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5 なんでパンがこんなに固いんだ?と言われましても


「お待たせしました」


「…………」



 昼食のプレートを持って屋根裏部屋へ戻ると、先ほどと同様机の上で呆然と立っているルイ様がいた。

 その視線の先には、私の持っているプレートがある。



「……それはなんだ?」


「パンとお肉とスープです」



 そう言いながらプレートを机に置くと、ルイ様は恐る恐る近づいてきてパンを凝視した。



「パン? 色がなんだかおかしいぞ」


「焼きたてではないですから。時間が経つと色が少し変わってしまうんです」


「朝の残りということか?」


「いえ。おそらく……昨日のかと」


「昨日の!?」



 ルイ様はギョッとしてパンと私を交互に見ている。

 生まれた時から高位貴族として育ったルイ様は、焼きたてのパンしか食べたことがないのだろう。


 まるで触ってはいけないもののように、パンから少し距離を取っている。




 まあ……まるでパンを怖がっているみたい。




 思わず笑ってしまいそうになったのをグッとこらえて、パンをブチッと力いっぱいちぎった。固くなっているため、力を入れないとなかなかちぎれないのだ。



「はい。ルイ様の分です。足りなかったら言ってください」



 そう言ってパンを差し出すと、ルイ様は短い腕をプルプルと震わせながらそれを受け取った。



「これは……食べられるのか?」


「大丈夫ですよ。ほら」



 ブチィッ!


 見本としてパンを食べる様子を見せたけれど、歯を食いしばって噛みちぎっているところを見て余計に怖がらせてしまったらしい。



「なんでそんなに力を入れてパンを食べているんだ……」


「慣れれば大丈夫です」


「慣れれば……って。この家の使用人は、みな毎日こんな物を食べていたのか……?」



 ショックを受けた様子のルイ様は、意を決したようにガブッとパンに食いついた。



「……この生き物は歯が尖っているからなんとか噛み切れているが、なんでパンがこんなに固いんだ。それに、味もしなくてただの固まりを食べているみたいだ……」




 まあ。文句を言いながらもムシャムシャ食べているわ。

 余程お腹が空いていたのね。

 それにしても……頬袋が広がっていて、なんてかわいいのかしら! どんどん差し上げたくなっちゃうわ!




「ルイ様。お肉はどうですか? ……はい、どうぞ」


「……これが肉?」



 薄くて味のついていないお肉を切ってあげると、ルイ様は険しい顔をしてそれを手に取った。

 そしてパクッと口に入れたものの、うまく噛み切れないのかモグモグと口を動かしている。




 まああ……! 小さなお口が動いていてかわいいわ!




「なんでこんなに薄いのにうまく噛み切れないんだ? それに味もしないし、一体なんの肉だ?」





 小さな手でパンとお肉を持っている姿、かわいすぎる!




「君たちはいつもこんな食事を……って、なんだその顔は?」


「はい?」


「なんでそんなにニヤニヤしているんだ? この料理がそんなに嬉しいのか?」


「あ……いえ。なんでもないです」




 まさか、あなたの姿があまりにもかわいくて……なんて言えるわけないわ。




「もしよかったらスープも飲んでくださいね」


「……具が何も入っていないが」



 そうルイ様が呆れた声を出した時、下の階から誰かが何かを叫ぶ声が聞こえた。

 何を言っているのかは聞き取れなかったけれど、この声はおそらく義母だ。



「何かあったのか!?」


「私、見てきます」


「俺も行く」


「ですが、もし見つかっては今度こそ捕まってしまうかもしれません。ルイ様はここでお待ちください」


「…………」



 納得のいかない顔をしていたものの、ルイ様は仕方なさそうにコクッと頷いた。

 私は急いで部屋を出て、階段をかけ降りていく。



「なんですって!?」

「どうしてルイが!」




 お義母様とマーサ様だわ。

 この声が響いてる感じ……玄関にいるのかしら? ルイ様のことを話してる? もしかして──。




 玄関が近づくにつれて、話し声がはっきりと聞こえてくる。

 義母と義姉の他にも誰か男性がいるようだ。


 私は気づかれないように途中で足を止め、こっそりと隠れながら話を聞くことにした。




「行方不明ってどういうことなの! どうしてルイが!?」


「わかりません。突然辺りが暗くなったと思ったら、団長が消えたのです」


「消えたって……ちゃんと探してくださったのですか!?」


「もちろんです! ずっと探していますが、まだ……」


「そんな……!」



 ルイ様のことを『団長』と呼んでいる若い男性は、ルイ様の所属する騎士団の部下だろうか。

 長時間森の中を探したのだとわかるほど、その服はボロボロになっていて顔も疲れきっている。




 ルイ様は行方不明という扱いになっているのね……!

 ここにいらっしゃるというのに。


 ……あっ! そうよ。みんなが自分でルイ様に気づけないのなら、私が教えてあげればいいのでは?

 この小動物がルイ様だと教えれば、みんなもルイ様とお話ができるようになるかも!




 なぜ今まで気づかなかったのかと、自分を責めたくなる。

 その時、突然背後から声をかけられた。



「そんなところで何をしているんですか?」


「!」



 振り返ると、メイドのグレンダが立っていた。

 盗み聞きをしていた私を軽蔑の眼差しで見ている。




 ……グレンダに言ってみようかしら?

 いえ。この家の主人が魔女に姿を変えられたなんて、あまり言わないほうがいいわね。義母や義姉、ルイ様の部下の方など、人数を絞ったほうがよさそうだわ。




「あの、お義母様とお話がしたくて。○☆◆*(ルイ様の件でお話が……)」


「え? なんですか?」




 あれ? 今、言葉が変じゃなかった?




「あの、だから、◇●$◎(ルイ様のことでお話が)」


「何を言っているんですか? 意味がわかりません」



 グレンダは心底不快そうに顔を歪め、プイッとどこかへ行ってしまった。



「あっ……」




 行ってしまったわ。

 お義母様を呼んでほしかったのに。


 ……それにしても、今……やっぱり変な言葉になってたわよね? どうして?




「もしかして、魔女の呪い……?」



 ルイ様の呪いは、自分で気づかなければならないらしい。

 誰かが教えてはいけないということか。




 それじゃあやっぱり私が協力するしかないのね。

 そのうちルイ様が行方不明だと知れ渡ってしまうでしょうし、急いで呪いを解かなくては。




 まだ玄関で言い合っている義母達を横目に、私は屋根裏部屋へ戻った。


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