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35 残された2人


「お母様! 私、嫌です! あんな場所に暮らすなんて!」


「じゃああなたは新聞社に売られて社交界で恥をかけと言うの?」


「それは……っ」



 義母に一蹴されたというのに、すぐには諦めないらしい。

 往生際の悪いマーサ様は狙いをルイ様に定め、涙目で駆け寄ってきた。



「ルイ! 悪かったわ! リリーにも謝るから! だから追い出すのだけはやめて!」


「断る」


「お願いよ! ルイ!」



 一瞬の迷いもなくズバッと即答したルイ様の腕を掴み、マーサ様がさらに顔を近づけて抗議をしてくる。

 ルイ様は掴まれた腕をすぐに振り払っていた。



「リリー! お願い! ルイを止めて!」



 振り払われたマーサ様の手はそのまま私の腕に伸びてきて、わりと強くギュッと握られた。けれどこの強さはわざとではなく不安からくる無意識だろう。

 もちろん、ルイ様はその手もすぐに掴んで引き離してくれた。



「リリーに触るな。今まで自分がリリーに何をしてきたのかわかっているのか?」


「ルイッ!」


「男を呼んだのはやり過ぎだったな。どんな謝罪の言葉を並べようが、俺は絶対に許さない」


「!!」



 ゾクッ


 実の姉に向けられているとは思えないほどの冷めきったその目からは、心からの憎しみが溢れ出しているように見える。

 マーサ様がフラフラと一歩後退りした時、コリン卿が部屋に入ってきた。



「団長! あの男性は丁重にお帰りいただきました!」



 放心状態の義母やマーサ様、使用人達の姿を見ても動じることなく、いつもの明るい調子でルイ様に報告している。



「ちゃんと誤解は解いたんだろうな」


「もちろんです!」


「わかった。あと、今すぐに新しい使用人が欲しい。探してくれ」


「はい? 団長、俺の職業わかってます? 騎士ですよ? 新しい使用人なんて探せないですよ」



 使用人ならここにたくさんいるじゃないか──とは言わないので、全員解雇されたことを瞬時に悟ったのだろう。

 そこに疑問を抱かずにすぐ受け入れているコリン卿に驚いてしまう。




 さすがだわ……!

 ルイ様の性格をよくわかっているのね。




「コリンの兄弟にそういった仕事が得意な者がいるだろう? 報酬は支払うから、依頼しておいてくれ。できるだけ早急にな」


「ええ? だったら自分で依頼すれば──」



 コリン卿が心底めんどくさそうに顔を歪めると、ルイ様が無言のままジロッと睨みつけた。

 その瞬間、コリン卿は別人のようにキリッとして背筋を伸ばした。



「はい! すぐに手配しておきます!」



 わざとらしいくらいに元気に返事をしたあと、私に軽く頭を下げてコリン卿は部屋から出て行った。

 嵐のような彼がいなくなり、また部屋には静寂が訪れる。




 ど、どうしようかしら……?

 みんな目を泳がせているけれど、ルイ様かお義母様が動かない限り私達は自分から動けないわよね。




 なんとも言えない気まずい空気を最初に打ち破ったのは、義母だった。



「……支度をするわよ」


「お、お母様!? でも……」


「マーサ。覚悟を決めなさい。少しの辛抱よ。……大丈夫。絶対にこのままにはさせないわ」


「お母様……」



 まだ納得のいかない顔をしているものの、マーサ様は義母の言う通り行動に移すことにしたらしい。私とルイ様をキッと睨みつけてから、バタバタとうるさく部屋から出て行った。

 

 それに続いて使用人達も全員出ていき、部屋には私とルイ様だけになった。




 なんだか……どっと疲れたわ。

 



「大丈夫か、リリー?」


「はい。……お義母様がこのままにはさせないって言っていましたが、あれは……」


「気にするな。どうせすぐには何もできない」


「……はい」



 みんながいなくなって、ルイ様のオーラが優しくなった──と感じた瞬間、突然ルイ様が気まずそうに私から目をそらした。



「あ――……そういえば、その……さっきはごめん」


「さっき?」


「…………リリーの許可も取らずに勝手にキスして」


「!」




 そうだったわ!!

 私、ルイ様とキスしたんだった!!




 そのあとの義母達とのやり取りのせいですっかり忘れていた。

 思い出した途端、一気に全身が熱くなる。きっと顔は真っ赤になっているに違いない。



「あ……いえ。そんな。私達は夫婦ですし、謝る必要は……」


「……嫌じゃなかったか?」


「嫌だなんて! そんなこと思ってもないです!」


「良かった」



 ホッと安心したのか、優しく微笑んだルイ様はまるで少年のように幼く見えた。




 かっっ、かわ……っ!!!




 小動物だった頃のルイ様にいつも感じていたあの溢れるような愛しさが、ブワッと全身を駆け巡る。

 もう一切の迷いもなく心からハッキリと言える。




 私、本気でルイ様のことを好きになってしまったのね……。




 結婚して数年経ってから旦那様に恋をするなんておかしな話だ。

 たくさん虐げられて利用されてきたけれど、ルイ様の結婚相手に私を選んでくれた義母に感謝してしまう。



「リリー。俺は君に何か頼める資格なんてない最低な夫だったが、できることなら君とここからやり直したい。俺の妻として……これからも一緒にいてくれるか?」


「……! もちろんです」



 少し自信なさげに話すルイ様が愛しくて、そう返事をするなり彼のたくましい胸に飛び込んだ。腕を回してギュッと抱きつくと幸せに満たされたような気持ちになる。




 これからも夫婦としてルイ様のそばにいられる……嬉しい……!




 そんな幸せいっぱいの私が違和感に襲われたのは、抱きしめ返してくれると思っていたルイ様の腕が一向に私に触れていないことに気づいたからだ。




 ……あら? ……どうしましょう。

 思わず勢いで抱きついてしまったけど、無礼な女だって思われたかしら……?




「あの……ルイ様……」



 そう言ってチラッと顔を上げると、真っ赤になっているルイ様と目が合った。




 え!?




 ルイ様は私と目が合うなり、ハッとして口元を手で隠しながら顔を背けた。何も言われていないけれど、ものすごく照れているのが嫌と言うほど伝わってくる。




 え……照れてる!? ルイ様が!?

 



「あ、あの……」


「……悪い。リリーから抱きついてきたのが初めてだったから驚いて……」


「いえ……。私こそ、その、急にすみませんでした」


「いや。リリーが謝ることじゃ……」



 お互いに顔を赤くしながらモダモダと話す──こんな空気がさらに恥ずかしさを増長させていく。




 ルイ様ってば。さっきは自分から私を抱き上げたりみんなの前でキスしたりしてきたのに、私から抱きついただけでこんなに顔が赤くなるなんて…………かわいすぎるわ!!




 

 決断力と行動力のある男らしい姿と、奥手で照れ屋なかわいい姿のギャップがすごい。

 つい先ほどルイ様への恋心を自覚したばかりだというのに、新たな一面を見る度どんどん好きになってしまいそうで怖くなる。



「……お、俺達も行くか。屋敷の中で何か変なことをされても困るから見張っておかないとな」


「そ、そうですね」



 どこかぎこちない空気のまま、私達はルイ様の部屋をあとにした。



明日で完結です✩︎⡱

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