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7 初めての「ありがとう」


 マーサ様の入っていった部屋の中には、義母がいた。

 他に使用人の姿はなく、部屋の中には私達3人だけだ。



「グレンダから聞いたけど、あんた……さっき玄関でのやりとりを盗み聞きしていたらしいわね!」


 

 ドカッとソファに座り込みながら、マーサ様が険しい顔で聞いてくる。

 腕と足を組み、眉間にシワを寄せてこちらを睨むその姿は、とても由緒正しき公爵家のご令嬢とは思えない。



「……はい」


「ふんっ! ほんっとうに卑しい女ね! それで? その時にルイが行方不明だって聞いたはずよね? それなのに、あんたは呑気にゆっくり昼食を食べていたって本当なの!?」




 あのメイド、だいぶお口が軽いようね。

 こんな短時間でマーサ様にすべてお話ししてるなんて。




 義母は黙ったままだが、不機嫌そうにずっと私を睨んでいる。



「昼食は話を聞く前に食べ終わっておりました。ルイ様が行方不明と聞いたショックで、部屋で呆然としていたのです」


「嘘ね! さっき階段を下りてきたあんたは、全然悲しそうな顔なんてしてなかったもの! ルイが行方不明で喜んでるんじゃないの!?」


「そんなことはありません!」


「口答えすんな!!」



 ガチャーーン!!


 カッとなったマーサ様が私にティーカップを投げつけ、壁に当たったカップが激しく割れた。



「ルイがいなくなったらこの家は自分のものだとでも思って喜んでいるんでしょ!」


「!」


「言っておきますけどね、あんたに実権なんてないから! 飾りだけの妻なんてすぐに追い出してやるわ!」


「…………」



 口答えをするなと言われたので黙っていただけなのに、私が何も返事をしないことで反抗していると思われたようだ。

 ソファに座っていた義母がスーーッと静かに立ち上がり、低く冷静な声で話し出した。



「もしこのままルイが見つからなかったら……マーサの婿を取り、その者にこの公爵家を任せるわ。グズ女にはこの公爵家の財産を渡すつもりはないから、そのつもりでいなさい」


「…………」




 この人達は何を言っているの?


 飾りだけの妻を追い出す?

 財産を渡すつもりはない?


 ……ルイ様が行方不明だと知って、まず最初に私にこの家を乗っ取られるのではと心配をしたの?




 あんなにルイ様を可愛がっていた義母と義姉。今は行方の知れないルイ様を心配して憔悴していると思っていた。

 まさかルイ様自身の心配よりも、そんな心配をしていたなんて。




 はぁ……私の信用もここまでないとは。

 誰もこの家を私のものにしようなんて思っていないわよ!




 でも、そう伝えたところできっとこの2人は信じないし、また口答えをされたと怒るだろう。

 ここは素直に返事をしておくのが1番だ。



「わかりました」


「……今日は屋敷の掃除はしなくていいわ。部屋で縫い物でもしていなさい」


「はい」




 下手にこの屋敷の中を動いてほしくないのね。私が何か重要な書類でも盗むと思われてるのかしら?

 まぁ今はルイ様もいるし、部屋にいられるならそのほうがいいわ。




 私は裁縫の道具が置いてある部屋に向かい、必要な物を持ってまた屋根裏部屋へ戻った。




 ルイ様の心配をしてない2人を見て冷たいと思ったけれど、きっと向こうも平然としている私を見て同じことを思ったでしょうね。

 でも仕方ないわ。

 私は本人が(命の面では)無事だって知っているんだもの。




「戻りました」



 カチャ


 そう言いながら部屋の扉を開けると、机の上で丸くなって寝ているルイ様がいた。

 短い手足はうまく毛に隠れているらしく見えない。




 かわっ……!

 かわいいわぁぁぁ!!!




 その愛らしい姿に、さっきまで感じていたモヤモヤが一気に晴れた。

 白銀色のふわふわな丸い小動物──ぎゅうっと抱きしめてしまいたいほどに可愛い。


 もちろん、そんなことできるわけないけれど。




 寝てしまったのね。

 ベッドに運んだほうがいいかしら? 

 でも触ったら起こしてしまいそうだわ。それに、このベッドじゃ固くてあまり机の上と変わらないかも……。




 うーーん……と唸りつつ、ふと自分の持っている裁縫道具と布に気づく。




 あっ! 小さい簡易布団を作ればいいんだわ!

 私の固いベッドよりもきっと寝心地がいいはずよ。




 そうと決まれば! と、こっそり寝ているルイ様のサイズを確認して作業を始めた。







「……あれ? 俺は寝ていたのか?」


「あ。起きましたか? もうすぐ夕食の時間ですよ」


「うわっ! な、なんでそんな暗い中にいるんだ?」



 ムクッと起き上がったルイ様は、小さなランプを灯し、その近くでひっそりと作業している私を見て驚きの声を上げた。

 窓の小さいこの屋根裏部屋は夕方になるとすぐに真っ暗になってしまうのだ。


 支給されているランプはとても小さいため、部屋全体を明るく照らすことができない。


 真っ暗な部屋の中で、小さな明かりに照らされ浮かび上がった私の顔はきっと幽霊のように見えたことだろう。 



「すみません。灯りが小さいもので」


「……そのベッドに置かれた大量の服はなんだ?」


「これですか? 使用人の服です。破けてしまったものを直したり、サイズが変わってしまった分を調整したりしています」


「それも雑用の仕事なのか?」


「まあ……そうですね」




 本当は雑用ではなく公爵夫人ですが。




 貧乏男爵令嬢だった私は、刺繍をして少しお金を稼いでいたため裁縫はわりと得意なのだ。

 この家に嫁いできてからはさらに裁縫をする機会が増え、今ではメイド達よりも上手に縫い物ができる自信はある。



「ルイ様、机の上で寝て体は痛くないですか?」


「ああ。大丈夫だ。……こんなにぐっすりと寝たのは久々だな」


「お疲れだったんですね。これ、今さらなんですが良かったら使ってください」



 1番最初に作ったルイ様用の小さなクッションを、そっと机の上に置く。

 


「これは……もしかして俺のベッドか? リアが作ったのか?」


「はい」



 ルイ様はクッションに小さな手をのせたあと、ポフッと可愛らしい音を立ててその上に乗った。

 サイズはピッタリだ。



「すごいな。ありがとう、リア」


「!」




 ルイ様から初めてお礼を言われたわ。

 いえ……ルイ様どころか、この家に来て初めて……。




 なんとも言えない感情が押し寄せてきて、涙が出そうになった。




 たったそれだけでこんなに嬉しいと思ってしまうなんて……私って単純ね。




「いえ。……夕食を取りに行ってきますね」



 涙に気づかれたくなくて、私は足早に扉に向かった。


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