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6 私の名前は……


 バタン! と部屋の扉を閉めると、机の上に立っていたルイ様が声をかけてきた。



「何があったんだ?」



 短い足でちょこんと立っている姿がかわいくて、一瞬で胸の奥をギュッと掴まれてしまった。




 かっ、かわいいっ!! ……じゃなくて!




「あの、おそらくルイ様の部下にあたる騎士の方がいらしていました。ルイ様が、その……行方不明になったと……」


「……そうか。どんな男だった?」


「え、と。茶色の髪で、胸元までの髪を1つに縛っていました」


「コリンか。それで、行方不明と聞いた母が騒いでいた……といったところか」


「はい」



 ルイ様は、それを聞くなり難しい顔をして考え込んでしまった。

 言葉がわかるようになってから、表情までも読み取れるようになったらしい。まるで人間のような表情に見える時がある。




 どうしよう。

 あのこと、伝えたほうがいいよね?




「あの、実はルイ様のことをお伝えしようとしたんです」


「俺のこと?」


「はい。魔女に姿を変えられたことを伝えれば、みなさんにも気づいてもらえてお話ができるかと。でも、そのことを伝えようとすると変な言葉になってしまい、伝えられませんでした」


「……魔女の呪いだな」


「そうだと思います。申し訳ございません。お役に立てなくて」



 ペコッと頭を下げると、ルイ様が優しい声でそれを否定した。



「謝る必要はない。君は十分やってくれているよ」


「…………」



 なぜか、人間の姿のルイ様が微笑んだように感じた。

 結婚してから数年、こんなにも優しく声をかけてもらったことなんてなかった。




 この方は……本当はこんなにも優しかったのね。




 今まで、私を睨んだり無視してきた旦那様とはまるで別人だ。

 私が旦那様の前では偽物の姿だったように、あの冷たい旦那様も本当の姿ではなかったんだ。


 ……まぁ、私を嫌って態度を悪くしていたのは紛れもない事実だけれど。




 きちんと誤解が解ければ、こうして普通に会話することもできるのかもしれないわ……。




「どうした? えーーと……そういえば、ずっと君と呼んでいて名前を聞いていなかったな。名前を教えてもらえるか?」


「!」




 名前……どうしよう。

 言ってみる? 私はあなたの妻のリリーだって。

 

 でも、急に態度が冷たくなったら──。




「私の名前は……リア、です」


「リアか。改めてよろしくな」


「よろしくお願いします」




 ダメだわ。本当のことを言えなかった。




 誰とも仲睦まじく話すことのないこの家の中で、まさか1番苦手に感じていたルイ様とお話しするのがこんなに楽しいなんて。

 慣れていたはずなのに、冷たくされたくないと思ってしまうなんて。




 騙してごめんなさい。ルイ様。

 



「それにしても、スープの味もひどいものだったぞ。本当にリアは毎日あんな料理を食べているのか?」


「あ、はい」




 違うと誤魔化したいけど、これから実際に見られたらバレてしまうわけだし……正直に言うしかないわね。




 私の返事を聞いて、ルイ様は怒りを露わにした。

 腕を組んで「元に戻ったら料理長を呼び出しだな」などとブツブツ呟いている。


 その時、この部屋に続く階段を誰かが上がってくる足音が聞こえた。




 誰か来る! お義母様!?




 バッとうしろを振り返った時、ノックもされずに勝手に扉が開いた。

 そこに立っていたのはメイドのグレンダだ。



「いつまで食べてるんですか!? ……って、もう終わってるじゃない! いつまでここにいるつもりですか? 覗きの次はサボり?」


「ごめんなさい。すぐに行くわ」


「はあ〜〜。だったら早く自分から動いてくれます? わざわざここに来るの面倒なので!」


「ええ。次から気をつけるわ」



 グレンダはジロッと私を睨みつけたあと、わざとらしいくらいに大きな音を立てて階段を下りていった。

 グレンダが入ってきた瞬間、お皿の陰に隠れていたルイ様が驚いた様子で立ち上がる。



「……なんだ、今のは。あれがうちのメイド? 同僚に向かってあんな態度をとっているのか?」


「…………」


「いつもあんな感じなのか? メイド長に相談は?」


「相談はしたことありません」




 そもそもそのメイド長も率先して私に厳しいしね。……なんて言えないけど。




「あの、私は仕事に戻ります。ルイ様はどうされますか? このままこのお部屋にいてもかまいま──」


「なぜそんな平気そうな顔をしているんだ?」


「え?」


「あんな態度を取られて悔しくないのか? 悲しくはないのか?」


「……いえ。慣れていますので」



 あまりにも真剣な顔で聞かれるものだから、ついポロッと本音を言ってしまった。

『慣れている』という言葉に、ルイ様が悲しそうに顔を歪ませる。




 あ。言わないほうがよかったわね。




「……ではなくて、慣れてるというか、えっと……とにかく私は全然気にしていませんから。では、失礼しますね!」



 無理やりに話を終わらせて部屋を出る。

 さっき言った自分の言葉には、今までのルイ様に対する皮肉が混じっていた。それに気づき、とても恥ずかしくなったのだ。




 あんな言い方をしてしまうなんて……。

 でも、つい『あんな態度? それはあなたも同じだったわ』って思ってしまったんだもの!

 ……本人はきっとあの言葉の中に自分への文句が混ざっているとは思っていないでしょうけど。




「はぁ……」



 そうため息をついて屋根裏部屋に続く階段を下りると、ちょうどその階段に近づこうとしていた人物と目が合った。

 義姉のマーサ様だ。


 マーサ様はジロッと私を睨みつけて、「こっち来て」と私を呼び出した。

 おそらくルイ様の行方不明の件についてだろう。




 何を言われるかしら……。




 もう一度大きなため息をつきたくなるのをグッとこらえ、黙ってマーサ様のあとについて行った。


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