞くことね」
「うん」
答えてくれる気があることにテオは安心してそれから、思いついたことを聞いた。
「その破滅の天啓ってこれから起こることだったら、変えられないの?」
「さぁ、どうでしょうね。……きっと細部は変えることが出来るわ。ただ、大まかな未来はきっと変わらないわ。わたくしは、わたくしの言動を改める気はなくてよ」
「……」
「女神の加護は絶大よ。その中でも運命の女神の力があの節操無しに有利に働く、そうなれば、変えようの無い運命だとわたくしは悟ったわ」
その悟る気持ちがまったくわからないけれども、テオは何とか自分の中に落とし込んで考えた。未来を知ったというのを完全に真実だとして考えて、そして、その結果がとてもひどいものだったと。
しかし、それを回避するにはオリヴィアが言ったように自分の取った行動を改めなければならなくなる。
それはテオには出来ない事もない事のように思えたが、もしそれが自分の一番優先するような事項だったらどうだろうと考える。
例えばそれが自分にとって教示のようなもので、それを変えなければ未来が変えられないのだとしたら、あきらめる可能性もある気がする。
「自分を曲げてまで、地位に縋りつくようなことはする気はないのよ」
……オリヴィア様がそう言うんなら、そうなのかな。
彼女の言葉に納得してテオは続けて考えて質問をした。
「分かったけど、命を奪われるのはどうして? それを変える方法はわかってる?」
「分からない。天啓では婚約破棄を言い渡され、拒絶し婚約に関する書面をすべて破棄できないように立ち回っていたらいつの間にか殺されていたわ」
「……」
「だから、立場は守れないのでしょうね。まったく、天啓なんか与えるのだったら、あの女を召喚なんてしなければいいものを……神とは気まぐれで困ったものだわ」
そんな風に今度は神に向かってオリヴィアは悪態をつき始めた。元々信心深い方ではないので、当たり前の反応だと思うしテオも特別信仰心が深いわけでもなかった。
しかし、天啓を受けた本人がそんな風に言うのは、若干罰当たりな気がして、黙ってオリヴィアを見つめると彼女は「仕方がないでしょう?」と言い続ける。
「神はわたくしには優しくないのよ。それどころか、運命とやらの力で私から奪うばかり、心から敬うことが出来ないのだから取り繕う意味を感じませんわ」
ため息をつきながらオリヴィアは言い切って、それから黙っているテオに質問はもう終わったのかと問いかけるように頬に手を触れて緩く微笑んだ。
「……理解できたのなら、今日からは自分の為に動くことね。いいこと、お前の出自はわたくしとお父様以外は知らないわ。常に貴族らしく、何事にも強気に挑みなさい」
それから最後のアドバイスとばかりにテオにそう言って、話は終わったとばかりにソファーから立ち上がろうとする。しかし、それを止めるように手を伸ばして彼女の袖口を引き留めるようにつかんだ。
強くつかまなくてもオリヴィアはテオの方を振り向いて、視線を向けた。
「……俺には、たくさんの事はわからない……分からないけど、もうオリヴィア様は俺の事がいらないってこと?」
勝手に決めて、勝手にテオの進路がどうのこうのと言っているオリヴィアにそう聞いた。すると、彼女はなぜか意外そうな顔をしてそれから、テオの前に座り直した。
「別に、お前はいて困るような人間ではなくてよ」
「なら新しい進路の話なんていらないんだけど……」
「お前、分かっている?わたくしは無様に王妃の座から引きずり降ろされるのよ」
「……一応」
「さらにはあのどこの馬の骨とも分からない節操無しと敵対して、貴族として暮らせなくなるわ」
「……」
「そんなわたくしについてくると、どうなるか想像できるでしょう?」
言い聞かせるようにいうオリヴィアに、テオは当たり前のように頷いて、それからその細い手首から手を滑らせて、手の甲にキスを落とす。色々と面倒な事態らしいが、それでも従者の事を考えてくれるなんて流石は気高い主だと思いながら、ニコッと笑って見た。
するとオリヴィアは理解不能だと顔に出して、それから「不可解だわ」というのだった。
「……きっと頭の出来が良くないのね」
しばらくして結論みたいにオリヴィアはそういって、はぁっと一つため息をついてから、憂鬱そうにテオの頭を撫でた。その顔はどこか疲れているような雰囲気をしていて、一応は、オリヴィアも妙な事態に困り果てているのだと理解ができた。