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33 形だけの妻じゃない


「出て行くのはリリー以外の者、全員だ」



 そうルイ様が告げたあと、部屋の中はシーーン……と静まり返った。

 言っていることが理解できないような顔でポカンとしている者、なぜか私とルイ様を交互に見ている者、自分だけは対象ではないかのように周りの人の反応を見ている者と様々だ。


 そんな中、義母が1番最初に口を開いた。



「リリー以外の者全員って……使用人を追い出すと言うの?」


「はい。もちろんあなたもです」


「なっ……!?」



 まさしく自分だけは違うと思っていたらしい。

 義母は心底驚いた顔でルイ様の腕を掴んだ。



「何を言っているの? 私をこの家から追い出すですって?」


「はい」


「リリーではなく私を?」


「はい」


「ルイ……あなた、一体何を言って……」



 放心状態の義母はジーーッとルイ様を見つめた。

 まるでこれは偽者なのではないかと疑っているように見える。


 同じように放心していたマーサ様が、ハッと我に返ったように慌て出した。



「ルイ! 一体どうしちゃったの!? 突然みんなを追い出すなんて! 出て行くのは私達じゃなくてリリーでしょ?」


「ルイ様! 我々も突然出て行けと言われましても納得ができません!」



 マーサ様に便乗して使用人達も一斉に不満を言い出した。

 ギャーギャーと騒がしい中、私は何も言うことができずに成り行きを見守っているだけだ。




 みんなものすごく混乱しているわ……!

 それはそうよね。突然家から追い出すって言われたんだもの。

 ルイ様ってばまさか使用人までも全員追い出そうとするなんて聞いていないわ。




 小動物になっていた頃、食事を出してもらえないことや食事の内容にかなり怒っていた姿を思い出す。

 



 元に戻ったら文句を言うって言っていたけど、まさか追い出すなんて……。




 みんなから批判されている中、ルイ様は何も動じていないかのように無表情を貫いていたけれど、何かを言う決心をしたのか突然ニヤッと嫌な笑みを浮かべた。

 そのダークすぎる笑顔に、彼の周りにいた人達が一瞬で黙り込む。



「納得ができない? 理由はしっかりあるぞ。俺の妻を虐げていたから──だ」


「!!」



 ルイ様の一言に、義母やマーサ様、そして使用人達が驚愕した表情で固まった。

 何人かは私に怯えるような視線を送ってきている。



「……私達がリリーを虐げていたですって? 誰がそんなことを?」



 すぐに真顔に戻った義母は、背筋を伸ばして堂々とした態度でルイ様に聞き返した。その威厳のある姿を見たなら、誰もがこの方がそんなことをするはずがないと思うだろう。




 やっぱりすぐには認めないわよね……。

 



 義母の態度に負けじと、ルイ様も強気な態度を崩さず聞き返した。



「誰が? ここにいる全員……だろ?」


「リリーは虐げられていたのではなく、使用人を虐げていたのよ? あなたにも何度も話したはずよ」


「そうだな。たしかに俺はそう聞いていた。リリーは贅沢三昧な日々を過ごし、使用人を虐げていると」


「その通りよ」



 義母の言葉に、マーサ様もグレンダも他の使用人全員もうんうんと頷いている。

 ルイ様は一瞬だけ眉をピクッと反応させていたけれど、なんとか冷静に話を続けた。



「そうか。屋根裏部屋に暮らし、ドレスも宝石も与えられず、ボロボロの服で掃除や雑用をやり、腐りかけの食事を与えられる……これが贅沢三昧な生活というなんて知らなかったよ」


「!?」


「食事を何食も抜かされて、公爵夫人だというのにメイドにバカにされた態度を取られ、義理の母や姉からは罵倒や暴力を振るわれる日々……これがリリーの本当の日常だ。……何か間違っているか?」



 ルイ様からの質問に、誰も答えることができない。

 みんな顔面蒼白になってルイ様を見上げている。

 マーサ様やグレンダは、「あんたが話したの!?」というような恨めしそうな目で私を見てきた。




 うう……怖いわ……。

 でもここで引いてはダメよ!




 いつものクセでうつむきそうになってしまったけれど、グッと口を閉じてマーサ様達を睨み返す。


 ルイ様に事実を言われた義母は、慌てるどころか冷静に反論した。

 マーサ様のように感情をそのまま顔に出さないところはさすがだと思ってしまう。



「あなたはそんな嘘を信じているの? 誰に聞いたのか知らないけれど、私やマーサが話したことがすべて事実よ」



 誰に聞いたのか──という言葉の時に、義母がチラリと横目で私を見た。



「悪いが、もうあなた達の言うことは信じられない」


「……どうして? 私達よりもリリーを信じるというの?」


「そうだ」


「!」



 慈悲なくキッパリと言いきるルイ様の態度を見て、さすがに義母がその手を怒りで震わせた。眉間にシワを寄せてルイ様を責めるように見上げている。



「……なぜ? あなたはリリーとまともに話したこともないじゃない」


「リリーは俺の妻だ。妻を信じて何が悪い?」


「妻ですって? ……ハッ。何を言うのかと思ったら……」



 義母は吹き出すように小馬鹿に笑うと、軽蔑した目を私に向けてきた。



「妻と言ってもただの形だけの妻じゃない。一緒に食事をしたことも、一緒に出かけたこともないのに何を言っているの?」


「形だけの妻じゃない」



 そう言うなり、ルイ様は目の前にやってきて私を抱き上げた。

 バランスを崩しそうになり「きゃっ」と小さな悲鳴を上げながら慌てて彼の首にしがみつく。

 そんな私を大きな手で支えると、ルイ様は言葉を続けた。



「俺はリリーを愛しているからな」




 え!?!? ルイ様!?




 驚いてルイ様を見下ろすと、こちらを見ていた綺麗な瞳と目が合った。

 カァッと体中の体温が一気に上がったような気がする。



「ルイ、何をふざけたことを!?」


 

 この発言にはさすがの義母も驚いたらしく、顔を引き攣らせながら私とルイ様を交互に見た。

 近くに立っているマーサ様やグレンダ達は、驚きすぎて声も出せないらしい。大きく口を開けたまま呆然としている。


 義母の標的がルイ様から私に変わった。



「リリー。あなたはルイに何も興味を示していなかったわよね? 離婚に応じてくれるでしょう?」



 落ち着いているようでいて圧のあるその質問に、どう答えていいのか迷った。

 マーサ様やグレンダは私の答えを聞こうと前のめりになってこちらをジッと睨んでいる。




 私は……。




 ルイ様はどこか期待のこもった瞳で私を見つめてきた。

 この瞳と目が合うだけでドキドキと落ち着かなくなる鼓動が、すべてを物語っている。



「離婚はしません。私も……ルイ様のことをお慕いしていますから」


「!」



 一瞬ルイ様の顔がパァッと輝いたように見え、私を抱き上げている腕にギュッと力が入った気がした。

 


「な……んですって!? あなた達、一体いつから……!?」


「嘘に決まっていますわ、お母様! ルイがリリーを愛してるだなんて、そんなはず……!」



 騒ぎ出した義母とマーサ様を見たルイ様が、私にだけ聞こえるように耳元で小さく囁いた。



「リリー、ごめんな」


「え? ……んっ!?」



 突然唇に感じた温かく柔らかな感触。

 それがルイ様にキスされているのだと気づいた瞬間、マーサ様とグレンダの悲鳴のような叫びが部屋に響き渡った。


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