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 そんなに気にする必要なんかないと、部屋に付いたらオリヴィアに言ってやろうと考えたが、ふと夏休みの記憶がよみがえった。


 ただ会話の一部としてアマーリエが言っていた聖女の力についての事だ。


 運命の女神の聖女の加護は、運命を信じる人間を突き動かす力、だとすると天罰だなんて大それたことを言っていても所詮は人間にできる行為の範疇の何かが起こる可能性があるというぐらいだ。


 ……でも可能性があるだけで、それは大貴族で将来の約束されたオリヴィアを狙った悪漢どもに対する対処と同じでいいはず。


 だからこそそんなに警戒する必要性もない。だってオリヴィアは風の魔法の使い手だ。四元素の魔法の中でも一番強い魔法を持っている。だから警戒さえしていれば何か決定的な事件が起きるはずもない。


 そうたしかに思う。


 オリヴィアの部屋へと到着して、部屋付きの侍女が静かに扉を開けた。ろうかも部屋も、空が暗いせいで少しばかり薄暗く、雨がガラスの窓にぽつぽつと当たってしずくになって落ちていく。


 そんな状況の中オリヴィアは警戒したように真剣な顔付きのまま部屋の中を見渡す。彼女は天啓を受けてい未来を知っていると言っていた。そのオリヴィアの様子がおかしく、天罰の運命を気にしている。


 つまりはそういう事なのだろうと、テオの中の直感が告げる。しかし、オリヴィアの部屋には誰も侵入した痕跡もなければ気配もない。薄暗い部屋の中で、後ろから部屋に入って来たデリアが「上着をお預かりします」と小さな声で言った。


 気の弱い彼女の事だ、この張りつめた状況に怯えているのだろうと思いながらテオは彼女の方を見た。


「ええ、お願い」


 短く返すオリヴィアは、部屋の中を視線で一周見回して何もいないということに安心してから、少し気の抜けた声でそういった。


 しかし、振り返らない。


 ……あ。


 デリアを振り返ったテオにだけは見えていた。


 デリアが普段からオリヴィアの世話をするように、当たり前に距離を詰めていく、その手にはぬらりと光を反射するナイフが握られている。


 それは、オリヴィアに差し向けられていて、鈍い銀色をしている。両手で強く握られていて、刺すのだという意思が感じられた。理解してテオの体は反射で動いた。


 デリアとオリヴィアの間に体を滑り込ませる。デリアを仕留めることよりもオリヴィアがほんのかすり傷でも負わないようにという判断だった。


 テオは護衛騎士をしているけれど、その本領を発揮したことはこれまで一度もなかった。それはひとえにオリヴィアの方がずっと戦闘力が高いからだ。テオが敵を倒す前にオリヴィアが風の魔法で吹っ飛ばして解決している。


 だから、いざという時がもし来たら、テオにできることはきっと肉の壁になってオリヴィアの代わりに傷を受けることぐらいしか出来ないのかもしれないと何となく思っていた。


 ドンッと衝撃が走る。咄嗟の事だったが警戒していたためか体の重心をずらして急所を避ける。体全体でぶつかられて、揺らぎそうになるけれども踏ん張って耐えた。それから熱く重たい感覚がずしんと体に広がって、鈍い声を漏らす。


「ぐっ……」


 デリアは驚いたような顔をして、しかしそれから酷く歪んだ笑みを浮かべつつ、ずるりとテオに突き刺さったナイフを引き抜く。痛みがあるような気がするけれどもよくわからない、ただ変な汗が出て患部を押さえると傷口から染み出した血液がぬるりとして手に絡みつく。


「ふっ、あははは。天罰ですよ、天罰っ」


 高らかにデリアは笑って、テオではなくその後ろのオリヴィアを見て口にする。


「運命は決まっているんです、天罰が下ったんです」


 ……何を、言ってるんだ……。


 まったく理解できないデリアの言動に、テオはそんな風に思いながらも次第に思考が難しくなってくる。ふらりと眩暈がして膝を折ってしゃがみ込むようにして床に膝をつけた。


 それを支えるようにオリヴィアはすぐに手を伸ばし「テオ」と焦ったような声を出した。


「聖女様の言葉のとおり、天罰が下ったんです。運命はあの方の思うままっ!」


 感極まったように言ったデリアは、血にぬれたナイフをオリヴィアに差し向ける。しかし、そんなことはお構いなしにオリヴィアはテオを自分に寄りかからせて顔を覗き込んだ。


「オリヴィア様も、ここで天罰にあってもらいま━━━━


 ナイフを構えて突っ込んでくるデリアに、オリヴィアは魔法を使って彼女を吹っ飛ばした。


 あっという間に部屋の壁に体を打ち付けて失神するデリアだったが、その様子を見るでもなく、オリヴィアはテオの腹に触れる。


 それから傷口を圧迫するように押さえつけながら、彼女は眉間にしわを寄せてその鋭い瞳を悲しみに染めながら漏らすように言う。


「テオ、ああ……ああ、どうして。何もかも捨てたというのにどうしていつも、お前はわたくしを置いていこうとするの」

「……」

「お前さえいれば、わたくしは何もなせなくとも惨めではないのに」


 顔を覗き込まれて柔らかな金髪がテオの頬を撫でる。大きなエメラルドから大粒のしずくがテオの頬にぽたりと音を立てて落ちた。


 …………オリヴィア、さま。……俺の、ためなんかで、泣かないで。


 きっと大丈夫だからそう口にしたいのに、上手く体が動かずに視界がかすむ。


「運命だなんて認めない。認めないわ。お前がいないのならわたくしの人生など意味もないのよ。テオ」


 今まで、一度も言われたことがない言葉を言われて、テオはまるでこれでは本当に自分が死んでしまうみたいじゃないかと思う。それに痛みと遠のく意識の中で、妙に納得してしまった。


 らしくないとアマーリエに言われていたオリヴィアは、この事態を回避するためにこれまで争いを避けてきたのだと思う。そして気高いオリヴィアは自分の命なんかに拘らない。命よりもプライドと気高さを優先するような人間だ。


「お願い今度こそ、置いてゆかないで、わたくしはお前と過ごす未来の為ならすべていらないわ。だから、テオどうか」


 そんな彼女がこだわった命、それがつまりテオの命であり、彼女の受けた天啓はテオが死ぬ未来。それを回避するための行動が今までのすべてであるのだろう。


 これがただの使用人だったらおこがましい思考かもしれなかったが、テオはオリヴィアの特別な騎士だった。だから、テオはオリヴィアを誰よりも大切にしていたし、オリヴィアはテオを一番に信頼している。


「生きていてほしいわ」


 泣きながら縋るようにいうオリヴィアはとても心細そうで、こんな風に泣くのなんて幼いころ以来見たことなかった、だから傷つけてしまって申し訳ない気持ちと、やっぱりオリヴィアが傷つかなくてよかったという気持ちにさいなまれて曖昧に笑ってテオは重たい瞼を下ろす。


 瞳を閉じると、「ああっ」と堪えられないような泣き声が耳に届いた。







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