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8 ルイ様に伝えられていた私の悪い噂


「夕食が……ない?」


「はいっ。ごめんなさいっ」



 呆然としているルイ様に向かって、床に膝をついて謝る私。

 先ほど夕食を取りに調理場へ行ってきたけれど、義母に今夜は私に食事を出すなと言われたらしく受け取ることができなかった。




 まだ怒っているんだわ。

 まさか夕食を抜きにされるなんて……。ルイ様の分も必要なのに。




 ルイ様は納得のいかない様子でカッと机を叩いた。

 バン! という迫力のある音ではなくカッ! という軽い音がかわいらしく、つい吹き出しそうになる。




「なぜだ? 何か失態をしたならともかく、リアはずっとここで仕事をしていただけではないか」


「そうなのですが……」


「これまでも、食事を与えられなかったことはあるのか?」


「…………はい」



 ここで、今回が初めてですと言っても信じないだろう。

 私は素直に認めることにした。



「ごめんなさい。ルイ様の分だけでももらえたらよかったんですが……」


「俺のはかまわない。それよりリアの分だ。俺に分けたせいで、リアは昼間もまともに食べていないというのに……」


「私は大丈夫です」


「……また慣れているとでも言うつもりか?」


「…………」



 エメラルドグリーンの瞳にジロッと睨まれて、私はそれ以上何も言えなくなる。

 ルイ様は黙り込んだ私を見て、はあっ……とため息をついた。



「まさかこの家の使用人がこんな扱いを受けているとは知らなかったな。母に伝えることができればすぐに改善してもらえるだろうが、今の姿では話すこともできないし……」


「…………」




 というか、そのお義母様がすべての発端なんですけどね?

 ルイ様の前では優しく聡明な母親を演じていらっしゃるから、言っても信じないでしょうけど。




 考えていることが顔に出ないように、微笑みながらその言葉をスルーする。なんて答えればいいのかわからないのだから仕方ない。

 

 すると、ルイ様が少し考え込んだあとに静かに尋ねてきた。



「俺の妻……リリーと話したことはあるか?」


「はいっ!?」



 突然自分の名前が出されて、声が裏返ってしまった。

 しかしルイ様はその返事を肯定したと受け取ったらしい。



「あるのか。何か嫌なことを言われなかったか?」


「嫌なこと……ですか?」


「ああ。母や姉から聞いたのだが、リリーは毎日メイド達に嫌がらせをしているそうなんだ」




 嫌がらせをしてる? 私が?

 私のことを色々とルイ様に吹き込んでいるとは思っていたけど、そんなことを言われていたのね。




「どんな嫌がらせですか?」


「聞いた話によると、罵倒や暴力は日常茶飯事で何人ものメイドをクビにしているらしい」


「…………」



 

 何人ものメイドをクビ!?

 それをやっているのはマーサ様だわ!




「それから、到底できないような仕事を無理にさせようとしたり」


「…………」



「あとは花瓶の水を頭から被せたり、メイドが身につけている服を破いてきたりと相当なことをしているらしい」

 

「…………」

 



 それは、私がマーサ様からやられたことばかりだわ。

 ルイ様の中では、私がメイド達にやったことになっているのね。




「母や姉がメイド達をうまくフォローしてくれているらしいが、本当に困ったものだ」


「…………」



 げんなりした様子で話すルイ様を、少し冷めた目で見てしまう私。


 すべて間違っている。

 何もかもが違う。


 いつも会うたびに私に冷たい視線を送ってきたルイ様。

 そういうことか……と妙に納得してしまった。




 私のこと、そんなにひどい女だと聞かされていたのね。悪いことを言われているのは知っていたけど、まさかここまでひどかったなんて……。




 軽いショックを受けると共に1つの疑問が浮かんでくる。

 そんなひどい女と、どうして離婚しようとしないのかしら──?



「あの、ルイ様」


「ん? なんだ?」


「こんな質問するのは失礼かもしれませんが、その……どうしてそんなお話を聞いても離婚しようとは思わなかったのですか?」


「離婚?」


「はい」



 かわいいつぶらな瞳をパッチリさせて、ルイ様はうーーんと小さく唸った。



「メイド達には申し訳ないが、新しい妻を探すのも面倒だから……かな」


「面倒……」


「ああ。結婚する前は、毎日宰相の娘やら大臣の親族やらとの婚約の話が絶えなくてな。夫婦関係がないにしろ、妻という存在はいてもらわなければ困るんだ」




 それって、女避けのためってこと?

 それだけのために悪女だと思ってる()と離婚しないだなんて、面倒くさがりにもほどがあるわ。




 思わず呆れた視線を向けてしまったが、ルイ様は気づいていないようだ。



「それで、どうなんだ? リアはリリーから何か嫌がらせをされていないか?」


「え、と……」




 どうしましょう。

 ここは話を合わせておいたほうがいいのかしら?

 でも、自分でやってもいない悪行を報告するなんて絶対に嫌だわ!




「何もされていません」


「何も? 罵倒されたり暴力を振るわれたこともないのか?」


「ありません」



 むしろお優しい方ですよ?

 なんて言ってしまいたくなったけれど、さすがにそれは恥ずかしいのでやめておいた。



「本当か? リリーを庇っていないか?」


「本当です。今までリリー……様に何かされたことはありません」


「そうか……。今回の食事抜きはリリーの嫌がらせかと思ったが、違うようだな」




 えっ!?

 私が疑われていたの!?

 何もされてないって答えてよかったわ……。

 

 それにしても、もっと疑われるかと思ったのに意外にもすんなり信じてくれたわね。

 絶対にあの悪女のせいだ! くらい言われてもおかしくないのに。




 でも、よく考えてみたらルイ様に強く罵倒された記憶はない。

 いつも冷たく軽蔑した目で見られてはいたけれど、義母や義姉のように私を怒鳴りつけてくることはなかった。




 無口で冷たい方かと思っていたけど、実際には優しくてとても話しやすいわ。

 誤解されていなかったら、仲の良い夫婦になれていたのかも…………って、いや。何を考えているのよ私は!




「どうした、リア!? 顔が真っ赤だぞ」



 私を見たルイ様が、ギョッとした様子で声を上げた。

 そんなに驚かれるということは、私が思っているよりも顔が赤くなっているのかもしれない。




 まさかあなたとの良好な夫婦関係を想像してしまったんです……なんて言えないわ!


 


 私は両手で頬を隠すように包むと、小さな声で「なんでもないです」と答えた。


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