4 私が妻だって気づいてない!?
「きゃあああああーーーーっ!!」
屋敷中に響いたのではないかと思うほどの大きな悲鳴。
その声の主が義母と義姉であることは、次に聞こえた叫び声でわかった。
「ネズミよ!!!」
「早く捕まえて処分して!!」
「いやあああ!! こっちにこないでーー!!」
窓が開いていたのか、庭にまでよく聞こえてくる2人の声。
かなり慌てているらしくいつも私を罵倒する時と同じくらいの醜い声になっている。
……やっぱりネズミと思われてしまったのね。
ルイ様は大丈夫かしら?
そう思いながら声のする窓を見上げていると、小さな白い物体が窓から落ちてくるのが見えた。
えっ!?
思わず両手でその物体をキャッチすると、モフッとした柔らかい触感が手のひらに広がる。
想像した通り、ルイ様だ。
「ルイ様、大丈夫ですか!?」
「ああ。思わず飛び出してしまったが……助かった。ありがとう」
「い、いえ」
あああ……驚いたわ!
これだけ軽くて柔らかいのだから、私がキャッチしなくても助かったかもしれないけど……間に合ってよかった。
「母と姉にはまったく気づかれなかったよ」
「……聞こえておりました」
「はぁ。まさかメイドに気づかれて家族に気づかれないとはな」
…………え? メイド?
「初めて見る顔なのに、よく俺のことがわかったな。今までに話したことがあったか?」
「……あの、私はよく旦那様を見かけておりましたので」
「そうか。でも本当にすごいな。感謝するよ」
……ルイ様はずっと私のこと『君』って呼んでいたし、もしかしてそうなんじゃないかと思ってたけど。
やっぱり私が妻のリリーだって気づいていないのね!?
たしかに私は旦那様と濃いメイクをしてない状態では会ったことないし、いつも派手なドレスと派手な宝石で着飾った姿しか見せたことがない。
髪の毛だってクルクルに巻かれたボリュームアップの髪型しか知らないだろうし、今の私の姿とは別人だ。
だからって、私はこんな小動物になったルイ様にも気づいたのに……。
どれだけルイ様が私に興味を持っていなかったのかがわかる。
妻として落ち込みたいところだが、元々夫婦として成り立っていなかったのだから仕方ない。
でも、だから──自分の妻だと知らなかったから、あんなに普通に話してくれたのね!
どうしよう。打ち明けたほうがいいのかしら。
「ひとまず、何か食べ物をもらえないか? ずっと食べてなくて腹が空いているんだ」
「あっ、はい。もうすぐ昼食なので、私の分を分けますね」
「君の分とは別で用意することはできないのか? この体だし、ほんの少量でいいのだが」
「……申し訳ございません。私は出された分の食事しかできないのです」
私の返事を聞いて、ルイ様の丸い目が不思議そうに細められる。
「使用人の食事はそんなに厳しく管理されているのか? 元に戻ったらなんとかさせよう」
「……ありがとうございます」
どうしよう。
ルイ様がいない間の私の食事は、余って固くなったパンとみんなの残り物の具なしスープだけなんだけど。
ルイ様のお口には合わないわよね?
このお姿なら大丈夫かしら?
贅沢三昧をしている設定の私が痩せ細っていてはおかしいため、食事は基本的に出してもらえる。
しかし、その中身は腐りかけの物や余り物ばかりだ。
たまに義母や義姉の機嫌が悪い時には、食事を抜かされることもある。
たぶん今日はルイ様が帰ってくるかもと言われている日だから、食事をもらえないってことはないわね。
あとはその食事の内容で、ルイ様が驚かれなければいいけど……。
私はそのままルイ様を運び、屋根裏部屋に連れていった。
*
「ここが私の部屋です」
「…………」
部屋に入るなり……いえ。屋根裏に向かう階段を上がっている途中から、ルイ様は呆然とした様子で周りを見ていた。
今は、暗く湿っぽいこの部屋を見て衝撃を受けているらしい。
「ここが部屋!? なんだ、この部屋は!? 使用人の部屋は、たしか1階にまとまっているはずだが……」
「私だけ、その、特別なのです」
「特別!? どう見ても罰の間違いだろう!?」
手のひらの上に立ち、私に背を向けていたルイ様は、クルッと勢いよく振り返る。
そして、私を上から下までジロジロと見てきた。
「体が小さくて君の服がよく見えていなかったが……それはメイドの服ではないな。なんでそんなに汚れているんだ? なんの仕事をしている? なんでこんな部屋に……」
ルイ様は次から次へと質問をしてくるが、なんて答えていいのかわからない。
自分の家にこのような扱いをされた使用人がいることにショックを受けているようだ。
……まぁ、本当は使用人ではなくあなたの妻なんですが。
でもすでに混乱しているルイ様をさらに混乱させるわけにはいかないわ。なんとか誤魔化さないと。
「えーーと、私は雑用なんです。あ! お食事! お食事を運んできますね!」
ルイ様をボロボロの机の上に下ろして、私は返事を聞く前に部屋を飛び出した。
「はぁ……どうしよう」
今は普通に会話をしているルイ様も、私がリリーだと知ったらもう話してくれないかもしれない。
それでも私しか頼る相手がいないなら、そんな気まずい状態で呪いを解く方法を探さなければいけないのだ。
それは嫌だわ。
だったら、私であることを隠していたほうがお互い良さそうね。
私は雑用。そういうことにしておこう。
名前を聞かれるかもしれないから、仮の名前を考えておいたほうがいいかも。
「……本当に変なことになっちゃったわ」
ふぅ、と小さくため息をつきながら、私は昼食を受け取るべく調理場へ向かった。
ルイ様のお口に合う食事がありますようにと願いながら。