34 義母達に出した3つの選択肢
「きゃーー!! ルイ!!」
「ルイ様! そんなっ……!!」
ざわざわと騒がしい部屋の中で、ひときわ大きく響くマーサ様とグレンダの叫び声。
そんな大声が気にならないほど、私の頭の中は真っ白になっていた。
…………え?
私、今……ルイ様にキスされてる?
そう自分で考えた時には、その唇は離されてルイ様のエメラルドグリーンの瞳と見つめ合っていた。
呆然としている間に私は下ろされ、体を強く抱き寄せられる。
「これで信じるか?」
「ル……! どう、して……」
マーサ様達は驚きすぎてショックを受けたのか、あまり言葉が出てこないようだった。
チラリとそちらに視線を送ると、ものすごい形相で私を睨みつけるグレンダと目が合った。何度も彼女から睨まれたことがあるけれど、ここまで憎い目で見られたのは初めてかもしれない。
その時、なぜ彼女が最初からずっと私に冷たかったかの理由がわかった気がした。
グレンダ……もしかして、ルイ様のことが好きだったんじゃ……。
目に涙を溜めながら睨みつけてくるグレンダに、少しだけ同情してしまう。
いくら形だけの妻だったとはいえ、好きな相手の妻の下で働くのはどれだけつらかったか。
「とにかく、俺はリリーとは離婚しない。今までリリーを虐げていた者はこの家から出て行ってもらう」
「ちょっと待ってよ!! まだ私達がリリーを虐げていたなんて証拠はないじゃない! ルイはリリーに騙されてるのよ! 大袈裟に言われただけよ!」
本気で追い出されると思ったマーサ様は、予想通り私に対する虐待を否定しはじめた。
ルイ様は冷めた目つきでマーサ様をジロッと見下ろしたあと、意味深な笑顔でニヤリと笑った。
「リリーに言われたから疑っているんじゃない。俺自身が見ていたんだよ。この家の者がリリーを虐げている姿をな」
「はぁ!? どうやって!?」
ルイ様!?
呪いで小動物になったことは言えないはずなのに、何を!?
ルイ様は一瞬チラリと私を見たあと、少年がイタズラをした時のようなやけに得意げな顔でハッキリ答えた。
「幽霊になって見ていたんだ」
「えっ!?」
「俺は行方不明になっている間、姿が見えなくなっていただけでこの家の中にいたんだ。だから全部見ていた」
えええ!? 幽霊!?
ルイ様、なんでそんな大嘘を!?
ルイ様は人を小馬鹿にするような笑みを浮かべながら、ポカンとする義母達を見ている。
大嘘をついているとは思えないほど堂々とした態度だ。
でも、待って。
突然何を言い出すのかと思ったけど、よく考えれば目撃していた時のルイ様の姿はそれほど関係ないのかも……。
大事なのはルイ様自身が目撃していたということであり、それが小動物だろうが幽霊だろうがどちらでもいいのだ。
そっか! 幽霊だったと嘘をつけば、魔女の呪いとは関係ないから変な言葉に変換されないんだわ!
最初は何を言っているのかと思ったけど……ルイ様、意外と考えてる?
とはいえ幽霊だったなんて話をそう簡単には信じられるはずがない。
予想通り、マーサ様も義母も同情するような視線をルイ様に送っている。
「そんな話を信じろというの?」
「俺が幽霊になっていたという証拠はない。……だが、俺が見たものなら全部話せる」
「見たもの?」
ルイ様はマーサ様の質問に答えるべく、何かを思い出すように斜め上を見上げてポツポツと話し出した。
「俺の母がリリーをクズ女呼ばわりし、熱い紅茶の入ったティーカップを投げつけ割れた破片で怪我をさせたこと」
「!!」
「俺の姉は自分で自分の指輪をリリーの部屋に隠し、盗人に仕立て上げようとしたこと。さらには子爵子息を騙して家に呼びつけ、リリーと関係を持たせようとしたこと」
「なっ……!?」
「それから翌日の固くなったパンや具のないスープしか出さなかった料理長に、腐って焦がしたクッキーを食べさせようとしたメイド。そしてそれを知っていて何もしなかった使用人達……」
「……っ!?」
ルイ様が言葉にするたび、義母やマーサ様、そしてグレンダがビクッと肩を震わせた。もちろん料理長や心当たりのある使用人達もだ。
なんでそんなことまで知っているの!? という顔でルイ様を見ている。
「それぞれがどんな言葉をリリーに投げかけたのかも知っているぞ。全部この耳で聞いたからな」
ついさっきまでは誰も信じていなかったルイ様の幽霊だった説を、今ではみんな信じたようだ。
まるで今目の前にいるルイ様も幽霊なのでは……と疑っているような、怯えた空気が漂っている。
グレンダはガタガタと震えていて今にも泣きそうだ。
使用人の中でグレンダだけ名指しされてしまったようなものだもの……。きっととてもショックだったでしょうね。
好きな相手に自分の醜い行動を見られていたとなったなら、ショックも大きいだろう。
けれど自業自得でもあるので、それだけで彼女のこれまでの言動をすべて許すことはできない。
本当に追い出されることを視野に入れてきたのか、ずっと黙っていた義母が口を開いた。
「……私達をどこに追い出すつもり?」
「ブルストル領地にある別邸だ」
「なんですって!? あそこはお爺様が狩りの時期にだけ利用していたところよ!? 人がずっと住み続ける場所ではないわ!」
「使用人とみんなで一緒に行くんだ。なんとかなるだろ」
「なるわけないでしょう!?」
慈悲のかけらもないルイ様のあっさりとした返答に、義母がキッと強く言い返す。
周りにいた使用人達は『えっ? 私達も!?』という怯えた顔で義母とルイ様を交互に見ていた。
使用人が仕事を辞めたあと、次も優良な職場で働くには前雇い主の紹介状が必要だ。
使用人に怒っているルイ様にはもちろん紹介状なんて書いてもらえるわけがないし、過酷な地域に行かされそうになっている義母やマーサ様に『自分は行きたくないので辞めさせてください』なんて言えるはずもないだろう。
何人か私をチラチラと見ている人がいるけど……私もずっと助けてもらえなかったんだもの。私も何もしてあげられないわ。
少しだけ痛む胸を押さえてフイッと顔をそらす。
その時、義母とルイ様のやり取りを聞いていたマーサ様が2人の会話に入っていった。
「もし言うことを聞けないと言ったらどうするの?」
「そうだな。……この家で行われていたことを新聞社に売る」
「はああ!? なっ、なんで!?」
「どうせ社交界でもリリーの悪い噂を流していたんだろう? その誤解を解くためにも、真実を打ち明ける」
「そんなっ、やめてよ!」
「選択肢は3つだ。社交界に悪事をバラした状態で、意地でもここに住み続ける」
ルイ様は指を1本立てながら言った。
「ブルストル領地の別邸へ行く」
2本目の指を立てる。
「友人などにお願いをして、どこか違う場所を提供してもらう」
3本目の指を立てながら、ルイ様はニヤリと笑った。
友人に助けてもらえるならそれが1番良い気がするけれど、プライドの高い義母がそんなお願いを友人にするとは思えない。
きっとそれをわかった上で提案しているのだろう。
ルイ様もいい性格しているわね……。
義母は怒鳴り散らすこともなく、静かに拳をプルプルと震わせていた。
自称幽霊だったルイ様に一度本性を見られているとはいえ、できるだけ息子の前では威厳を保っていたいのかもしれない。
「……わかったわ。ブルストル領地へ行きましょう」
自分のプライドを守ることにしたらしい義母が、そうポツリと呟いた。
あと2話で完結です✩︎⡱




